ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第11輪 ひとりっきりで

名前がないの? それは不便ね。
じゃあ私が名前をつけてあげる

ミンテ


そうよ、ひとりぼっちの女の子。
何千年も生きている。ニンゲンさまの奴隷なの。
出会った人間は数知れず。両手で数えるくらいのもん。
ソロモン、ジャンヌ、モーセにカエサル。
ナザレのイエスも忘れないでね♪

白人、黒人、黄色人種、ニンゲンがニンゲンあざ笑って、
何の意味になるっていうんさ♪

解放、独立、資源の確保、平和、宗教、正義心。
人を殺すのはいいやつばっか。
悪人はずる賢いが、奴らは戦争しないだけマシ♪
正義にゃ歯止めが効かないもんさ。罪悪感だけが抑止力♪

そうよひとりぼっちの女の子。
何千年も生きていく。この星だけが家族なの。
出会った精霊は数知れず。どいつもこいつもワーカホリック。
『乳香』、『リンゴ』、『真の薫香』。
忘れるな、ヤツらはニンゲンに魂を売ってる♪

悪魔のほうがよっぽど聖人ね♪


森の中に調和するように佇むログハウス。
ラベンダーはクレッセントの自宅にいた。枕に顔を押しつけている。三日月地帯《クレッセント》。人間の世界では肥沃な三角月地帯と呼ばれる場所だ。かつてのこの土地には人間界でも豊かな森があったが、度重なる伐採により縮小し、霊界でもわずかな森を残すばかりとなった。

自分が生まれたクレッセントの森に帰ったのは、誰かに甘えたかったからだ。よく頑張ったね、ゆっくり休みなさい。そう言われたかった。

しかしこの家はラベンダーしか住んでいない。誰かに抱いて欲しい、自分の弱さが生んだ妄想に甘えそうになる。ラベンダーはいらついた。甘えたい? そんな脆弱だからアロマ連合でも居場所がないのだ。

ラベンダーは涙でぬれたまくらをぶん投げた。後ろでがちゃんと花瓶が割れる音がしたが、無視した。
精霊は家族がいない。人間と違って肉体や血の繋がりがないからだ。気づいたら自我を持ち、そこに存在し始めるのだ。強いていうならこの星こそが家族であり、母だ。ペパーミントのように精霊同士が交わった結果生まれる霊も確かに存在するが、少数だ。

ラベンダーのように自然に生まれた霊には、家族がいない。ラベンダーは悲しんだ。次元を超えた友達、そして姉、あるいは母のように慕う存在もいたかもしれないが、忘れた。やはり最初からいないのだ。出会ってないことにしたほうが、気が楽になる。

ラベンダーがベッドから顔をあげると、輝く亜麻色の髪が目に入った。精神が不安定になると、いつもこの姿になってしまう。いくら集中していても他のものに変身できないくせに、この姿には無意識でもなれる。百年以上も練習し続けたから当然だ。——いや、無意識でもこの姿になってしまうのは自分に甘えがあるからだ。心が弱い証拠だ。もういない存在に頼って、自分を正当化したい。結果も出せないくせに頑張ったと褒められたい、それは弱い証拠だ。

この姿で生きていた少女は、とっくの昔に死んでいる。三年ほど一緒にいただけなのに、何百年経っても忘れがたい存在だ。

心を通わせた友だった。彼女のためなら死ぬこともできたし、どんな敵にも立ち向かえた。

ラベンダーは自分の元の姿に戻った。黒みがかった紫の髪が目に映る。他のことを考えよう。上体をゆっくり起こすと、暗い影を落とした顔に急に暴力的な光線が当てられた。攻撃を受けていると思い即時に体を強張らせたが、ちがった。
部屋の吹き抜けの上、天井付近に位置する丸窓からすうっと明かりが差しこんでいただけだった。

恐怖で汗が全身からにじみ出ていた。とっさに防御用の香りを出したが、これがまためちゃくちゃな香りだった。防御効果なんてまったくない、ただ大量の青臭い匂い。こんなのでは魔法はおろか、金縛りや念力すら防げない。それどころか銃弾や武器でさえ貫通されるだろう。虫除けには便利だろうが。

思いどおりの香りが出せない。いくら情緒不安定になっていたとはいえ——自分で自分の状態をはっきり言葉にしたせいで、すんでのところでこらえていた心のバランスが完全に崩れた——マスターである自分が香りをコントロールできないなんて。

胸が勝手に膨らんだ。酸素不足で水中から顔を出した魚みたいに口がぱくぱく動くと、肺が一定のリズムで小刻みに膨張と収縮を繰り返した。目が力なくしぼんでいくのがわかった。水分が抜けて乾いていく。ただ感じるのは悲しみでも絶望でもなく、心がなくなってしまったような倦怠感。はっきりと現実を突きつけられているようだった。ここらが潮時だと。

受け入れるつもりなんてなかった。この事実とはいつも向き合ってきたし——本当は向き合ってなどいなかったのかもしれない——修羅場を乗り越え勝利を手にし、キャリアを築くことで常に否定してきた。しかしたった今、受け入れてしまった。

地位はマスターでも、実力がないことを受け入れてしまった。
普段の強く清らかな状態の自分であれば、軽くあしらえただろう。しかし、逃げ場所を絶たれ社会から隔絶されて虐待され続けた子供のようにへし折られた心の状態でも、できると思った香りのコントロールさえできない。その事実を、跳ね除ける元気がいまの自分にはもうない。疲れた。何もかもに。

引退だ。地球を救う、そんな大きな夢を持っていた自分がばかばかしい。戦う以外にも、アロマ連合以外でも道はあったのに。音楽家として、あるいは画家としての道だってあったのに。それか他にもいくらだって安定した仕事はあった。

好きな人と一緒になって——ごめんなさい、ベルガモット様——子供を作って、家庭を築いて、毎日楽しく暮らしたりすることだってできたはずなのに。勉強を教えたり、ゲームしたり、家族みんなで歌を歌ったり、旅行したり。いろんなヒトを呼んでパーティをしたり。

ああ、でも、いまからそれをするのは、もう無理。何も考えたくないし、ひとりでいたい。誰とも関わりたくない。誰も知らないところ、私を知るヒトがいないところへ行きたい。そこでしばらくゆっくりしたい。それからのことは——おいおい考える。

とりあえずは……コーヒーでも飲もう。
そう思い立ち上がり——異変を感じた。

遠くから誰かが呼んでいるような。いや、実際に声が聞こえる訳ではない。ただ、心が細く引っ張られるような感覚。最初は気のせいだと思った。いま私は不安定だ。ヒステリックになっている——自分で言葉にしてまた傷ついた——思いこみが激しく、そう思っただけかもしれない。

しかしキッチンに立ったとき、また異変を感じた。今度ははっきり、先程よりももっと強く。心もそうだが、体の細胞が引っ張られているような感覚。細胞レベルでつねられているようで、くすぐったいようなチクチクとする痛み。

霊視しても攻撃されている風には見えない。とうとう私は幻覚、幻の痛みを感じるようになってしまったのだろうか?

水をポットに入れ、火にかけている間も痛みやこそばゆさはどんどん強みを増していき、無視できないものに膨らんでいった。

コーヒー粉の入ったフランネルに沸かした湯を入れたのはいいが、痛みがひどくて動けない。まるで全身に目には見えないぐらい細いヒモでもくっつけられて引っ張られているみたいだった。引っ張られてる方向にでも歩いて痛みがなくなればいいが、全身がありとあらゆる方向に引っ張られていて——このまま痩せてスレンダーな体型にでもなったらいいのに——ハリセンボンにでもなってしまいそうだった。

激しい痛みは振動をともない、どんどん強くなっていく。

激痛に唇を噛み締めていたとき、私ははっと気づいた。
この痛みには覚えがある。かつてミカエルに召喚されたときの痛みによく似ている。誰かが私を召喚しようとしているのだ。しかし、ミカエルのときはこんな痛みはなかった。痛いは痛かったが、快楽にも似た不思議な痛みだった。コーヒーの心地よい苦味に似ている。

意識が飛びそうな中、私は感覚を研ぎ澄ませる。まぶたを閉じ、見えない何かを視ようとした。鋭い痛みの曲線が火花を散らす中、集中し続ける。やがて『真の薫香』の黒髪が見えた。

学長が私を呼び出そうとしているのか……? 本当にそうなのかはわからない。だが、確かに『真の薫香』が見えた。もしかしたら、世界大戦が手に負えなくなって、私の力を必要としているのかもしれない。——精油計画のことで叱責されるという考えはこのとき頭から抜け落ちていた——痛みが歓喜に変わる。最初からそうすれば良かったのだ! 私をのけものにするから自分たちが困るのだ。気持ちが高ぶり、陰りを落とした顔に喜びが広がっていくのがよくわかる。

しかし、マスター・オリバナムほどの実力者の召喚なのに、なぜこれほど気持ち悪い痛みがするのだろうか? やはり、仕事をサボっていたことに対する罰なのかもしれない。まあ、世界大戦に参戦できるなら、この痛みも私のやる気を引き出すサプリメントになる。

よし、やってやるぜ。カップに注いだコーヒーを一気に飲み干し、袖で口をぬぐう。
ドンとカップをレバノン杉でできた年季のあるテーブルに置くと、私は私を捉えるエネルギーの流れに身を任せた。

次の瞬間、私の姿は次元を超えた。姿は消え、召喚者の元へ飛び立った。

希望と絶望、不安と安心が入り混じるフライトだ。まだ私を必要としてくれるヒトがいる。世界の均衡を保てるのか。植物の霊と戦うことになるのか。自分には何か変えることはできないのか。

ひとつ言えることは、私はこの召喚に後悔した。ひどい召喚酔いがあり、暴風に殴られ、もみくちゃにされながら二度と帰ってこれないような異次元に墜落する恐怖と戦わなければならなかった。

第10輪 エスト! エスト!! エスト!!!【ラベンダー】

おい聞いたかナルキー、
ただの雑草が〝フルーツ〟になるだとよ

エストラゴン

 


「ねえエスト。私、才能ないのかしら」

からんと氷の音がなる。ラベンダーは傾けたグラスを見つめた。光を灯さない真っ暗な目が、自分を見つめていた。

紫煙。ナイフ。酒、歓声。陽気とも物騒《ぶっそう》ともとれる喧騒《けんそう》が、ガヤガヤと店内を満たしている。

ここは〝エスト! エスト!! エスト!!!〟。霊界ではそこそこ名の知れた酒場だ。社交界にでも出すかのような料理が平然と出てくるため——材料をどこから仕入《しい》れているかはナゾだが——店はいつもにぎわっている。ただ冥界付近と立地条件が悪いため、ゴロツキ、ならずもの、犯罪者が主な客層《きゃくそう》ではあるが。

悪霊《あくりょう》、怨霊《おんりょう》、異世界のバイヤーが訪れた場合、容赦《ようしゃ》無く——あるいはニンゲンのごとく——徹底的にマナーを叩きこまれるのは日常《にちじょう》茶飯事《さはんじ》である。

「せっかくマスターになったのに、左遷《させん》されちゃった」

「おれにはおまえの悩みはわからねえ」

カクテルを作りながらカウンター越しにそう言ったのは、プラチナブロンドの髪の青年だ。シャープなアゴからは誇りの高さがうかがえる。

女よりも透《す》きとおる肌がきれい。モデルでもしていそうなほど整った顔は、古くからの友達として見慣れていなければ、自分の心も間違いなく落ちていただろう。

「どうしてよエスト。あなたならわかってくれると思ったのに」

「おれは大人になれても、ナイトになるどころか連合にも入れねえ。それなのに、小娘のおまえがマスターと来たもんだ」

「立派?」

「枯れちまえ」

「ひどーい」かわいた笑いだ。息は酒臭い。

「ここはおまえみてえなエリートが来る場所じゃねえよ」

「友達でしょ。大丈夫、摘発《てきはつ》なんかしないよ。だって居心地《いごこち》いいんだもん」

「枯れちまえ」

「エストもアロマ連合に入りたかった? でもいいじゃん。料理すんの好きでしょ? やりたいことできてんじゃん」

「枯れちまえ」

「私はやりたいことじぇんじぇんできてませ〜ん」

「枯れちまえ」

「アロマ連合なんて入るもんじゃないよ。嫌いなヤツの味方しないといけないんだから」

「枯れちまえ」

「みんなニンゲンが大好きなんだも〜ん。私のことも好きになってよ〜」

「枯れちまえ」

「ねえ、私たちって昔さ、そういう時期あったよね」

「枯れちまえ」

「ちょっと、頼んだ料理が出てこないわよ」

「ここはオーダーは取ってねえよ。おれが出したいものを出す」

「じゃあ出して」

「一週間後な」

「遅《おそ》っ!!」

「おれひとりの店だから」

「雇《やと》えよ」

「おまえが働け」

ウフ、それもいいかもね。ラベンダーはそうつぶやくと、しんみりと語り始めた。

「私さ、クレッセントに帰ろうと思うんだ」

「アロマ連合をやめるのか?」

「どうしよう。でも、疲れちゃって。師匠《ししょう》にも愛想《あいそ》つかされてるし。もうなんか、どうでもよくなって来ちゃって。古い考えにとらわれて新しい発想を受け入れられない組織より、もっといいところがあると思うんだ。〝咲かずの花〟がマスターより、あなたみたいな花がマスターのほうが、きっとみんなもいいのよ」

「……………………枯れちまえよ」

そのとき、ラベンダーの席のとなりに男の霊が倒れてきた。

ガラの悪い犬と牛の精霊がやって来る。

「おい立てよ、こっちはおまえが死ぬのを待ってたんだよ!」

「死んで楽になれると思ったら大《おお》間違《まちが》いだぞ! ニンゲン! おまえの家族も死んだらみんな奴隷《どれい》にしてやるからな!」

「おいおい、お楽しみはこれからだぞ、何寝てんだ、ァアア!?」

「オラァ!」ミシミシと骨が鳴る。

ラベンダーはゲラゲラ笑った。

「あっははは、最っ高、私も混ぜて!」

店主のエストラゴンはためいきをついた。

ズタボロになったニンゲンを外に捨てるのも、彼の仕事だからだ。

第9輪 マルヌのにらみ合い 【ラベンダー】

おまえ、イスラエルで私を火だるまにした——!

 ローズマリー

 

 

大砲

 

 

「お〜ね〜が〜い〜」

フランス側から飛んできた砲弾をさっとかわし、紫の髪の少女がホワイトヘアーの女性に抱きついた。

「離れなさい!」

たまに大砲や銃声の音が続くと、野原は静けさをとりもどす。

風船のように張り詰めた空気は、土ぼこりと血の匂いを内包《ないほう》していた。

しぼむことを知らず、怪物のように膨らみ続けるそれは、人の魂をむさぼる死神なのかもしれない。

精霊たちは空と大地にてただよい、ただ、ことの成り行きを見守っていた。

『日の昇る評議会』で精油計画をまかされたラベンダー。しかし、ラベンダーの中でそのことはなかったことになっていた。

サラエヴォ事件が起こると、次々に各国が宣戦布告し、ヨーロッパ中が戦火に包まれるのに、そう時間はかからなかった。

自分には地球を救うという使命がある。いままでに経験のないほど大きな戦争が行われてるのに、のこのこと精油の普及活動しろって、バカか。

ラベンダーは毒づいた。

「昔のよしみでさ、また一緒に組もうよ、マリー」

マリーと呼ばれたのは、アロマ連合のマスター・ローズマリーだ。このマルヌの地にて現場の指揮を任されている。

彼女はしぶい顔で黙っていた。ラベンダーの扱いに困っているようだった。

「マスター・ラベンダー、あなたはもう私の部下ではない! あなたにはあなたの仕事がある。精油計画はどうしたの?」

ラベンダーは早口でまくしたてた。

「精油計画? あぁ、あれね。ちゃんとやってるよ、順調もいいとこ。私の計画では数年後にはドカンと世界中に精油が広まってるから安心して。あとはそうね、メンバーさえ集まればオーケーかな。あ、マリーも協力してくれる? じゃあ、手伝ってくれる代わりに私もこの戦線を手伝うわ! 大丈夫、それぐらいの余裕はある、私って仕事が早いのが自慢なんだよね」

煙《けむ》に巻こうとするラベンダー。しかしローズマリーには通じなかった。

「メンバーにはならないし、衛生《えいせい》班《はん》に参加する許可も出さない! いい加減にしなさい! あなたはマスターとしての自覚がなさすぎる。もう花として開花しているのだから、自分の行動に責任を持ちなさい。ここにあなたの仕事はない!」

「自覚がない? 自覚がないのはどちらのほう? 今は非常事態なんだよ? 情報が遅れてるんじゃなくて? この戦争がなんて呼ばれてるか知らないの? 世界大戦なんて呼ばれてるんだよ。今は塹壕《ざんごう》掘ってにらみ合ってるけど、あのドイツ軍がもしパリまで攻めて来たら、もっとひどい結末になるんじゃなくって?」

「心配いらない。人間の動きはこっちで全部予測してるから。この戦線でドイツ軍がこれ以上進むことはない。地の利はこっちにある」

「だとしても、浄化作業が大変でしょ? 地球は太古から続く戦争で不浄化地域がたくさんあるのに、新しい戦争がどんどん始まって、憎しみの借金ばかり増えてく。この現場にも、人手はあるに越したことはないわ」

「負債《ふさい》のことはどうだっていいの。優先されるのは現場だから。とにかく私はあなたの衛生班への参加は認めません。帰りなさい」

きぜんとした態度でローズマリーは厳《きび》しく言った。

「分からず屋!」

ラベンダーがローズマリーにつかみかかろうとしたところで、お腹をフランス軍の砲弾が撃ち抜いた。

「ぐっふ、仲間、なのに……」

お腹を抱えて崩れ落ちるラベンダー。霊体なのですり抜けるが、当たれば少なからず痛みはある。

ローズマリーはラベンダーを無視して、矢継《やつ》ぎ早《ばや》に部下に指示を出し、戦場の憎しみの浄化、人間たちのケアに当たらせた。そして香りを出して目の前に出現した三メートルの悪魔を浄化しようとする。

「私だっていろいろ考えてるのに、どうして誰もわかってくれないの!」

ラベンダーがローズマリーの服をつかんだ。

「ジャマ! 香りの配分間違えたでしょ!」

ローズマリーはラベンダーを突き飛ばした。

薬が溶けこんだジュースのようなおかしな匂いが、あたり一面に広がる。それでも悪魔の姿は消えていた。

「怒んないでよ!」

「私たちは組織で動いてる。アロマ連合という体の一部。自分に与えられた役目を遂行《すいこう》できない以上、あなたをマスターに推薦《すいせん》したことは間違いだったみたいね」

元上司のローズマリーからそう言われ、ラベンダーは顔をゆがめた。心に傷が入る。

そもそも、ニンゲンさえいなければ。ニンゲンさえいなければ、私たちがなんで尻拭《しりぬぐ》いしなきゃならない! ラベンダーの中で焦《あせ》りがうずまいた。このままでいいはずがない。ヤツらを根絶やしにしなければ、地球はいつまでたっても平和にならない!

「そんな考えだから、いつまでたっても!」

心を読まれた! ラベンダーはとっさにうそぶいた。

「何言ってるの? 私はそんなこと考えてないわ。『海の雫《しずく》』ももうろくしたものね。そろそろ隠居でもして、人生を楽しんだらどうかしら?」

ローズマリーはラベンダーの目をまっすぐに見た。

「……あいにく、地球に人生をささげてるわ」

「そう。あなたみたいな花がいて安心した。地球は何も心配いらないわね」

思いっきりの皮肉を言うと、ラベンダーは姿を消した。

ローズマリーは感知しようとしたが、マルヌにはもういないようだった。

アドバイスしようとするといつも、いなくなるのが彼女の悪いクセだ。そのひとりごとも、再開した銃撃《じゅうげき》戦にかき消されたのだった。

第8輪 ブリティッシュ・ジョーク 【オレンジ】

何をそんなにビビってるの?
アリが世界大戦したって、たいしたことないでしょ

ペパーミント

 

 

ペパーミントの顔

 


親友のペパーミントはあいかわらず大人の姿で、スーツを着ていた。
頭には草冠が乗っている。

「ここから見る英国は、いつ見ても微妙だ」

「そうだな」

「君とここに座っていると、下積み時代を思い出す」

「やめろペパー、まだ昔を思い出すには、オレたちは若すぎる」

「いいじゃないか。冥界のプリンスとして公務に忙しいんだ。毎日忙殺《ぼうさつ》される日々。思い出したくもなるさ、嫌な思い出ばかりだけど」

「忙しいわりには、ずいぶんとフラフラしてたじゃないか」

「とても楽しいゲームだったろ? 天使やサンタじゃこうはいかない。あいつら匂いがわからないし、香らざるものだからな」


(この香らざるものってのは、どぎつい差別用語。まあ、ペパーミント本人はあまり差別という感じで使ってないな。価値観が違うんだ、許してやってくれ)


「ペパーミント、オレは用があって来たんだ」

「ありがとう。いきなり仕事の話をする花、ぼくは大好き」

「……ノージンジャー」

やむなく少年姿のオレも腰をおろした。


(ノージンジャーというのは植物界のスラングで、しょうがないという意味。ペパーミントは花としての誇りが高いから、機嫌を取るなら植物界の言葉を使ったほうがいいと思ったんだ。あの皮肉はけっこう不機嫌だった)


「ビッグ・ベンから見てるのに、こんな最悪な風景は他にない。その点フランスとかドイツって、素晴らしい国だよな。情熱的でマジメで、いつか暮らしてみたいよ」

「やめといたほうがいいぞ。あいつら、酒くさくないんだ。それに泥くさくもない。本当に冥界みたいなところなんだ」

「それにくらべたら、やっぱり英国は天国だね」

「でもおまえ、ハーデスの孫で、しかも冥界のプリンスじゃないか」

「そうだった! じゃあ、住み心地はフランスもドイツも変わらないね。天国みたいに最高だ」

「あ、でもシャーロック・ホームズが住んでない」


(シャーロック・ホームズというのは、アーサー・コナン・ドイルが書いた人類史上初のラノベ小説。あともう少しだけ世に出るのが遅かったら、もっとハチャメチャな設定になっていただろうことは、容易《ようい》に想像できる。

たとえば、ホームズに恨みを持つものに異世界転生させられたが、そこで事件を解決し、転生して人間界に戻ってくるとか、ジャパンの格闘技バリツを使い、ドラゴンと素手で戦い生き延びるとか、犯人を探っていたらたどり着いたのが宇宙で、自慢の推理で地球侵略を止めるとか、アベンジャーズの一員とか、最終話で実は人間じゃなかったことが明かされるとか、もう推理しなくても、犯人がわかっちゃう能力があるとか。ホームズはやっぱりこの時代に生まれてよかったな)


「なんだ、じゃあ冥界じゃないか! 地球で1番犯罪者であふれてるんだから」

「結局《けっきょく》天国なのか冥界なのか、どっちだよ」

オレとペパーミントは大笑いした。

「それで、用ってなんだい」

ようやくご機嫌を取り戻したペパーミントは、満足そうにそう言った。

「精油計画——人間界に精油を広めるメンバーを集めてる。おまえをメンバーに加えたい」

「いいよ」

ペパーミントはそっけなく言った。あっさりしすぎてる。まるで消しゴムでも貸すかのような反応だ。

「本当にいいのか?」

「ただし、ぼくは公務が最優先だ。おじいさまをサポートしなければならない。その間をぬって、というのが条件だ」

「それでかまわない」

「ぼく以外に、もうメンバーはいるの?」

「いや、まだオレとおまえの二輪だけだ」


(二輪というのは、植物の精霊の数え方。気にしない精霊もいるが、もし二人という数え方をすれば、ペパーミントはブチギレる。この数え方は精霊だけじゃなく、人間もするからな)


「他に誰か、誘う目星はついてるの?」

「まだ誰も。だから、もし人間を差別せずに、植物と人間の架《か》け橋になれるような精霊がいたら教えて欲しい」


(このときラベンダーのことを言わなかったのには、わけがある。理由は、続きを読めばわかる)


「わかった。くれぐれも、おばさんと母上を誘うようなことはしないでくれよ。やりづらくなる」

「わかってる。あの二輪がいたら、オレもやりづらい」

「おっと、もうこんな時間だ。これから冥府でおじいさまの講演があるんだ、出席しないと。ぼくは忙しい、もう君と会うこともないだろう」

あれがやつなりの最高のあいさつだ。最後は皮肉でしめる。もしまた会いたいなんて言うときがあれば、それは相手が皮肉の通じない他世界の高官か、本当に会いたくないやつだ。

ペパーミントは翼の生えたケルベロスに変身した。そして詠唱する。

「『社交の草』の名において命ず——開門せよ」

黒い霧の穴に飛びこむと、オレ以外、誰もいなくなった。

時計の針がカチリと動き、ベルが鳴る。

時間は限りなくあるが、早いとこメンバーを集めて精油を普及《ふきゅう》させたほうが、地球にとってもいいだろう。

第7輪 MTB(ミント交通公社)大英帝国ツアー〈ロンドン編〉 【オレンジ】

そうだ、いいこと思いついたぞ

ペパーミント

 

ネルソンの艦隊

 


退院したオレは、UKへ飛び立った。


(退院中は何して過ごしたのかって? いいから物語を読め)


待ち合わせした人間界のカフェにやつはいなかった。

しかし、香りがくっきりと残っていた。


(残った香りからするに、スコーンをひと口食べたあと、味が気に食わなかったのか戻し、しばらくショーケースのバノフィーパイとラズベリーのジャムサンドビスケットをながめていたな。悩んだ末バノフィーパイを手に取り、テラス席でコーヒーを——この匂いの濃《こ》さだと十分ぐらいか? 堪能《たんのう》したことがわかった。オレは鼻がいい。香りの動きからなんでもわかるぞ。疑ってるのか? そのあとに猫をなでて、歌を歌っていたら、霊が視えない人間に自分の席に座られて怒り、もういいって? まだ言えるのに)


カフェから道の向こうへ香りが続いているのがはっきりと目に視える。

次にやつが向かったのは、バッキンガム宮殿だった。

バッキンガム宮殿正面の真ん中のゲートの上に香りが強く残っていたが、またしてもやつはいなかった。

どうやらここで、衛兵交代式を見ていたようだ。人間界観光名所のひとつにもなってる場所だが、オレはもう何度も見てるので興味ない。


(衛兵交代式の行進・交替・演奏は、何を見るか、どう見るかで立つべきポジションが変わる。あいつが立っていた宮殿正面の真ん中のゲート付近は、激戦区! だが、交替式のメインイベントである交替と演奏を見ることができるし、ゲートの前のほうに立つことさえできれば、行進も近くで見れるだろう。もし人だかりが苦手なら、いい方法を教えてやる。やつみたいに鳥に変身して、ゲートの上から見ることだ。それか、いまみたいに世界大戦時に訪れるのがおすすめだ)


もう一度香りをたどっていくと、大英博物館に着いた。

大! 英! 博物館!!


(失礼。オレなりに諸君らの気持ちを表してみた)


次にやつが向かったのは、グリニッジ天文台だった。


(どういう行動をしたのか説明が足りないって? オレは話を前に進めようとしただけだ。やつは大英博物館には入らず、そのまま周りの空を一周すると、また他の場所へ飛んでいった。大英帝国が世界に誇る泥棒博物館こと大英博物館。そこには多くの植民地からぶん取《ど》った数々の美術品、発掘《はっくつ》品が展示されている。さすがにこれを鑑賞する時間はないと判断したんだろう。

ちなみにここで展示されてるロゼッタストーンは、かつてナポ公とエジプト遠征に行ったとき、オレが発見したものだ。それがどうしてイギリスにあるのかだって? オレとしては、ふたりで記念撮影もしたロゼッタストーンは、ナポレオンといた思い出としてフランス本国に持って帰りたかった。だが例の女——ラベンダーが、ネルソン率いるイギリス艦隊と共にやってきた。おかげでフランス艦隊は壊滅。退路も補給路も絶たれた。イギリス軍は降伏条件として学術調査団が持ち帰った考古学《こうこがく》発掘《はっくつ》品、美術品のほとんどを譲渡《じょうと》するよう要求したが、当のラベンダーが頭を振らなかった。仕事でUKの味方をしてはいても、大っ嫌いなイギリス人に渡したくなかったんだ。心ではフランスを応援してるラベンダーは、ロゼッタストーンだけでもフランス軍に持って帰らせようとした。オレとしても、それがよかった。

しかし。

「そんな文章なわけないでしょ!? 刻んである文字も読めないくせに、持って帰ろうとしてたの? あきれた! でも私がいてよかったね、その時代生きてたから」という無神経な言葉は、ロゼッタストーンに対するオレとナポレオンのロマン、想いをこなごなに打ち砕いた。維管束《いかんそく》が煮えくり返ったオレは、人間どもを操作して、ラベンダーの手が届かないよう、ヤツの嫌いなイギリス人に引き渡したんだ。その後、立場を変えて、フランスを応援するラベンダーとUK好きのオレとの戦いは、人間たちを巻きこんだ熾烈《しれつ》な解読競争にまで発展した。そして——おっと、熱くなりすぎたな、つい話しこんじまった。昔のことを思い出すと、いつもこうだ。その話はまたいつか)


シャキッとするミントの香りが、経度0の位置にたまっている。

しばらくこの世界の中心に立っていたみたいだ。

(おいおい。どうしてここが世界の中心なのかなんて、バカな質問はしないでくれよ? ここグリニッジ天文台といえば、世界の経度の基準となったグリニッジ子午線と、世界の時刻の基準となったグリニッジ平均時を決めた場所だぞ。つまり、ここに引かれたラインによって、世界は東半球と西半球に分かれている。人間が勝手に決めた基準だが、それでもここに立つ人間は、地球に想いをはせ、感じている。たとえ世界の真ん中なんて厨二設定だとしても。不思議なもんだ)


そして、香りは空へ続いていた。

——世界最大の時計、ビッグ・ベン。

風にあおられながら、ペパーミント皇子は時計の上に腰をおろしていた。

第6輪 もし人間だったら、慰謝料を請求してる 【オレンジ】

もうオレンジとは絶交《ぜっこう》しよう

ガトフォセ

 

入院するオレンジ

 


ラベンダーに逃げられたオレは行き詰まっていた。

ガトフォセは病院送りにされ、オレさまも満身創痍《まんしんそうい》。植物界の病院のベッドで、全身に包帯を巻いて寝ていた。


(あの女ときたら信じられない! もし人間だったら、慰謝料を請求するとこだ。だが、残念ながら精霊界には人間界みたいな金銭のやりとりがない。まったくイヤな世の中だぜ)


オレはエアリスを表示した。

画面には、ローブを来た黒髪の青年の姿がうつった。


(エアリスとは、無形通信システムのこと。自分の意思で空中に画面を表示するため、ケータイのように持ち運ぶ必要がない。だが、エアリスのほうが優れていても、いまだにケータイを好んで使う霊もいる。

ん? 霊のくせにケータイなんか使うなだと? おい、口の利き方には気をつけろ! おまえらが生活しやすいようにアイディアを落としてやってるのは、オレたちなんだからな! 誰のおかげで文明が発達したと思ってるんだ! まったく近頃のガキは!)


「……」

「やいジジイ、なんとか言えよ」

「ずいぶんとこっぴどくやられたな」

「あの女、頭がおかしすぎる! 他の精霊を当たってくれ、オレにはもうムリだ。精油計画を降りる!」

「おぬししかおらんのだ。なんとか説得しとくれ」

「どうしてオレがベンダーを説得しないといけねえんだ? あいつと仲のいいやつに任せればいいじゃねえか。それにジジイのほうが付き合い長いだろ」

「馬花《ばか》言え、わしには立場がある。そう動けんよ。それにこれから共に仕事をするのだ、おぬしから説得したほうが信頼関係も築《きづ》けるし、今後の仕事もやりやすいだろう。表面上はラベンダーに一任しておるが、この精油計画を支えるのはおぬしじゃ」

「本人がイヤがってる以上、ムリだな。世界大戦に行きたがってるんだ、行かせてやればいいだろ」

「大人になれんのに?」

「でもマスターだ」

「あの子の問題は、才覚だけでマスターにまでなってしまったことよのう。知名度から自分を守る——術がない」

「本当になれないのか?」

「大人になるどころか、変身もろくにできん」

「いつも同じ姿だと思ってたが、まさか、本当に……」

「あの子をこの道に招き入れたのはわしじゃ。できるだけのことはしたい」

「それはジジイの感情だ。オレには関係ない」

「なんじゃ、柑橘のくせに薄情《はくじょう》な!」

「この姿を見ろ! オレとあいつ、どっちが情がないと思う!?」

「なんだそれぐらい、ちょっと女にビンタされたぐらいで情けない! 自分の香りでヒーリングできるじゃろうに。根性見せんかい、根性! 植物だろうが」


(ビンタ……? おいちょっとそこの君。辞書を引いてくれないか? オレが思うビンタってのは平手打ちのことだが、もしかして、この20世紀と21世紀ではビンタの意味って違ってるのか? あるいは、人間界でのビンタってのは、相手の全身の骨をへし折ることを言うのか? それとも、新しい打撃魔法のことをビンタって言うのか? どこの次元も、年寄りの言うことは難解だ)


「脳筋《のうきん》ジジイめ、他を当たれ」

「そうか。オーストラリア送り……」

「何も言ってない! やればいいんだろう!」


(〝オーストラリア送り〟というのは、犯罪者をオーストラリアの植物界に送ること。実質《じっしつ》死刑と変わらない。オーストラリアには、ジジイが封じた野蛮《やばん》で恐ろしい霊がいるんだ。見つかればそいつに殺される。あのジジイだったら、本気でやりかねない。オレが死んでも、また違う魂がオレンジの精霊に生まれ変わるから、オレの代わりはいくらでもいる)


「説得がむずかしいようなら、先にメンバーだけでも集めるんじゃな」

「オレより有能なナイトはたくさんいるだろう。どうしてオレに精油計画を?」

「年寄りのえこひいき——じゃなっ」

そう言うとジジイは一方的に通話を切った。

クソジジイめ! やっかいごとを押し付けやがって!


(このときオレはUKのスラングで思いつく限りの悪口を言った。汚いやつ、大バカ、アホ、卑《いや》しいやつ、サボるやつ、頭が悪い、など。日本語だと伝わりづらいかもしれないが、とにかく汚い言葉だと思ってくれていい)


いきなり頭の上の空間で空気がうずを巻いたかと思うと、杖《つえ》が飛び出してきて頭を殴られた。目が飛び出るかと思った。通信していなくとも、ジジイにはなぜかわかるのだ。1万年も生きていると、変な霊能力が身につくらしい。


(植物界のスラングで、香らざるもの、根腐れ、雑草、愚草、ニンゲンの奴隷《どれい》、これらを言わなかっただけ、まだ可愛《かわい》げがあるのに、これだからもうろくしたジジイは——いだっ! っぁぁ!)


こんなことして、今年のオレさまが不作にでもなったらどうすんだ!

経済に大打撃だぞ! 

オレのバックにはいいか、あの人間さまがいるんだ、怖がりやがれ!

理由はどうあれ人間界が不安定になったら、蹂躙《じゅうりん》されるのは自然なんだからな!

第5輪 始動、精油計画3 【ラベンダー】

あの子は目立ちすぎた。
大人になれないのに、いまや狙われる存在だ。
戦争には参加させられないが、応援してあげたいんだ

ミルラ

 

ミリタリーファッション

 


ラベンダーはウンザリした。

あーあ、また始まった。この二輪は、いっつもケンカするんだから。

紀元前の学生時代、この花たちに教わっていた頃からそうだ。

『没薬《もつやく》』——ミルラがどなった。

「他の世界も手がいっぱいなんだ、しょうがないだろ!」

「今や星論も至上主義者に傾き始めてる! アトランティス文明と比べてみろよ!」

「『魔法の粉』! 終わった文明の話なんか持ち出すな!」

「科学的にも、精神的にも、何千年たっても今回の人類は子供だ! ヤツらは自然と調和して生きることを知らない、自分たちが地球に住んでいるっつー自覚がないんだ! アトランティスは何万年も続いたのに、今回のヤツらは、もってあと数百年だろ! だったらもうサポートなんかやめようぜ! 終わるヤツらに手ェ貸したって、時間と労力のムダだ!」

「なんだと! あの残酷な地球大混乱時代、他の世界が反対する中、それを押し切って第七文明を始めた我々が、それを言うのか!!」

「他にやることはいっぱいあんだろ、自然の浄化とか、今までの戦争の憎《にく》しみの浄化とか。地球さんが抱えた憎しみの借金を少しずつ減らさねえと、人間だけが平和になってもしょうがねえじゃん。なあミルっち」

ラベンダーは頭を悩ませた。

シナモン先生は、怖いし武闘派だし、やさぐれてるけど、まともな意見を言う花だ。ミルラさんも黙ってしまった。

「…………いや、礼名《れいめい》で呼べよ」

やることはいっぱいある。それなのに、ニンゲンの支援をするべきなのか。私たちは、自然に従事《じゅうじ》する精霊として、本当に仕事を果たしているのだろうか。

『日の昇る評議会』に何回かゲストとして参加してわかったが、状況分析からするに、今までにない大きな戦争が起こる可能性は極めて高い。

なのに、そこに自分が参戦することは、どうもできないようだった。

次の大戦で地球の精霊の多くがサポートにまわってしまえば、他の場所がおろそかになってしまい、人類の戦後の立ち直りや土地土地の浄化作業の遅れ、精霊界のパワーバランスの崩壊、あるいは地球にとっての外敵の侵入を許すことに繋《つな》がってしまう。

自分には、アロマ連合の一角を担《にな》うマスターとして、大戦での衛生業務は下の者に任せ、他の部分をサポートしてもらいたいと評議員の面々《めんめん》から言いくるめられた。

結局、大戦への参戦を認められないまま、意見という意見を言い尽くしたラベンダーの努力は、徒労《とろう》に終わってしまった。

最初に参加した『日の昇る評議会』でわかったことだが、すでに大戦に参加する衛生班の編成は、終わっていたらしい。

大戦に参加できないのを承知の上で、
マスター・ミルラはラベンダーを『日の昇る評議会』に招待したのだ。

きっと昔のよしみで同情してくれたのだろう。彼を恨《うら》む道理はない。

ラベンダーはイスにのけ反《ぞ》りながら言った。

「あーもう疲れた。どっちでもいいッスよ」

サポートしたいミルラ。見殺しにしたいシナモン。

ラベンダーはもうくたくただった。会議に疲れて、早く家に帰りたいあまり、発言する気なんてないのに、つい口を開いてしまった。

もう、師匠に破門されてもいいや。

シナモンとミルラがにらんでくる。

だが、疲れるあまり、怖いとも感じなかった。

「まとめると、人間のサポートしたい、でも、人員を割くのはムダってことでしょ。だったら精油でも発展させて、人間に自分たちで心の浄化してもらえばいいんじゃないッスか? で、人間たちに余裕ができたら、自然にも関心を持つよううながして」

「『洗い草』」

グランド・マスター『真の薫香《くんこう》』が口を開いた。

せっかく手に入れたマスターの地位も、こりゃ剥奪《はくだつ》だな。

ラベンダーにとって、もはやどうでもよかった。世界大戦への参加も、自然や地球のことも。

——ラッキー、これで仕事が減る! 

「その意見、採用《さいよう》」

「え?」

「一任《いちにん》するから、やってみなさい」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

ラベンダーの師匠、『銀の狐』も口を開く。

「私も良い案だと思う。戦争は気にしないでいいから、やってみなさいラベンダー。《《まかせたぞ》》」

ラベンダーは何も言えなかった。どうあがいても口論では勝てないからだ。
絶対に逆らえない相手だ。

『日の昇る評議会』終了後、ラベンダーの中で今回の話はなかったことになった。

——そんな仕事は誰だってできる!
私の仕事は、マスターとして戦争をなんとかすることだ!

そして数年後の1914年——
【サラエヴォ事件】が起こると。

——【世界大戦】勃発《ぼっぱつ》——


(クイズの答え合わせよ。

『真の薫香《くんこう》』——オリバナム
『没薬《もつやく》』——ミルラ
『癒《いや》す者』——カモミール
『魔法の粉』——シナモン
『銃火器』——サンダルウッド
『銀の狐』——銀狐
『退魔の草』——麻子
『貴族の花』——藤《ふじ》
『星の王子』——バオバブ
『待つ者』——レバノン
『海賊《かいぞく》』——オリザ
『嵐の大軍』——タンブルウィード
『独裁《どくさい》者』——ポテト
『首領《しゅりょう》』——サカキ

by バイオレット)

第4輪 始動、精油計画2 【ラベンダー】

ここでクイズです! 誰がどの植物でしょ〜うか!?
想像するのってワクワクしない?

バイオレット

 

世界論争

 


ラベンダーはぐるりと円卓テーブルを見まわした。

『真の薫香』、『没薬』、『癒す者』、『魔法の粉』、『銃火器』、『銀の狐』、『退魔の草』、『貴族の花』、『星の王子』、『待つ者』、『海賊』、『嵐の大軍』
『独裁者』、『首領』。

どれも実力のある屈強な大神霊たちで、全員《ぜんいん》大人だ。

1万年なんてざらに生きている。

「俺ァ反対だぜ! 徹底的に反対だ! オリちゃん」

「議会中は礼名で呼べと言ってるだろう、『魔法の粉』」

グランド・マスター『真の薫香』が言った。

今回の議題は、大戦での人間のサポートについてだ。

礼名とは、一人前の精霊が名乗るもう1つの名前だ。その精霊の特徴を表しており、慣例《かんれい》として自分の師匠や、お世話になった人につけてもらう。ラベンダーには『洗い草』という礼名がついていた。

公《おおやけ》の場では礼名で呼ぶのが基本だ。名前を呼ぶのは失礼にあたる。

「どうして俺たちが何もかもサポートしねェといけねえンだっつってんの!!」

『魔法の粉』——シナモンは不満を爆発させていた。

激情と一緒に、周囲に彼の香りがばらまかれる。

ラベンダーは不快に思った。

声がうるさいから、やはり離れて座って正解だった。

いい歳して、礼名で相手を呼ばない、自分の香りをばらまく。周囲の迷惑を考えないシナモンを最低の花だと思った。

こういう場で自分の香りを出すという行為は、相手に銃口を向けるのと同じことだ。シナモンの今の香りならば確かに問題はないが、とはいえマナー違反だ。

それに、ラベンダーが知る限り、紀元前の頃からずっとスーツを着ている。ファッションに無頓着なのもマイナスポイントだ。

周りの精霊たちは慣れているのか、無視していた。

『没薬《もつやく》』が『真の薫香』をフォローする。

「大国同士の動きがどうもキナ臭い。おまけにサンタたちが活発に動いてる。いままで見たことのない規模でだ。これはデカい戦争が来るぞ」

ラベンダーは頭の中のホワイトボードに書かれた勢力図を見た。

今のヨーロッパの勢力は

イングランド、エグザゴンヌ(フランス)、ロシア帝国

      VS 

ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、イタリア

戦争こそしていないが、2つの勢力に分かれて火花を散らしている。


(私もアカデミー生時代は、二大勢力のうちの1つを率いて、戦ったものよ。成長に争いは欠かせないものね。

サッカー、バスケ、12の難行、オペト大祭、ミイラ作り。盗んだニンゲンのチャリオットで競争したこともあったわ。

そのときはチャリオットの運転がうまくできなくて、何人ものニンゲンを轢《ひ》いてしまったの。タイヤに絡《から》まったニンゲンのせいで友人のエストにも負けちゃうし。でもそのおかげで、精霊たちが勝たせたい国が戦争に勝利し、少しの間平和になったわ。あの頃が懐かしい)


シナモンの勢いは止まらない。

「だからって、なんで俺たち植物がサポートしねェといけねえんだ! 俺たちがやるべきなのは、戦争を激化させて人間をバランスよく衰退させることだろ!」

『没薬』が言った。顔の肌が見えないほど包帯をぐるぐる巻いてるので、表情はわからない。

「そうも言ってられんだろう。下手に激化させればあいつら、兵器を使って自然を荒らしまくるぞ。おまえの言うとおり、やる気を削《そ》ぐことも大切だが、あんまり弱らせると、戦後の後始末が大変だ。国をイジめすぎると、国民が苦労する」

「俺たちはニンゲンからイジめられ続けて、養《やしな》ってもらったことなんか1回もねえがな」


(このニンゲンというのは人間《ヒューマン》の差別用語。え、なに? 私も差別してるって? あたりまえでしょ! 私はこの本が児童書で、読者がニンゲンの子供でも容赦しないわ。現実を教えてやってるんだから感謝しなさい!)


その言葉をきっかけに、世界論争が勃発した。

精油を人間界に広めろって? 戦争が始まるのにそんなことやってたら、たくさんの生き物が死んじゃうし、自然が荒らされちゃうよ

第3輪 始動、精油計画1 【ラベンダー】

『洗い草』は大人にこそなれませんが、彼女には経験があります。それにとても魅力的です。ミツバチが蜜を求めやってくるように、ヒトが集まってくるんです! 植物至上主義者が勢いを増すいま、彼女を失えば、アロマ連合を離れる花もあとをたたないでしょう
力がないなら、みなで支えれば良いのです!

ローズマリー

 

とぼけたラベンダーの顔

 


『日の昇る評議会』

地球における第1級世界である植物界の最高意思決定機関だ。

管理下には外敵への対応、および治安維持を目的とするアロマ連合がある。

エジプトの植物界にあるアロマ連合本部では、評議員に選ばれたアロマ連合のマスターたちが話し合っていた。

グランド・マスター『真の薫香』をはじめ、重鎮達が円卓テーブルの席に着いている。

そこには、ラベンダーの姿もあった。

ラベンダーは緊張していた。マスターになって100年あまり。評議員のメンバーではないが、ここ数回はゲストとして招かれていた。

しかし、長居はしたくないというのが本音だった。

なぜなら、ここ『日の昇る評議会』は【ヨーロッパの火薬庫】の異名を持つバルカン半島並みに恐ろしい場所だからだ。それほどまでにさまざまな格好、価値観の違う精霊たちが入り乱れていて、一触即発の状態なのだ。

ラベンダーはちらりと、狐耳の銀髪の青年を見た。

ウワサによると、昔ここである神霊が殺されたらしい。

しかも殺したのが、うちの師匠だとか。

あの花だったらやりかねない。ラベンダーは、修行中に本気で殺されそうになったことを思い出し、ウワサをウソだと信じることができなかった。

何を考えているかわからない無表情。冷淡な瞳。鋭い眼光。

どうしてこんな場所に来てしまったのだろうか。

ラベンダーは思い返してみる。

マスターになったのに、ろくな仕事をまわしてもらえず、やることと言えばナイト時代と変わらない。いや、むしろ自由に動けた分、ナイトだった頃のほうがよかった。華々しい功績の数々。それも今やなつかしい過去になりつつあった。

かつては【エルサレムの大悲劇】でソロモンを助け、【百年戦争】ではエグザゴンヌ(フランス)をライミー(イギリス人の蔑称)どもから救い、17世紀の【第5次ペスト戦役】では、誰も成し遂げることのできなかったあの大ペストを、ついに浄化することに成功。

数々の華々しいキャリアがあるにもかかわらず、自分を主戦力から遠ざけようとする『日の昇る評議会』に、ラベンダーは信じられない気持ちでいっぱいだった。

老害どもめぇ! 1日に何回も、心の中でそっとつぶやいた。

そもそも、自分がマスターになるのだって、相当な時間を要した。

【第5次ペスト戦役】で大ペストを浄化。本来であれば即マスターに昇格してもおかしくない功績なのに、師匠を中心に上のマスターたちときたら、称える|《たた》だけ称えたあとはだんまりを決めこんだ。

理由はわかっている。それは自分が〝成長〟できないからだ。

〝成長〟というのは大人に変身する技術だ。

精霊は人間と違い、肉体がない。なので、変身してさまざまなものに姿、形を変えることができる。

しかし、自分の姿を大人に変えることは至難の技だ。なぜなら、精霊は大人に変身することで、自分の実力を全身全霊発揮することができるからだ。

成長できない自分についたあだ名は、〝咲かずの花〟。他には〝ゼンマイ少女〟。

ハガール(Hagirl 造語。ババア少女という意味)なんて失礼なことを言うヒトもいるし、最近だと、人間界で——しかも憎《に》っくきライミーたちの間で流行りのピーター・パンから取ってピーター・ラベンダーとも言われた。無神経でイジワルな笑いに枕《まくら》をぬらすことなんてしょっちゅう。

大人に成長できなければアロマ連合のナイトになることはおろか、事務員にすらなれない。

ラベンダーがナイトなのは異例中の異例だった。

周りの精霊たちからも、そのうちなんとかなると励《はげ》まされ自分でも鍛錬《たんれん》はしていたが、時は刻々《こくこく》と過ぎて、迎えたのが17世紀の【第5次ペスト戦役】。

仲間たちと大ペストに追い詰められてもうダメかと思ったとき、一瞬だけ大人になることに成功し、大ペストを一気に浄化。

それ以降、いくら頑張っても大人に変身することはできなかったが、上司であり戦友のローズマリー、そして先輩のアンジェリカ。他にもたくさんの花たちが署名を集めて『日の昇る評議会』に抗議し、植物界のメディアが報じたことをきっかけに、一斉《いっせい》に住民たちからの批判も集まり、ついにはマスターに昇格したのだった。

しかし、ラベンダーは不満だった。昇格はしても、仕事がほとんどない。飼い殺しみたいなものだった。

自分のことをおもしろく思ってない精霊たちがいるのは、ラベンダーもうすうす感じていた。

マスターになり、功績を称えられてはいるが、連合の中央からは遠ざけられている。左遷も同然の扱いだ。

そこで、自分から仕事を求めしつこく『没薬《もつやく》』に頼みこんでみた。学生時代にお世話になった教授《プロフェッサー》・ミルラ。彼が1番説得しやすい。アロマ連合の戦力として自分をプレゼンするには最適の花だった。

「そこまで言うなら、力になろう。だが、私の仕事はすでに人手が足りている。『日の昇る評議会』にゲストとして招待するから、自分で他のマスターを説得するんだ」

ラベンダーは意気ごんだ。

——見てろよニンゲン! これ以上テメェらの好き勝手にはさせねーぜ! 絶対に世界大戦への参戦権を手に入れてやる!! どいつもこいつも皆殺《みなごろ》しだ!!

第2輪 ラベンダー召喚2 【オレンジ】

おまえは、余がいままで出会った者の中で、もっとも不可能から遠い存在だ

ナポレオン

 

アロマ

 


「おい、そもそもどうして逃げるんだ!」

「馬花言わないで、私の仕事はマスターとして、世界大戦を止めることよ。精油計画なんて、あとからでもできる!」


(馬花っていうのは、植物界でよく使われるスラングだ。植物界はスラングが多い)


「それは他の精霊がなんとかするから大丈夫だ」

「被害を受けるのはこっちなのよ! 人材をもっと割くべきだわ」

そもそも事の発端《ほったん》はこうだ。

ラベンダーは精油を人間界に広める精油計画を一任されたのに、ずっとやろうとしなかったんだ。

世界大戦で人間を助けたり、戦場の憎しみを浄化したりするのは他の精霊の仕事なのに、あっちこっちで手伝わせてくれと奔走するから、とうとう見かねたジジイが、オレにラベンダーを説得するよう命じたってわけ。


(ジジイとはオレの師匠、『真の薫香』のこと。第六文明——アトランティス滅亡後の地球大混乱時代、サンタを含め多くの世界が人類の存続を反対する中、それを押し切っていまの第七文明を始めた強者。いつも戦いを挑んでいるが、勝てた試しがない。ちなみにジジイは、ドアを壊すとものすごい怒る)


「『日の昇る評議会』で決まったことだろ! おまえがとやかく言うことじゃない」

「上の連中は頭が固いのよ! 今回の大戦は今までのどの戦争とも違う、ほっとけば今に痛い目を見るわ!」

「困るのは人間だ。いちいちオレたちがああしろこうしろって言ってたら、自分で考える能力が育たない! 子どもに教えるときだって、自分で考えさせるだろ!」

「たかが200年しか生きてないガキンチョに、何がわかる!」

「うるせーババア!」

ラベンダーの放った《偉大な雷《いかづち》》が、オレのほおをかすめた。


(ヤツの得意魔法だ。《偉大な雷》は、カミナリをバリバリと放つ魔法で、ヤツが使うと紫の雷が出る)


すぐ手が出るのがヤツの悪いクセだ。

ヤツは次々に雷《いかづち》をオレに放ってきた。オレはペンタクルから出て外へ逃げた。

ケンカでヤツにはかなわない。


(幸い、霊界でのできごとなので、部屋の家具が壊れることはなかった。人間に当たったら即死だ。さっきのガトフォセも、本来攻撃に当たるなんてことはありえないんだが、ペンタクルの効果で人間界と霊界が繋がったせいで、不幸にも当たってしまったんだ。人間界と霊界の接続には成功したのに、肝心《かんじん》の自衛効果がないなんて、ツイてない)


「やめろベンダー(売女)」

「その名で呼ぶんじゃない!」

「ベンダーベンダーベンダーベンダー! はははは!」

「こっのライミー(ライムやろう)が!」

「残念! オレンジでっす〜」

リヨンの街を追いかけっこしたが、ラベンダーのほうが脚が速い。

このとき、オレはベンダーに追いつかれないよう、念力で通行人を転ばせたり、花瓶を落としたり、車の運転手にハトをけしかけたりして街中をパニックに陥《おとしい》れた。

しかし、最終的にはベンダーの念力に足が捕まり、転んだところを上からのしかかられ、完膚なきまでに顔面をボコボコにされた。


(どうしてマジメに仕事してるオレが、ここまで殴られないといけないんだ、イテテ。顔を殴るところがなくなるまで殴ると、ヤツはあろうことか、全身に蹴りを入れ始めた。その勢いはまるで、瞬く間にヨーロッパを征服したナポレオンのようだった。どんなに悲惨かわかるだろ? ——痛ッッッ!!)

そしてボロ雑巾のようになったオレをリヨンのきったない汚物だらけの場所に投げ捨てると、ベンダーは消えた。植物界へ帰っていったのだ。 

 

第1輪 ラベンダー召喚1 【オレンジ】

ニンゲンなんて死ね死ね! 
どいつもこいつも、死んじゃえばいいんだ!

ラベンダー

 

魔法円

 


「なあオレンジ、ペンタクルって、こんな感じでいいのかい?」

「うーっん。まあ、いんじゃね」

オレさまと人間のガトフォセは、ガトフォセ家で楽しく仲良くペンタクルを2つ書いていた。出来はといえば正直、子供が夏休みの自由研究で作ったゲームやらアプリの方がよっぽどマシ。


(ペンタクルとは天使が発明した魔法陣のこと。精霊を召喚するための図形で、五芒星やら六芒星が描かれてる。どうして2つペンタクルが必要なのかって? ひとつは精霊を召喚するための大ペンタクル。もうひとつは、自分たちの身を守る小ペンタクルだ。ラベンダーは凶暴なので、これに入ってないと襲われちまう。勘違いしないでほしいが、本来召喚魔法は難しいし危険なので、専門家以外は使わない。だが今回は例外。精霊が移動するときは、大抵ポータルを使ったり、UFOに乗ったりする。サンタはソリとかな)


よし、これでOK。まあ、雑なペンタクルだが、呼ぶのはラベンダーだ。問題はない(と思いたい)。

このときのためにオレは長ったらしい呪文を覚えたんだ。

今回、ラベンダーを呼び出すためにオレの師匠、『真の薫香』が特別に編んだ呪文だ。

複数の霊言語からなる地球の惑星プログラムの呪文の中には、ラベンダーの礼名と、魂の名が組みこんである。との話だ。

オレも詳しいことは理解できなかったが、つまり、この呪文を詠唱すればやつが強制的にペンタクルの中に呼び出される仕組みってわけだ。


(これは精霊にとっては本当にイヤな話だ。地球には異世界やパラレルワールドがたくさんあるが、中には精霊を奴隷のようにコキ使う人間の世界もあるらしい。オレたちの世界では、精霊が人間の奴隷になるなんてありえないし、そもそもペンタクルで呼び出して使役なんて不可能だ。三次元で作ったペンタクルに効力はない、ただの絵だからな。

効力があるとしたら、今回みたいに仕事しない精霊を無理やり呼び出す場合だな。人間が書いたペンタクルを霊界の世界で精霊がなぞり、協力して呼ぶんだ)


「じゃあ詠唱するから、おまえはそこで聞いてればいい。ペンタクルからは絶対に出るなよ」

「まさか、こんな瞬間に立ち会えるなんて」

「ワクワクしてるな」

「するでしょ、だって召喚なんて、ずっと夢見てたんだもん」

「霊感があってよかったな」

34歳のオッサンが、年甲斐もなくワクワクしてるのが空気を通して伝わった。

オレは長い詠唱を始めた。20分後。
詠唱を唱え終わったオレは、空気とエネルギーの流れが他の時空、次元と繋がったのを感じた。しかし、ペンタクルの中にラベンダーの姿は現れなかった。

失敗した……?

「オレンジがドラゴンなんかつけ加えるから」

「だってペンタクルにドラゴンや盾の紋章が入ってたら、デザインとして映えるだろ! 呼び出されたヒトの気持ちを考えてだな——」

そのとき——

ペンタクルの中には、白いワンピースの少女が立っていた。
紫の髪を逆立てて、ご立腹といった様子で腕を組んでいる。

「おまえ! おまえ!!」

よかった、大成功だ。本人も大好きなオレに呼ばれて大喜びらしい。


(上級の召喚魔法にもなると、飛行機のビジネスクラスやファーストクラスのような最高の居心地でペンタクルまで送られるらしいが、今回のような低級な召喚魔法だと、運が悪ければ、変な場所に落っこちることさえある。異世界ぐらいだったらまだいいが、言葉では表現できない場所に飛ばされて帰って来れないなんてことも。人間の諸君、見えないものを召喚するときはくれぐれも気をつけろよ。もし、ペンタクルを描いて精霊を呼び出しても出てこない場合は、それは失敗ではなくもしかしたら……。考えただけでも恐ろしい)


「ガトフォセ、やったな! 生きててくれてよかったぜ。ほっとした」

「え、そこにいるの? ぼくには何も見えないよ」

「おいラベンダー、姿を見せてあげろよ」

「あ、うっすらだけど、輪郭が視えた。もしかして、体が紫色だったりする?」

「お、センスがいいな。だが惜しい、それは髪の色だ」

ガトフォセはなんとかラベンダーを視ようとしていた。

「おい柑橘《かんきつ》やろう、これは一体どういうことだ……」

和やかなムードをぶち壊す、最悪なトーン。
だけどオレさまはへこまないぜ。なんてったってオレンジだから。

「どうした? 気分でも悪いのか? そのペンタクルのドラゴンが気に召さないか? 細部まで書き込むのにだいぶ苦労したんだぞ」


(自分で言うのもなんだが、オレは絵が上手だ。ちなみにこのドラゴンはロンドン市の紋章で、翼を持つ2頭の銀龍が赤い十字架の盾を支えている。図形だらけのペンタクルとマッチするように、しかしデザインを映えるようにするため、1日かけて丁寧に描いたんだ。まあ、人間界でもガトフォセが同じものを描かないといけないため、完成に一週間はかかってしまったが。弱音を吐くやつを、オレは何度も励《はげ》ます必要があった。これで召喚に失敗したら、友情に傷が入っちまう)


「信じられない! 何このペンタクルは! あなた、私を殺す気!? 自分が何やってるのかわかってるの!?」

「ドラゴンじゃなくて、リヨンのライオンのほうが良かったか? 悪かったな」

「うん。——そうじゃない! もう少しで魂が引き裂かれるとこだった! 余計なデザインはつけ加えてるし、召喚学の観点から言っても、雑すぎる。魔法は言葉みたいに通じればいいってもんじゃないだろうが!」

「だが、成功はした。そもそも、おまえが仕事をサボらなければこんな目にあわずに済んだだろ」

「いまどきこんなアナログな方法で呼び出されたんじゃ、悪魔だってたまったもんじゃない! 客人をもてなそうという気持ちがまるでない!」

「気持ちだけはあった! だからドラゴンを描いたんだ!」

「ドラゴンから離れろ、フルーツ! しかもこのドラゴンは、ロンドンの紋章じゃん! おまえが好きなだけだろ! 私はライミー(イギリス人の蔑称)が嫌いだって何回言ったらわかんだァ!!」

ガトフォセが言った。

「ほら、やっぱりライオンにしとけば良かっただろ」

「待て、おまえだってドラゴンのほうがカッコイイって言ってただろ」

ラベンダーがキレた。

「どっちでもいーわ!! そして何よりも許せないのは、あなたのせいで、私の本当の姿がニンゲンに見られたってこと!」

「いいじゃないか。こいつは仕事仲間だ、これから一緒に精油を広めていこうぜ」

「初めまして、ガトフォセです」

「ニンゲンめぇ!」

ラベンダーは指先から《地獄の業火》を放った。すると、ガトフォセは火だるまになった。

オレは叫んだ。

「何するんだ!? 死んじゃうだろうが!」

「ニンゲンなんて死ね死ね! どいつもこいつも、死んじゃえばいいんだ!」

どうやらベンダーの言うとおり、オレたちの作った渾身のペンタクルは、雑なためかあまり効力を発揮してくれないようだ。おかげで友達が火だるまだ、とほほ。


(ちなみに、人間を殺すのは霊の世界では犯罪にならない。グレーゾーンではあるが。え? なんだその顔? そりゃあたりまえだろう。ブタやウシを殺しても、人間だって罪に問われるか? だからって、それなりの地位の精霊が人間を殺しまくれば、問題にはなるが)


もがいていたガトフォセにすぐさま憑依し脳の権限を掌握《しょうあく》すると、オレは庭の芝生《しばふ》で転がりまくった。火は消えたが、上半身は大やけどだ!

「くそったれ! あともう少しで殺せたのに!!」

ラベンダーが地面を蹴る。

ガトフォセは、近くの人の助けで病院へ搬送された。

部屋には14歳ぐらいの少年と少女だけが取り残された。

「最低な女だ、狂ってる! こんなのがマスターだなんて」

「ふん、ニンゲン迎合組め!」

ちなみにこの日、ガトフォセの第一子が誕生した。おめでとう。


(実話だ。物語だからフィクションだし、年数も五年ほど変えているが、頭が燃えてハゲになった日、第一子が誕生したのはまぎれもない事実だ。やつも災難だったな)

 

ラベンダーさんと制服の草Ⅰ アトランティスへの不満 あとがき

どんなファンタジーの敵よりも、恐ろしく残虐なのは、
この世界に無限にはびこっている存在たちです。
彼らは決して魔王みたいには振る舞いません。自分を敵だと認識させないのです。
ですので、立ち向かう勇者もあまりいないのです。

作者

 

原子力発電所

 


私は愚かだった。バカだった。グズでした。最低の人間でした。
23歳で気づけたからまだ良かったものの、本当は、もっと早くに、自分の国がどういう国であるのかに、気づくべきでした。
 今まで音楽のこと以外、何も、なんにも、見えていませんでした――
「重いからチェンジ!」
「あ、ちょっと! まだ俺が――」
 
 えー、マイクの高さが合わないわ。よし、これでOK!
 オッス! 日本のみなさん、こんにちは。植物界の大スター、ラベンダーよ。
 え? 何? ラベンダーなんて奴は知らない? ……おほん、ま、日本じゃ桜とか梅とか紅葉のほうが人気みたいだから、しょうがないわね。あとで燃やしておこう。世界的には私のほうがそれはもう大人気よ。俳優で例えるとそうね、ジョニー・デップとかハリソン・フォードの1000倍は人気よ。
 え? 脇役は引っ込んでろ? ラヴァーレを出せって? ……フゥ、やれやれ。まったくこれだから人間は。ネットで検索すれば、私の正体なんて――

 ――今しばらくお待ちください――

 ランララ ランララ ラルララ ルラララ ランララ ランララ ラルララ ルラララ
 ランララ ランララ ラルララ ルラララ ランララ ランララ ルラララ ルラララ
(カノン)

 おまたせ。まあ、何があったかは訊かないで。大人はいろいろ大変なの。
 いや~、それにしても、こんな物語が生まれるなんてね。泣いちゃった子はごめんね。でも、みんながなかなか現実を見てくれないで、アニメやゲームばかり楽しんでいるから、私たちも、わざわざこうやって二次元まで苦労して来たのよ? その努力は認めてほしい。魂が歪むかと思ったわ。お偉いさんアマテラスなんてもう、全治100年の重傷よ。続編? 
出すわけないでしょ! どれだけ大変だと思ってんの。もうやんないよ。
 で、このままだとヤバイって上で話し合った結果、コンタクトを取れる作家を探したんだけど、才能あふれる優秀な人に限って……。あげくの果てには、植物の擬人化をゆるキャラみたいなストーリーで書こうという許せん輩までいる始末……。
 それでようやく見つけたのが、いっくんよ。
本なんてあんまり読まないし、ましてや小説なんて書いたこともない子だったから(そんな状態で書いたのが、この本の一章――ミントの精霊)、大変。おまけにピアニストを目指していて、音楽のこと以外何も見えないという、そこらへんによくいる典型的な若者。……さて、この子をどうやって引きずりこんだのかと言うと。

1、環境的にも精神的にも、まずはピアノが弾けなくなるぐらい追いこむ(今ドキの若者には珍しい、芯のあるガンコ者だったから、徹底的に追いこんでやったわ)。

2、音楽に恋するぐらい夢中になっていたので、それを超えるぐらい、文章を書く楽しさ
をひたすら叩きこむ(機材にお金使うこともないし、文字を書くのはラクだぞって)。

3、やっぱり音楽が恋しいと思い、ピアノに触ろうとしたので、ピアノを容赦なく
破壊する(無慈悲と思われるかもしれないけど、世界のためには犠牲もつきものよ)。
  あのままピアノを弾いていたら、危ないトコだったわ。私の努力がムダになるもの。

 という具合ね。
 苦労したのよ、ホントに。
 ニュースだってほとんど見ない子だったから、何から何まで教えるのが大変だった。
 作者のいっくんでさえ、最初はそんなもんだったんだもの。でも、この物語を作り終えたあとは、別人に生まれ変わったみたいだったわ。
 撮影期間(執筆期間)がピッタリ三ヶ月と11日だったこと。
 アドリブで文章書いてたら、いつの間にかハーデスさんが死んでいたこと。
 この本のタイトルが『ラベンダーさんと征服の草』であること。
 本人は物語を書き終わった後に、この3つのことが全部、核に関係することだったって気づいでゾッとしてたから、となりで見ていて超おもしろかった。ま、私がそうなるように仕向けたんだけど。他の部分も気づくかしら?
 いっくんはノープランで行き当たりばったりにアドリブで書いて、あとから自分が書いたことをちょこちょこ修正する手法で書いてるから(段落や句点、脱字や言い回しは修正しても、ストーリーはどこもいじってないわ)、けっこうアイディアとか落とすのがラクなのよ。
 あとから自分が書いた文章の意味を調べて、気づいて、ビックリするぐらいだもん。
 さすがね。ジャズピアニストを目指していただけのことはあるわ。
 これぐらい持ち上げとけば本人も満足でしょう。身内の自慢話はこれぐらいにしておく。
 え? アトランティスは本当に実在したのかって?
 ないに決まってるでしょ! 常識で考えなさいよ! ないない、ありえない。
 夢やロマンのままにしておきましょう。現実は、絶望しかないんだから。
 最後に、いっくんが言おうとしていたことがあるから、それを言っておしまいにするよ。
 
 私は、三次元におけるすべての物語の悪役が束になっても、到底太刀打ちできない残酷で無慈悲で非道な呪文を、読者のみなさんに放ってあげた。

「あなたはもう、事実を知ってしまった。今まで通り知らぬフリをして生きることは出来ないだろう。それはこの本を手にした瞬間から、決まっていたことだ。国と国民は一蓮托生。人類と地球も一蓮托生。他人の非道を見逃していれば、明日は我が身。例え自分が困らなくても、我が子、孫、その次の世代に、責任と問題をなすりつけるだけだ。さて、百年後のこの国が――はたまたこの星がどうなっているのか、実に楽しみだ。私はもう生きてはいないが、そこではきっと、また新しい物語が幕を開けるだろう」

第20輪 いつでも微笑みを

ファンタジーだと思ったか? 馬鹿め、現実だ

オリバナム

 

象のオリバナム

 

 

 バイオレットに手を握られながらラヴァーレは、西に沈む太陽を横に、夕陽の中を歩いていた。北にたたずむ大きな大きな建造物――アカデミー本館へと続く第二区画の参道には、ふたりと同じく、本館や第三区画へ帰っていくアカデミー生たちが多くいる。
暖かく乾いたケメトらしい風が、ラヴァーレの髪を乱暴にかき乱すと、いろいろな香りが混ざった匂いが鼻腔をくすぐって逃げていく。
 参道の横に目を向ければ和風庭園が広がっており、クレッセントやケメトの人間界では見られない種類の木々たちが、絵具を塗られたように夕焼け色に朱く染まっていた。あまり主張しない奥ゆかしさにミステリアスを感じて、心が奪われていたのだが、不気味な白い何かが集団でうごめいていたのでラヴァーレは怖くて顔を前に向ける。
 ヴィオに尋ねようとも思ったが、別に知りたいわけではないので、何か他の話題で気をまぎらわすことにした。
「ねえ、ヴィオ」
「んー、なにラヴァーレ?」 
「ロックって、どーゆう意味?」
「岩でしょ」
「岩の会長なの?」
「あ、そっちか。〝Rock〟っていうのは、学生たちによる自治組織のこと」
「……」
「このアカデミーにおける様々な組織と連携を図り、運営や諸問題について取り組みアカデミー全体の質の向上――」
「……」
「……えーと、簡単に言うと、アカデミー生の生活をより良くするための、集まりってこと」
「へー……楽しいの?」
「おっほ」バイオレットは困ったように微笑んだ。「まあ、楽しいっちゃあ、楽しいね。楽しく感じなきゃ、できないお仕事だしね」
「なんでロックって言うの?」
「それはねー、私もあまり、詳しくは知らないんだけど、信頼性が高いって意味だと思う」
「? なんでロックだと、信頼性が高いって意味なの?」
「岩って硬いし頑丈でしょ。だから、そこから転じて(岩だけに転じるのよ)信頼性が高いとか、パワーがあるとか、いろんな意味で使われるんだよね。褒め言葉でも使われるし。最高とか、似合ってるって(もうひとつあるけど、これは教育上よろしくないよね)」
「それって、ややこしくない?」
「あっはは、確かにそーかも。でも、世の中にはもっといろんな意味で、ロックって言葉を使うヒトたちがいっぱいいるんだよね」
「たとえば?」
「〝ロックは定義できるものじゃないから、ロックなんだ〟とか」
「え、どーゆうこと? 言葉なんだから、意味があるんだよね?」
「〝成功したからロックは歌えない〟とか」
「歌うモノなの? 成功したら歌えないの?」
「〝ロックは死んだ〟とかっ!」バイオレットは調子に乗りだし、悪ふざけし始めた。
「生き物なの!?」
「〝ロックが死んだなら、そりゃロックの勝手だろ〟と、か」笑いをこらえるので必死だ!
「え、自殺なの!?」
「〝ロックはゴミくず〟なんてっ、意見も、あるよ」ふふっふふ、ふ。バイオレットは、がんばってこらえている。
「死んだヒトにそんなこと言うなんて、ひどいよ!」
「〝ピーマンが嫌い。ロックじゃないから〟なんて言われることも、ああっ、あるよっ」バイオレットの頭の中で、小浜さんのアドバイスは完全に削除された。だって、この子、おもしろっ、いんだもんアハハ!
「……ピーマンには、ロックさんの代わりは、務まらないよ……」
 わははは、ヴィオ、おまえ、何やってんだよ! 話進めろっ、よな! ふふっ、アッハッハッハッハッハ!
「〝ロックより優秀な者はもう、いない〟っ、んだって」フフッフ、フッ。
「わたしも、ロックさんに、会ってみたかった」ラヴァーレは、大切なものをどこかに落っことしてしまった年上の精霊と作者とは違い、純粋だった。
「〝ロックってやつが、オレは大好きなんだ〟ってヒトも、ちゃんと、いるよッ。あん、しん、してッ」ん、ふふっふ。
 作者は思った。最低だなコイツっ、フフハハ!
「よかった、よかった!」
 ラヴァーレは、ロックさんを好きなヒトがいてくれてよかったと、心から、安心、した。見たこともフ、ない、ロックさんっ、のことがアハハ、もう気になって気になって、しかたなかった。すでに亡くなったヒトらしいが、多くから、その死を悼まれる優秀なロックさんに、自分も会ってみたかったとフフッ、想いをはせる。
「ま、簡単に言うと、ロックさんは哲学家ね」勘違いする読者が多いと思うが、厄介なことに、確かにバイオレットは間違ったことは言っていなかった。実際そのとおりだ。
「ロックさんは、てつがくかなのか……」
 哲学家の意味も、ロックさんのことにしても、ラヴァーレが真実を知る日はそう遠くないだろう。年数はかなりかかるが、巻数で言えばすぐだ。
「でもさ、自治組織の名称を〝Rock〟にした花って、とても気が利いてて、洒落てると思わない? 私たちは植物なのに、〝岩〟って」
「……それってもしかして、作者のこと言ってるの?」
「おー!? っほほ!」バイオレットはすっとんきょうな声をあげた後、姿勢を正して、まじめな顔をする。「……ンン! ラヴァ―レ。あなたはまだ幼いけど、言葉には気をつけなさい。あなたのそのうかつな発言のせいで、続編が出なかったらどうするつもり? このあとまだ三国志みたいに、キャラクターがいっぱい登場するのよ! 彼らが登場できなくなったら、あなた、責任取れるの? 取れないでしょう?」
「……はい……ごめんなさい」
「分かればよろしい」
「――でもヴィオ、ヴィオも今、とんでもないこと言ったよ」
「?」
「この時代、まだ三国志ないもん」
「お……」
「ふ……」
「お、おーほほほほほほ」
「あははははははははは」

 二輪の花は、お腹を抱えて大笑いした。参道中に響きわたる笑い声が、今回の物語の終焉をあざやかに彩り、初々しくも華を添える。まだ『征服の草』すら完結していない状態だが、果たしてこの『ラベンダーさんシリーズ』がどのような終わりを迎えるのかは、読者の方はもちろん、作者にも分からない。完結する前に作者が殺されないか。それだけが心配である。

『ラベンダーさんと黄金のリンゴⅠ』へ続く

第19輪 オバマが到来

おとなって嘘つきなの。ごめんね

ミンテ

 

大統領

 

 

 音もない。光もない。色もない。温度もない
 でも、哀ならある

 闇すらまだ生まれていないような、なんとも言い難い空間の中で
 ずっと、ただよっていた
 なんだかな。自分が誰であるのかも分からなくなって
 でも、なつかしいような。何度も経験したような。あ、またダメだったのかって
 いっつもこう。ダメになっちゃうの。こうやって、あと何回繰り返すんだろうな
 どーして感情はあるんだろう。あの子たちは、感情を捨てて、上手く進化(退化)してるんだし、私もそっちがよかったな
 ねえ、そんなに強く引っ張らないで。体が痛い。まだ起きる気はないの
 どーせなら、宇宙が死んで、全部またひとつになった時に、起きたかったな
 …………
 わかったよ、行くよ
 うるさいな
 わかってるって。小言はいいから
 無限という言葉でも表せられないこの宇宙の中で
 同じ銀河系――同じ星――同じ世界――同じ国――同じ時代で。再び相まみえるということに、感謝しますよーーだ
 イダッ

?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・*゜

 ぱち

 

 ……
 …………。
 なんだここ
 
 

 目を覚ましたら、ピンクだった。
 ピンク……ピンク。ピンクか。
 どうでもいいや。気持ちがいいし。ふかふかだし。
 そしてまた……目をつむる。うにゃうにゃと、うずくまりながら。
 あたたかい光に包まれて。
 ぐっすり眠りを楽しんだ後。次に起き上がった時も、またピンクだった。ピンクか。
 じゃあもう一回、寝ておこう。
 すやすやすや、ぐーすかぴー。
 三回目。
 目を覚ますと、やはりまたピンクなのだ。
 もうピンクは飽きたのである。
 そういえば、ここは一体どこだろう?
 もう一回、寝ようかなあ?
 でも、たまには起き上がってみるとしよう。
 そーいえば、なんだかせまい。心地は良いけれど。
 外は、あるのかな?
 ピンク色の世界から出るには、どうしたらいいんだろうか?
 …………
 とりあえず少女は、何を思ったのか、壁に体当たりしてみることにした。
 すると――

 ――バシャン

 わ、ちょ、おぼれ、っと 
 アホな(可愛げのある)少女は、そのままおぼれて意識を失った。

?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・*゜
 
 静寂に包まれた泉の水面には、緑色のお盆がたくさん浮いている。
 小さなしゃぼん玉がひとつ、ふたつ。
 きらきらと光を放ちながら飛んでゆき、泉のほとりの木にぶつかった。

 ぱっちんこーー
 
 その音で目が覚めた少女は、まぶしいと思った。
 太陽の光が目に入ってくる。でも、これぐらいなら、別にいいか。
 気持ちがいい。
 ずっといつまでも、こうしていたい。でも……
 ここは……どこなんだろうか? なんだか、体がひどくグラグラする。冷たいのか、温かいのかもよく分からないが、背中が濡れている。
 濡れている?
 そうだ、この感触は、濡れているというやつだ。
 横を向くと、少女は思いっきり水を飲んでしまった。
 がぼっっパッごぼ、げほ、ぇほっ、ホン。おォッホ。
 喉の苦しみから解放された時、自分は水面にぷかぷかとただよっていることに、ようやく気がついた。
 泉の中は、とても居心地が良かった。
 うぁあは~~~、ここ、きもちいい。極楽極楽ぅ。あ~幸せだぁ~~~。
 あまりの心地良さに、しばらく目をつむって浮かんでいたのだが――

 ――――……!

 気持ちいい太陽、そよ風、水、空気。ありがたいなあと感じていたのに。
せっかく、きもちいい気分を満喫していたのに。
 全部、思い出してしまった。
 ああ、そーいえば……そうだった。わたしは、もう、頼れるヒトがいないんだった。
大好きな花は、遠くへ行ってしまったのだから。
 うすく紅潮した頬を、一筋の流れ星が伝う。
 次に生まれ変わったら、お花になりたい。 
 …………
 あ、もうお花だった。じゃあ何に、生まれ変わったらいいんだろうか。
ニンゲンだけは絶対イヤ。是が非でも嫌。
 それ以外なら、なんでもいいや。虫さんなんかもいいね。
あ、〈ドコドコさん〉になろう。決めた。
 ――……せっかく忘れかけたのに、〈ドコドコさん〉で、また思い出してしまった。
 ふたりの一番大好きなOBAKE。
わたしが一番大好きなOBAKEは、あの花も大好きなOBAKEな――の、だ。 
 このOBAKEを想う、と、忘れたいこと、を、思い出、して、まう。
 迷惑、を――かけてしまった。
 ワガマ、マを、言て、こま、せて、しまったッ。
 本当は、どうすることが良いのか、分かってたのに、わたしは、わた、しは、わが、ま、まを。い、いい、言っいてしま――
 太陽の光がけっこうまぶしくて、涙がいっぱいこぼれちゃう。

 ――ケメトに来て、よかった。ケメトの太陽なら、悲しいことも、すぐに乾かしてくれるはず。……たぶん

 少女はそのままぷかぷかと、ゆらりゆらりとただよっていた。泉の水は透明度が高く、5メートル下の底まではっきりと見渡せた。
 一時間、二時間、三時間、四時間。
 ずっと浮いていて何もしないので、作者ももう、疲れてしまった。主人公なんだから、もっと動いて欲しいのに。もう。
死んだように水面に浮かんだまま、ずっと動かない少女をほっといて、いったん自分も休憩を取ることにした作者。作者がお菓子を食べたりして、まったりタイムを満喫して帰ってくると、ラヴァーレは水面には浮かんでいなかった。
 !! ヤバイと思って見まわすと、ラヴァーレはお盆の形をした緑色の植物――オオオニバスの上で体育座りをしてうつむいていた。
 よかった。職務怠慢している間に、どこかへいなくなってしまい、主人公不在のため『ラベンダーさんシリーズ』打ち切りなんて事態にならなくて安心した。
 職務はいまん、ふぁめ、ふぇっ対(まくまく)。
 お気楽な作者とは反対に、ラヴァーレは大変ドンヨリしていた。
どーしてこういうマジメなシーンなのに、うちの作者は空気を読まずに、たいしておもしろくもないギャグをぶっこむのだろうか。
「そんなこと思ってないから、フハハ、マジメにやってよぉ~。ミンテのことで悩んでるってシーンでしょぉ? ふふっ、もう、ちょっと、これ明らかにNGでしょフフッフ」
 ラヴァーレは微笑んだ。
 
 はぁ……。いっくん(作者)の変なギャグのせいで、なんか、もうムリなんだけどぉ。
全然悲しめないや。え、これマジどーすんの? このままホントに続行するの?
 え、これOKなの!? 嘘でしょ! ムリムリ! NGにしてよ、ちょっとホホ!?

 ……なんだかんだあってテイク5(4回もNGが出て、5回目の撮影ということ)

 一時間、二時間、三時間、四時間。
 長いこと水面でぼーっと浮かんだ後、そういえばわたしは、どうしてこんなところで浮いているのか、と気づいたラヴァーレ。
近くを見れば、水面に浮かぶ大きな葉っぱがいくつもある。仰向け姿勢のままそばの葉っぱまで近づいて、なんとなく手を伸ばすと、ビックリした。
 けっこう重い……葉っぱのくせに、ぐぬぬ、沈めえ!
 沈むと思った葉っぱは存外しっかりしており、もし仮に大きな地震が来ても、そう簡単には沈まなそうであった。どうやらこの葉っぱは、ずさんな計算で(何を思ったのか)コストをかなり節約して造られた、ドケチで無責任極まりない原子力発電所なんかよりは、耐久度がずっと高そうに見える(笑)
 もしやと思い、よじ登ってみた。
 ドボン
「いや、沈んでないからッハッハやめて! 仕事しろ」
 思ったとおりだ、浮かんでいる。乗れる! すげえ、なんだこの葉っぱ!
 子供らしく素直に大はしゃぎしていたラヴァーレは、視界に入ったピンク色の物体に気がつき、横を見る。ラヴァーレが向いた先には、大きな淡いピンク色のつぼみがあった。人ひとり入れそうな大きな花は一枚だけ花弁がめくれており、だらんとしている。不格好なピンク色を見て思う。わたしは、あそこにいたんだ。
 そう、ラヴァーレは蓮の花の中にずっといたのだ。彼女が壁だと思っていたものは、実は花弁(なんちて)だったのだ。
 あと、作者はもう眠いので、視点チェンジ!
 
 ちょ、あ、は!? あの中で、わたしは、眠ってたんだ。でも、どーしてあそこにいたんだろう? そもそも、この池は、えっと……(ガン!)(いでっ)

 ……(イラッ)公園ひとつ分ぐらいの狭いとも広いとも言えない泉にはラヴァーレが眠っていたような淡いピンク色の蓮がいくつもあったがラヴァーレを包んでいたつぼみの蓮以外はどれも満開に咲いていた!! 
底まで見えるほど透明度が高いエメラルドブルーの宝石のような泉の宙にはしゃぼん玉がきらきらと光と音を放ちながらただよっており木にぶつかってはシャアンと煌びやかな音をたてている!!
 泉の周りはげほっ、ごほっ、に、ニヤニヤするんじゃない!(しないほうがムリだよね byラヴァーレ)――すーーーっ、はーーーー。すーーーーっ、はーーーーー。
 ……泉を囲うように周囲には林が立っているため、林の向こうの様子は分からないが、カラッとした晴れ空が確認できたため、おそらくここはケメトだろうということがラヴァーレには分かった。
でも、どうして自分はここにいるのか。どうしてあの蓮の中で、眠っていたのかが分からない。それに、ケメトにいるにしてはずいぶん快適である。本当にケメトなのだろうか?
 ここに来る前の記憶を思い出そうとしてみるが……
 胸がひどく、締めつけられてしまった。

 そうだ、ミンテが行ってしまったんだ。今から追いかけてみようかな。でも、どこにいるかわかんないし……
 それに、わたしが今どこにいるのかもわかんない。林から出てみようかなぁ。でも、どうしよう、ミンテがいなくなってしまった以上、どこへ行ってももう、わたしの居場所はどこにもないしなぁ。追いかけてみようか……。でも、待ってるって、約束しちゃったし。追いかけたら、きっと怒るし、泣くし、困らせちゃうんだろうな。
 もう、あのお花の中で、ずっと暮らしてようかなぁ……。
居心地は最高だし、家賃もかかんない、敷金礼金0円、食費も精霊だからかかりません。陽だまりOK、空気文句なし、お水もバッチリ。
 ああ! リッチジョウケンが、すごいパワーを持ってるんだわ、きっとそう!
 でも……トルテとバウムクーヘンは、恋しいな……。あと宝石のようなクッキーも。
それさえあれば、完璧なのになぁ――あとミンテも。

 またミンテのことを思い出してしまったラヴァーレは、オオオニバスの上で体育座りをして、しくしく泣き始めてしまった。

 なんで、別れないといけないの? ずっと、いっしょだったのに。
 どーして? もっと早く教えてくれれば、時間をもっとたいせつに、使えたのに。
 もっとちゃんと、会話とか、食事とか、いろいろ、楽しめたはずなのに。
 もっとテキパキ動いて、ムダをなくして、ミンテといっしょにいられたのに。
 もっともっともっともっと、ひとりで森の探索に行かないで、ミンテと一緒にいたのに。
 とうとう、ひとりぼっちになっちゃったよ。
 ミンテ……わたし、どうしよう。
がんばるって言ったけど、どうやってがんばったらいいか、わかんないよ。
 やり方ぐらい聞いとけばよかった。
 最後に見たミンテの後ろ姿が、頭をよぎる。
 ずっと、いっしょに過ごしたこどもの姿で、ミンテは、行ってしまった。
 もっと顔をよく見たかったのに。
いつ帰ってくるかわかんないんだから、ちゃんと、顔を見たかったのに。
 こんな日が来るなんて、思わなかった。わかってたら――あ、OBAKE図鑑……返して……もらってないや。
 ……ミンテ…………。やっぱりズルい女だわ。
あなたって花はホントにそう、抜け目がないの。
 でも、そーゆうトコも含めて、好きだったのになぁ。
 背を向けて行ってしまうミンテは、たぶん、泣いてたんだと思う。
 わたしが知らないと思ったの? 
あなたが根はやさしくて、可愛くて、カッコイイ花だってこと。
 なのに、どーして……別れないと、いけなっ、かったんだろう。
 おとなの姿じゃなくて、いつもふたりで過ごした姿で、わざわざバイバイした意味が、わからないほど、わたし、こどもじゃないんだよ。
 きっとミンテも、行くのが辛かったんだよね? そうだよね? 
 もどってくるって約束したから、もどってきてくれるんだ。ずっといなくなるわけじゃないんだ。だから、わたし、待つよ。ミンテがもどってくるまで、良い子で待ってるから。
 ……わたしはこどもだった。おとなになったつもりだった。おませさんだった。
 ミンテが出ていったあと、風が運んでくるミンテの香りが、辛くて辛くて、大好きなはずなのに、苦しくて、苦しくて。
 クマなんかと戦ってる場合じゃなかった。もっとミンテと手をつないだり、香りを嗅いだり、顔を見たり……あれ?
 そういえば……
 わたしは、クマと戦ってたんだっけ? そうだよね? 昨日――……今日っていつなんだろ? 昨日……なの、かな? クマと戦ったのは。っていうかわたし、そもそもクマと戦ったんだっけ?
 そういえば体が痛かったような…………!?
「うわっ!?」
 なんかまぶしいと思ったら!? 
 わたしの体、めっちゃ光ってんじゃん!
 首から下が、光っててなんも見えないわ! なにこれ!
 手と、足だけが普通で、肌の色なのに、あと全部白く光ってる。

 ――え!? わたしの体どうなっちゃってんの!!?

 これ大丈夫なの!? ヤバいんじゃないの!? ってか――なにこれ!?
 ぜんっぜん気がつかなかったわ! まじで!?
「元気そうだな」
 ……? ――!!
「わあああああああ!!」
「うるっさい、でかい声出すな!」
 なんかいた! なんかいた! ミンテ! なんかいた! なんかいる!
「ニンゲンだ!」
「こら、差別用語だぞ!」
 な。なんなの!? だれ?

 ラヴァーレが驚くのも無理はない。なぜなら、誰もいないと思っていたのにヒトが――精霊がいたからだ。水面から上半身を出した黒い身体の男性は言う。
「まったく……。俺は人魚のオバマ、この泉を管理している」
「えっと、不審者ですか?」
「失礼なやつだ! お前だって花の精霊じゃないか! 口の利き方には気をつけろ、誰がおぼれていたお前を助けたと思ってるんだ!」言われてみれば、そのとおりである。
「え、あの、ごめんなさい」
「分かればよろしい」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
 気まずい、非情に気まずい。
 ラヴァーレは、気まずくて気まずくてしょうがなかった。どうして無言でこっちを見てくるんだろう? 
オオオニバスの隣に浮いている彼を見れば、坊主頭に黒い身体、黒いウロコの下半身。それが威圧感を放っており、とても怖い。
 ――わたし、襲われるのかな……
「……(もっと魂磨いて出直して来いよ馬花)」
「あの、なん、ですか?」
「訊きたいがあるんじゃないのか?」
「え?」
「ヒトがなんでも親切に教えてくれると思ったら、大間違いだぞ。分からないことがあるんなら、自分から相手に訊かなきゃダメだ」
「あ、はい……」
「質問は?」
「え、えと……」
 まさかの展開に、ラヴァーレは面食らう。これはこれで、襲われるよりも頭が痛い。何を訊けばいいんだろうか。
 ――ちょ、ちょと、待って!
「……(ワハハハ、若いって初々しいな)」
「えっとー……ここは、どこなんでしょう?」
「うむ。ここは第二区画の森の中だ」
「……」
「……」
「第二区画?」
「第二区画」
「……」
「……」
「……ケメト、なんですか?」
「もちろん。人間界で言えば、ケメトのテーベだ」
「……じゃあ、オリエントなんちゃらって、ことですか?」
「如何にも。オリエント・アロマ・アカデミーの中だよ」
「……」
「……」
 ……
 ラヴァーレは思った。気難しいって、たぶんこーゆうヒトのことを言うんだ!
「……(だって、地球は過酷なんだから、厳しくしないといかんしなぁ)」
「でも、ケメトって、もっとこう、熱かったような……」
「それはね、アカデミーの周囲には、透明な膜でバリアを張っているから、暑いと言っても灼熱ってほどじゃないんだ。それに、この泉の周りにも、病人を守るためのバリアが張ってあるから、外なんだが、新鮮な太陽のエネルギーを快適に受け取れる仕組みになっているんだ」
「そう、なんですか。えっと、あと……は……あ、今は、いつなんですか?」
「いつって――『ラベンダーさんと征服の草Ⅰ』における時代設定のことか? それだったら、厳密に言えば、紀元前13世紀にはまだなっていない。少し手前だな」
「……」
「……」
 ――気難しいし、けっこう意地悪だ!
「あー……だから、その、わたしはどれくらい、眠ってたんでしょうか?」
「15年」
「え?」
「だから、15年」
「……」
「……」
 ……
 
 ――は?

 ――はあ!!?

「え、うそ、あ、え? へ?」
「あたりまえだろう、枯れてもおかしくない状態だったんだ。命があるだけでも、ありがたいと思え」
「15年って……12ヵ月が、15回って、ことですか?」
「そう。相当な無茶をしたって聞いたぞ、まったく。でも、君だけのせいってわけでもないんだが……」
「?」
「ああ、いや、こっちの話。他に質問は?」
「ミンテは帰ってきましたか?」
「……残念だが、彼女が帰還したというニュースは、まだ入ってきてないな」
「そう……ですか」
「まあ、落ちこむな。君とミンテのことは、『没薬』殿から聞いている。ミンテにしてはずいぶんと、浄化に手間取っているようだが、大丈夫だ。必ず帰ってくるさ」
「『没薬』殿って、だれですか?」
「ミルラ殿のことだ。ミルラ殿は知っているか?」
「……はい、会ったことあります」
「そうか。『没薬』殿が、守衛から連絡を聞きつけて、倒れていた君を救霊救急センターまで運んでいったんだ。もしまた会うことがあったら、ちゃんとお礼を言いなさい」
「はい。あの、ありがとうございます」
「うむ。では私は、ちょっと電話をしてくるから、そこで待ってなさい」
 そう言うとオバマさんは、ちゃぷんと泉の中へ潜っていった。

 それから50分ぐらい経つと、林の向こうから女子学生が現れた。
 彼女は泉のそばまで来ると、女の子らしく両手を軽く宙に上げてバランスを取りながら、たったったっと、オオオニバスを渡って泉の中央、ラヴァーレの隣までやって来た。
「久しぶり」
「だあれ?」
「え、覚えてないの?」
「……ごめんなさい」
「あー……イイのイイの。たかが15年前とはいえ、あの時はパニック状態だったからねー。覚えてなくてとーぜんか」女子学生は困った顔をすると、しゃがみこみ、体育座りしているラヴァーレと目線を合わせる。「改めてこんにちわ、ラヴァーレ。私はバイオレット、あなたの所属クランのチーフです」
「こ、こんにちわ」クスっと笑ったバイオレットの顔を見て、ラヴァーレは恥ずかしくて直視できなくなり、そっぽを向く。
「えーと、体調はどうかな、痛くない?」
「えっと、たぶん、大丈夫……です」
「小浜さんいるかな」バイオレットはそう呟くと、立ち上がって大きな声で「小浜さーーん、いますかーーー!!」と叫んだ。するとすぐに泉から顔が上がってきた。
「小浜さん!」
「いえ、マディソンです」
「え、あ、誰!?」
「マディソンです」
「えっと、小浜さんは?」
「今ちょっと、国際規範ガン無視の人工島とか、お前の頭は荒れ地状態か!? ってぐらい頭のおかしい軍事行動と軍事衝突の問題と、なぜか他人事みたいに傍観している、頭が干ばつ状態のヤベーさんの国と、ミサイル撃ちまくって海をいっぱい汚染して海洋生物殺しまくったり、たび重なる核実験でヤベーさんのところに、放射性物質を巻き散らしたりする北のアレの問題と、あとやっぱりヤベーさんのとこなんだけど、なぜか他国が原因(自国が原因ではない時)の時だけやたらスピーディーに放射性物質について対応が早いのは、おかしいんじゃない? 3.11の時にも、もっとスピーディーな対応(分かる人には分かります)が、本当はできたよね? っていう問題で手がいっぱいいっぱいだから、もう少し待ってください」
 白い人魚に割と現実的なことを言われ、バイオレットはコクンと頷いた。
「じゃあ、僕も忙しいから、バーイ」マディソンは去っていった。
「……」
「……」
 顔を見合わせるふたり。
「あれって、いっぱいいるんですか?」
「さ、さぁ……私も小浜さん以外初めて見た。洞窟の向こう、どーなってんだろ」
 しばらく黙って水面を見ていたふたりだったが、ふと思い出したようにバイオレットは動き出した。「そうだ、これ持って来たんだった」そう言ってバックから取り出したのは、ラヴァーレがアカデミーに来た時に着ていた服だ。
 ふんわりと揺れるAラインの、黒いリボンがついた白いシフォンブラウスで、肩先から袖口にかけてがざっくり開いていて、肌が少し見えるようになっているイタズラっぽい服。そして、黒いパンツとヒールサンダル。
「ボロボロになってたのを、直してもらったの」 
「あ――」
 なつかしいものを見たためか、どっと涙があふれてきた。胸の奥から、あふれてあふれて止まらない。

 ――ミンテに、もらった……服だ

 ミンテ、ミンテ、ミンテ! ミンテっ!!
「あ、ああり、ありがとうございます、バイオレット、さん」
「ヴィオでいいよ。私たちはもう、家族なんだから」
「えぐ、え?」
 えぐえぐ泣きじゃくるラヴァーレの肩に、そっと手をまわし、バイオレットは言った。
「クランっていうのはね、家族って意味なの。同じクランにいるってことは、私とあなたはもう家族。だから、私を頼っていいんだよ」
 でも、知らないヒトだし……
「私は、あなたのお姉さんになるのか」
 へ?
 膝から顔を上げたら、バイオレットは笑っていた。情熱的なケメトの夕日が後光のように、朱くバイオレットを照らし、彼女が太陽そのものの精霊に見えた気がした。
「私、ミンテ先生にはすっごくお世話になったの! だから、ミンテ先生の娘ってことは、私の妹も同然でしょ?」
「……」
「ほら、なにしょぼくれた顔してんの!」

 ――バイオレットさんは、太陽神みたいにわたしを、闇から引っ張り上げてくれた
 
 手を引っ張られ、無理矢理に立たされる幼い少女。
「ひどい匂いよ」バイオレットは笑っていた。
「ミンテ先生はいないけど、私がいるよ。困ったことがあったらなんでも言って、力になるから。私を頼っていいからね」
「……はい」わたしのことを、励ましてくれてるんだ。悲しいけど、がんばらなきゃ。
「悲しい時はね、無理にでも笑うといいんだよ。ほら、に~って、やってみて――そうそう、もうめいっぱい、これでもかってぐらいに~って笑顔になってると、頭が安心して、余裕が生まれるから」
 そんなバカなと思ったラヴァーレだったが、バイオレットに言われたとおり笑顔になっていたら、なるほど、これは確かに楽になれた気がする。
「あの、ありがとうございます、バイオレットさん」
「だから、ヴィオでいいって。あと、同じクランなんだから敬語もなし。OK?」
「はい――ぇぁ、うん」
「よし。じゃあラヴァーレ、よろしくね」
「よ、よろしく、ヴィオ」
 差し出された手を握り返して、恥ずかしいけれども、がんばってヴィオと名前を呼ぶと、バイオレットは満開の笑みを浮かべていた。
「……それにしても小浜さん、なかなか来ないな。何やってんのかわかんないけど、しょうがないから先、着がえちゃおっか」
 おいで、とバイオレットに促されたラヴァーレは、オオオニバスの橋をいくつも渡り、岸へとたどり着いた。
「それ、脱いで」
「それって?」
「その光」
「これ、脱げるの?」
「うん、服だからね」
 恐る恐る光に触れると「ほんとうだ、伸び縮みする!」とラヴァーレは驚いた。もっちりした光の服を脱ぎ、なつかしの服を――長く長く、太古より続く果てしない魂の旅をようやく終え、やっとのことで、我が家のベッドに潜りこんだ旅人のように、切なくもありがたい気持ちで服を着がえた。
 動いていると、パンツのポケットに違和感を感じた。何かが入っているのに気づく。ん? なんだろ、これ。出してみると。
 ラヴァーレの目に映ったもの――それは、カラフルなシマ模様のキャンディーだった。
「ああ!!」
 急な大声にビクッと震えると、バイオレットに手をつかまれる。
「それ、ガジュ丸キャンディーじゃん! ホンモノ!?」
 あ……そーいえば、そんなことあった。もう何ページ前のことだろうか。
「なんでコレ持ってんの?」
「えと、ガジュ丸さんに、もらって」
「会ったことあるの!? これ、三つ星なんだよ。なんかの雑誌で読んだことある」
 三つ星の意味が分からないラヴァーレだったが、興奮したバイオレットはそのまま続ける。「ガジュ丸さんのお手製だから、滅多に手に入らないのに! うわぁ、実物初めて見たわ~」どうやらメチャクチャに価値が高いモノらしい。「〝ルート〟で自慢しよう。ゴメン、ちょっと写メ撮りたいから、そのまま持っててもらっていい?」
「こう、ですか?」
「そうそう」何やら小さな長方形の物体でカシャッと、バイオレットは何かすると「ありがとう」と言って喜んでいた。「イイな~、うらやましすぎる」
 猫みたいにモノ欲しそうに見てくるので、ラヴァーレは「じゃあ、3つあるからどーぞ」とバイオレットに手渡した。
「マジで!? ありがと~う! いやー、まさかこんなところで、これが手に入るなんて思わなかったなぁ」
 海底から引き上げたお宝を、じっくり味わい深く鑑賞するように、宙に掲げるバイオレット。ラヴァーレは、そんなに驚いたり喜んだりするものが自分の手にあるなんて、思いもしなかった。しかし、ガジュ丸キャンディーに大はしゃぎするバイオレットの様子を見て、悲しみで萎れていた心が満開に咲くような気持ちになる。
「食べてみよっか」
「うん」
 ふたりはパクっと口に入れた。すると――


?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・?゜?彡。.:・*゜

 小浜さんがいろいろ(本当にいろいろ)用事を終えて、50歳は老けたようにくたびれた顔で戻ってくると、なんか、変な光景があった。
 オーシューの泉から顔を出すと、ふたりの花がほとりでスキップしていたのだ。
「うっふふふ」
「うふふふふ」
「あっはっはっは」
「おっほほほ」
「わーーお」
「キャ~~」
 あっちこっちをスキップしながら楽しそうに笑いあう花たちを見て、小浜さんは放っておこうと思い踵(?)を返したが、相手が相手なので、とりあえず戻って話しかけることにした。
「何やっているんだ?」
「幸せって、こーゆうことだったんですね」とバイオレット。
「わたし、生まれてきてホントに良かったっス! せんぱい愛してます!」とラヴァーレ。
「ラヴァーレ、私も愛してるぅ!」
 
 ――大変だ! せっかく退院したのに、ちょっと目を離したスキに重症になっている! しかもヴィオまで! 
 
 慌てた小浜さんはふたりを霊視してみたが、幸せエネルギーが花びらとなって周りを舞い散り、空間がマゼンダピンクに輝いているのが視えるだけで、おかしなところが分からない。
「おい、何があった? どうした!」
「いやぁ、幸せと愛が理解できました」とバイオレット。
「うへへ、へへっへ」とラヴァーレ。
「おい、ヴィオ! こっちを向け、スキップをやめろ!」
「あれぇ? 小浜さんもしかして、スキップできないことに嫉妬してるんですかー? 人魚はスキップなんか、できませんもんねー」
「おい、差別発言だぞ! スキップぐらい変身すればできるわ馬花者!」
「スキップするとー、イヤなことぜんぶ忘れてー、楽になれるんでーぅ」ラヴァーレの様子も、かなり可笑しかった。
 小浜さんは、明らかにお花畑在住の方になってしまったふたりに、制裁という名の愛の爆弾を下してあげた。バシャンと思いっきり水をぶっかける。全身びしょ濡れになったふたりは、正気に戻ったようにハッとした。
「あれ……なんで私……濡れてんの!?」
「ヴィオ、おいヴィオ! こっちを向きなさい」
「あ、小浜さん! 待ちくたびれましたよ」
「お前はもう〝Rock〟の会長なんだから、発言、行動には、いつ如何なる時でも気をつけなさい! 全アカデミー生の代表ということは、全アカデミー生の模範ということなんだぞ! エルスワースだったらもっと厳しくキレてるところだ! トップに立つ花として、自分がやっていることが本当に正しいのかどうか常に自問自答し続け、しっかり精進しなさい!」ピシャリとカミナリを飛ばす、黒人魚の小浜さん。
「え……え、あの、なんで怒ってるんでしょうか……?」小浜さんのただならぬ真剣なまなざしにとまどい、バイオレットは青ざめ「え、ぅ、ごめんなさい」と謝った。
「……まったくどいつもこいつも。ヤベーといい北のアレとか赤いアレといい、向こうもロクでもないのばっかだな」グチグチ呟く小浜さんは、どうして自分がここにやって来たのかを思い出す。「それで、ヴィオ、用件はなんだ?」
「あ――あの、この子、ラヴァーレのことなんですけど、電話でも言われたとおり退院ってことですが、注意すべきこととか、しばらく気をつけることってありますか?」
「そうだな……あ! そうだ、その子、誰もいないのになんか、ひとりでブツブツしゃべってた! 会話してるみたいだったぞ」
「え!? それって、頭に障害が残ってるとか、そーゆうことですか?」
「うーむ、かもしれんな。一応、近いうちにカモミール殿に視てもらったほうが、いいかもしれん」
「そう、ですか。分かりました。じゃあ、そうします」
「うむ。あと、15年もの間寝ていたんだ。急な運動はもちろん控えて、徐々に体を慣らしていくように。〝Rock〟の会長だからといって、自分のクランをおろそかにしているようでは駄目だからな。その子も含め、しっかり一人一人の面倒を見るんだぞ」
「わかってますってー」
「すぐに調子に乗るのが、お前の悪いところだ。15年前の時みたいに、何事にしても、そばにいるのに木を抜く事態だけは、避けるんだぞ」
「はいはい」
「イエスは一回でいい」
「はーい」
 口調はやや怒っているものの、小浜さんは、実の子供の成長を見るように笑っていた。バイオレットのほうも、照れながらも小浜さんに対してくだけた感じで接しているので、ふたりはどうやら旧知の仲らしかった。
「それじゃあ、私たちはもう行こうと思います。小浜さん、ありがとうございました」
「うむ」
「ほらラヴァーレ、長年お世話になったんだから、お礼言いなさい」
「あ、ありがとうございました」
「うむ。ラヴァーレ、そこのお姉さんは頼りになるから、早めにゴマすっといたほうがいいぞ」
「ちょちょ、なに言ってんスか」
「ゴマって?」
「知らなくていいの!」
「こう見えて、天才だからな」
「さっきまでおとしめてたのに、なんで急に持ち上げるんスか!」
「ん? 調子に乗らないための練習さ(おとしめてはいないが。それを言うなら非難だろ)」
 小浜さんもバイオレットも笑っていた。
「もう。じゃあ、ありがとうございました」
 林の向こうへ歩み始めるバイオレットとラヴァーレ。
「おう、達者でな。俺も忙しいが、たまにはメールくれよ」
「はーい。いつかまたお世話になりまーす」
「頼むから来ないでくれーー。面倒事は、人魚界だけでコリゴリだ」
「小浜さーーん、さよーーならーーー」
「ああーー、じゃあなーー」
 真っ赤な夕焼け空に向かい、歩いていくふたり。
「小浜さあああん! ばいばああああい!」
「ああーー、ヴィオーー、バーーーイ!」
「小浜さああああああん!」
「はよ帰れJK(女子高生)!!!」

「わっはは、逃げよう!」
「ちょ、まって」
 尾ビレがブチ切れたように怒った小浜さんの怒鳴り声を背後に、ふたりの女子たちは、林の向こうへ逃げていった。

第18輪 See you again

しょぼっ! え? はあ!? おいオリバナム! 『真の薫香』! そりゃねえぜ! 植物界を――自然界を代表する立場だろうが! 俺らの代表なんだから、もっとハッキリ言えよ! そこら辺の神でさえ言わない(もう何を言っても無駄だと、見放しちまったのかは知らねーが)とっておきの爆弾、あるだろうが! 徹底的に言わねえと、危機感も何も伝わんねェぞ!! 知ろうとしなかったことを罪とも思わず、こいつらは誰かのせいにするだけなんだ! 言ってやれ! ブチのめしてやれ!!!

シナモン

抱き合う少女


 

 どうしよう! どうしよう! どうしよう!
 ミンテが、ミンテが行ってしまう!! もう、会えなくなっちゃう!
 ミンテと…………みんて……と…… 
 あれ、この香りは――
 よく嗅ぎ覚えのある、知ってる匂い。昨日まで(アカデミーに来るまで)いつもそばで嗅いでた匂いなのに、なんだか、とてもなつかしい……
 甘くてスッキリしてて、さわやかで、でも主張が激しくて、我の強い、この香りは……!!
 わた、しは、顔っを上げ、て、確認した時、ニは、もう、泣いていた。
「アンタ……なにやって、ンのよ」
 ブロンドで、うすく緑がかったブロンドで、ウェーブの髪で、ミントで編まれた冠を被ってて、地中海みたいなブルーの瞳で、白シャツで、ジーンズで……自分勝手でわがままで……でも面倒見が良くて、やさしくて、可愛くて、かっこよくて……
「みんっ、テ!」
 ああ、みんて、ミンテ、ミンテ! よかった、会えた! ミンテが、いてくれた、間に合った。よかった……よかった……

 ラヴァーレとミンテは再開した。大人姿のミンテは、そのまま泣き崩れ、ラヴァーレの背中に手をまわしたまま、地面に膝をつく。
「ぁあっ、ぁ~~~ぇ、馬花タレ~~ぅッ~」
 ただただ悲しくて、泣いてしまったミンテとは反対に、ラヴァーレは泣きながらも喜んでいた。
「ミンテっ、よかった! わたし、しんぱいしたんだよ! もう会えないかと思った」
 そんな格好で何を言うのか。ラヴァーレの言葉に余計に胸が締めつけられたミンテの心からは、決壊したダムのように哀しみがあふれ出していた。ラヴァーレとはもう会わない、その決心と覚悟の街が、哀しみに呑まれ沈んでゆく。
「置いてかないで! わだしも行ぐ」
 いま一番ミンテが心を痛めていること――それは、素直に悲しめないことであった。精霊たちが少なからずいるこの第一区画内で、今、自分の心をしっかりとガードしなければ、非常にマズい。最悪、地球が終わるケースも考えられる。幸い周囲には誰もいないはずだが、ラヴァーレにも、伝えるわけにはいかない。ラヴァーレはまだ匂いも心も読めないはずだが、香りにまで自分の情報を出さぬように、神経を張り詰め、こんな状態であるのに、細心の注意を払わなければならなかった。
 ラヴァーレと……こんな姿ではあるが、せっかく再開できたのに素直に喜べず、また、悲しむこともできず、打算的な考えをしてしまう自分が許せなかった。

「おねがいミンテ、行かないで! もし行くなら、わたしも行くから」
 声を出そうにも、声が出ない。お願いラヴァーレ、少し黙って、お願い。情報が、漏れちゃう。今、私の感情を揺さぶるのは、やめて!

 ――最悪の状況だ

 目覚めてくれと、ひたすら祈り続けていた二週間だったが、非情に徹するべきだった。とっととアカデミーから出るべきだった。私情に囚われている場合ではなかった。こんなミス、ラヴァーレと出会う前の自分が知ったら激怒するだろう。この400年を、無駄にする気かと。
「ミンテ、ひとりはヤダよ! 今までだって一緒だったじゃん!」
 私は大丈夫、私は大丈夫、私は大丈夫、私は情報を守っている、私は情報を守っている、私は情報を守っている、大丈夫、大丈夫、大丈夫、私は堅固、私は堅固、私は堅固。
「ねえ、無視しないでよ! どうして何も言ってくれないの!?」
 ヤバイと思うな! 前向きに考えろ! 不安を消せ! 大丈夫だ! 漏れない! 超ポジティブになれッ、『征服の草』!! 大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫「ミンテ! ミンテ!」大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈「なんか言ってよ! なんで黙ってるの?」夫大丈夫大丈夫大丈夫「ねえってば、ねえ!」大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈妻大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大「ミンテ? 聞こえてる!?」丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫
 堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固「どうしたの! 言ってくれなきゃわかんないでしょ!」堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固「ちょっと……??」堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固「怒って、ますか?」堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固「ミン、テ…………???」堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固「どーして無視するの? あ、わかった! 植物だけに、虫は無視っていうギャグでしょ! でも、虫さん無視してたら、植物は生きてけないよ」堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅固堅牢堅――――
「死ねえええ!!!!!」
 ビビクッッッと、私の叫びに震え上がるラヴァーレ。
 顔が真っ青(オリエント青ざめトーナメント、予選突破ね。ってそんな場合じゃない)になり、言葉にならない悲鳴をあげて、お腹を押さえて苦しみ出した。
 ――しまった!! 
 つい、念でラヴァーレのお腹にトゲを刺してしまった。芽(子共)には視えない念のトゲを、大人の花であるにもかかわらず、私は思いっきりブッ刺してしまった! 
すぐに愛の波動をこめてトゲを引き抜くと、ラヴァーレは息も絶え絶えで、状況がよく分からないという顔をしている。さっきよりかは、ラクそうだ。
 
 私はそこで、ほっとしてしまった。つまり抜いてはいけないのに、木を抜いてしまった。

「ごバァ!」
「ミンテ? ミンテ!?」

 ――おいおい、マジかよ……この芽、なんで、こんなダメージで、平然としてやがんだよ……うっ……

 ラヴァーレに同情し過ぎたのか、トゲを抜いた瞬間うっかりラヴァーレの体の状態とリンクしてしまい、痛みが呪いのように私に降りかかってきた。
 口からごバァと勢いよく飛び出た血が、ラヴァーレと地面に降りかかる。
「はぁあ! ミンテ! ミンテッ!」
 これは、困った……まさか、こんな事態になるとは……お前の体は、どうなって、ンだ……よ……。治療したんじゃ、なかった、のか? なんか、ねェだろ……コレ……
「だ、ど、どど、どう、しよう。ええあ、だれ、か」ラヴァーレは、現状を把握できるはずもなく、あたふた――イタタッ!! して、いた。

[――せんぱい、ここに、いた、はや、く、来て、死ぬ……。か、カモミー、カモミール! 早く!! ヘルプ!!]

 他に状況を知らせられる花は……
 最悪なことに、野球部もサッカー部も近くにはいない。同じ第一区画とはいえ、今は遠くのほうで活動している。二週間前の事故が原因か? シャレになんねーよ……。あの中にテレパシーを受け取れる子がどれだけいるかも分からない。なら、守衛に助けを求めようかと考えたが、守衛はどうやらラヴァーレが私に捕まったのを見届けて、すぐに持ち場に戻ってしまったようだ。だが守衛であればテレパシーですぐ呼べる。問題は、今の私の状態で、情報を守り切れるかということだ。もしあの守衛が……仮に違かったとしても、知られた時点で全部パアだ。誰ひとりとして知られてはいけない。
 そこまで考え、私は気づいた。しまった、先輩とカモミールを呼んでしまった。

 くそがぁぁぁ!!! ……しょうがない。私は、今度こそ本当に、非情になる覚悟を決めた。植物の精霊でも、背に腹は代えられない。
 
 まずはラヴァーレを、『ガソリンツリー』だと思いこむ。
ラヴァーレは『ガソリンツリー』、ラヴァーレは『ガソリンツリー』、ラヴァーレは『ガソリンツリー』、こいつは『ガソリンツリー』こいつは『ガソリンツリー』こいつは『ガソリンツリー』コイツは、『ガソリンツリー』コイツは『ガソリンツリー』コイツは『ガソリンツリー』コイツは『ガソリンツリー』。
 
 ッッッ!!!!

 身の毛もよだつぐらい激しく強い憎しみ、恨み、怒りが体の中からわき上がると、私の体の痛みは驚くほど簡単に消えた。感じ方が変わったということは、つまり、冷酷で残酷なあの『征服の草』が、帰ってきたということだ。
波動がゾッとするほど冷たくなり、ラヴァーレを再び突き刺した。 
「あ、ぁぁ、あ」
 ピリピリとした私の波動でラヴァーレが痛みに苦しみ出したが、そんなこと関係ないね。弱いものは死ぬ。それが世界の掟だ。
 続いて、テレパシーを再びあの二輪に送る。

[――ってのは、ウッソぴょ~~~ん! ビックリしたかなあ? こっちにはいなかったから、来なくていいっぴょ~~~ん♪]

 送ってから一秒もしないうちに返事が来たが、そのまま中身を視ずに脳から削除する。ギャルかよアイツは。カモミールのやつは無駄なことはしないから、意味がないと知ればそのまま連絡してこないだろう。だから今のメッセージはあの〈グルグル〉からのはず。

 よし、今、完全にガキとのリンクが切れた。続いて自分の香りと、太陽のエネルギー、空気中の気だけをこめて、傷ついた霊体を自己ヒーリングする。実のところ、愛のエネルギーを使いたかったが、せっかく非情になれたのに愛のヒーリングで前の自分に戻って、またミスをするという事態だけは避けなければいけないので、やめた。
 体が楽になった。元々私のダメージじゃねえんだ、回復しやすくて当然だ。さて、続いては……
「ミンテ、わたし、だれか、呼んでくるよ」
 このガキだ。こいつをなんとかしない限り、『征服の草』の完全復活はありえない。
「いや、いい」銀狐みたいな、ヒンヤリと冷たい嫌な声だ。
「でも、血が……」
「そうだな」
「だから、呼んでくるよ」
「いいっつってんだろクソガキが!」え? という顔をしている。本当に腹の立つガキだ。気をつけねェと、勢い余って枯らしちまいそうだ。「ほら、行け、帰れ!」
「え、いや、どうしたの!? 帰れって、わたしの家は、ここじゃないよ!」
「お前がどう思おうが、ここが新しいお前の家だ、前にも言ったろう。じゃあな」
「いや、待ってって、行くよ」
「へえ。どこ行くか、知ってんのか?」
「……知らないけど、ミンテと一緒なら、どこへでも行くよ。だって、家族じゃん」
「……」
「……」
「…………くっくっくくっあっはっはっはっは!!」
「なんで……笑ってんの?」
「うははは、家族だって? いやあ、面白いジョークだわ」
「ねえ、さっきからおかしいよ、どうしちゃったの!? いつものミンテじゃないよ!」
「これが私だよ。泣く子も黙る『征服の草』だ。お前が家族と思うのは勝手だが、私にとって、お前は家族でもなんでもない。その辺の雑草だ」
 ガキは口をあんぐりと開けて、呆然としている。どうやら理解できていないらしい。ったく、これだからガキは嫌いなんだ。自分の頭で考えることができやしない。言われて初めてそうだったのかと気づきやがる。「もう一度言ってやる。私にとってお前は、家族でもなんでもないんだ、馬花が!」
「えッ……」
 醜い泣き顔だ、ニンゲンみてーだ。おっと、ニンゲンに失礼だったか(一応言っておくが、不快にさせてしまったら申し訳ない。ま、私らなんて散々不快な思いをさせられてきて、涙を呑んでるが)。
「じゃあな、私お前のこと大っ嫌いだったんだよな、すぐ泣くしウゼーし。バイバイ」
 よし、こんなもんだろう。
これでやっと戦場へ行ける。作戦の決行だ、これから忙しく――門へと向かう私の腕を、何かが引っ張った。見ると、ガキがつかんでやがる。
「離せよ」
「やだ、ミンテと離れたくない」
「へー、あっそ」
「ね、わたし、お仕事の役に立つから」
「てめぇみてーな雑草が戦場に来たところで、枯らされんのがオチだ。失せろ」
「なんでもするよ、だから、置いてかないでください」
 その言葉は、私の維管束を沸騰させるには十分過ぎるものだった。
「お前、敵を殺す覚悟も、自分が死ぬ覚悟もできた上で言ってんだろうな!!」
「え」
「ニンゲンや悪魔だけじゃない(残念だけど、私たちから見ればどちらもあまり変わらない。自然を汚さないだけ、まだ悪魔のほうが……)、この地球の覇権を狙ってるヤツらは、山程いる。敵性レプティリアン、疫病、〝植物至上主義者〟!!! そうゆうヤツらを、殺す覚悟はあるんだな! よし、分かった、ならついて来い。ほら、早く来いよ」
「……うん、わかった」
「…………………………」
「何してるの? 早く行こうよ」笑ってやがる。
「え、ええ、そう、ね」
 仕方なくふたりで歩き出す。そして、ガキがほっとした瞬間を狙い勢いよく後ろに蹴りを放つ。腹に命中した蹴りはそのままガキを、少し後方、ざっと30メートルほど後ろへ吹き飛ばした。
「そんなザマじゃあすぐに死ぬな、身の程を知れ。じゃあな」
「ガッッッハ――っあ、ぐっ、よ」
 さっきリンクした時に知ったが、一番狙ったらマズいところにおみまいしてやったんだ。だいぶ手加減したが、絶対に起き上がってはこれないだろう。
 これで今度こそ、別れだ。
 私は門へと近づいた。一歩、また一歩……と、門が迫ってくる。日本の地獄界へ行くみたいだ。当然かもしれない、自分が今までやってきたことを考えれば、地獄行きが妥当だ。
 走ってとっとと行けばいいのに、歩いてしまうのは、やはりまだ私に、甘えがあるからだろうか。どうせ行くなら、冥府がよかった。ハー君に裁かれたかった。
ほらやっぱり――誰かに自分を裁いて欲しいなんて考えている時点で、甘いのだ。
 門まであと、50メートル、45メートル、40メートル、35メートル、30メートル、25メートル、20メート――ガッ。
 ……ガッ?
「足手、まと、いに、なりま、せんがら」

 !!? な……んで……

「だから、置い、てか、ないで、くださいっ」
 おかしい、ありえない。
 リンクしたから分かるが、そう簡単にホイホイ動けるダメージじゃないだろうが! タフとか、気合いでなんとかできるものでもない。自分の香りすらコントロールできねえ小娘が、どんな魔法をつか――自分の……香り……じゃ、なければ? ……私の香りか? いや、そんなミスはしてない……。だとしたら、またあの神の仕業か?
「うるせーよ! 人間にだって、強いやつらはいっぱいいる! お前なんか、人間にすぐ枯らされて終わりだ!」
「クマだって、倒したん、だよ?」
「わはは、あんなの雑魚も雑魚だ。それに、自分の力じゃねえだろーが!!」
「わたしの力だよ! じゃあ他に、誰が倒したって言うの!?」
「ふ、ははっ、どうやって戦ったかも、覚えてないくせに!」
「お、覚えてるよ!」
「言ってみな」
「……パンチしたり、蹴ったり」
「…………――最後に口からビーム出したことも、巨大化したことも覚えてる?」
「う、うん。覚えてる」このガキときたら……
「……嘘よ」
「! 騙したのね!!」
「お互いさまでしょーが」非情になれ! 走れ!!
「まってよ」
「来るなァ!」
「ミンテ」
「来ないで!」来ないで……ちょうだい……。これ以上、私にあなたを……「お願いだから……来ないで……」
 後ろから、追いかけて、来る、あしお、とが、止む。
 どんな顔、を、して、るのだろ、か。か、考える、な、振リ払エ、決して、振り返るな。
「ねえ、じゃあ、どれぐらいしたら、戻ってくるの?」
 すぐ後ろから聞こえた声に、精いっぱいの虚栄を張って、答える。
「あなたが、ラヴァーレが勉強を頑張ってれば、またすぐ会える、わよ」
「わかった、わたし、勉強がんばるから! だから、またすぐ戻ってくるよね? また、会えるんだよね!」
 振り返るな振り返るな振り返るな! 来るな来るな来るな!
「ええ、会える。疫病を祓ったら、すぐ会えるわ。あなたを置いて、戻ってこないはずないでしょうが」そうだ、それでいい。
「わたし、待ってるから! 勉強がんばって、待ってるから! だから、すぐ戻ってきてよ、約束だからね!?」
「See you again(また会いましょう……)」子供姿になった私は歩きながら振り返らずに、愛する花へ、手を振った。顔を見れば、行けなくなってしまう。
 『征服の草』も、ずいぶんヌルくなったものね。
 いや、誰かを傷つけながら別れるのは、ある意味で、とても『征服の草』らしいかもしれない。
 後ろから、一輪の花のすすり泣く声が聞こえたのが…………

「門を開けなさい」
 守衛はミンテの顔と、後方の花を見ながら、迷ったように慌てていた。
「グズグズするな、早くしろ!」
 子供ミンテのおぞましい剣幕に脅され、急いで門を開ける守衛。
 予想していたこととはいえ、二週間前にオリエント・アロマ・アカデミーに来た時と今とで、ここまで気持ちが違うものになるのか。
 抱きしめることさえできず、本当のことを打ち明けることさえ叶わず、まともな別れすらままならない。せめて最後は、想い出の姿で。
 疫病のような風が吹きすさぶ黄土色の砂漠には、水平線の向こうまで続くスフィンクス参道が延びている。生の終わり、死の世界。対に並んだスフィンクスたちが、『征服の草』の復活に歓喜の歌を合唱する(この物語はなんでもアリだが、今、実際に歌っているわけではない。別に歌わせてもいいのだが by作者)。

 ――これだったら、冥界のほうが絶景だわ

 草冠を被った白い服の華奢な少女は、どこまでもどこまでも、荒れ狂う世界へと走って行った。
少女の走った地面にはただ、雨もないのに水滴が落ちていたのだが、灼熱の国ケメトでは、一瞬で跡形もなく蒸発してしまうのだった。