ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第24輪 友情

よいか柑橘野郎、貴様が威張ってられるのもせいぜい今のうちだ!
じき、このグレート・ブリテン王国一の精霊になるのは、
余だということを忘れるな!

ペパーミント

 

激怒するパンプキン

 

 

 伐採のような絶望感がオレを襲う。
 後ろから海のような膨大な量の悪魔たちが追いかけてくるのに、サンタたちがまだ来ない!
 オレはすぐにペパーミントに追いついた。
「おまえのせいだぞ! これだからお子さまは困るんだ!」
 ペパーミントはぶすっとしていた。
「ヤツは正気じゃない、ぼくが言わなくても結果は同じさ、世界樹へ逃げよう」
 世界樹まではまだ距離がある。後ろから光線やなぞの液体が飛んでくるのをよけながら、ゴールまでたどり着くのは難しい。オレは考えた。
「おい、あれをやるぞ。火の海だ」
「OK」
 ペパーミントは爆発性の香りを体から出し、風を起こして悪魔共のほうへ飛ばした。
 オレはマグパイから火の鳥に姿を変えた。火の鳥は体を大きくふくらますと、《地獄の業火》を口から放った。
 荒れ狂う一直線の炎はペパーミントの香りに反応し――。
 大爆発を巻き起こした。
 燃えさかる火の海。バラバラと落下する悪魔共。
「ざまあみろ!」
 その火炎の中を突き進んでは来れないだろう。これで少しは時間が稼げるはずだ。
 しかしオレの予想ははずれた。
 急に火の海がちぢんだのだ。見えない力でムリヤリ押しこまれるように小さくなると、手のひらサイズの球になった。パンプキンだ、念力で圧縮したのだ。球はパンプキンのそばへ飛んでいった。いまや透明な念力のまくの内側で、ほそぼそと燃えさかるばかりだ。実力が違いすぎる。
 十数体倒しただけでもよしとしよう。
「前を見ろ!」
 ペパーミントの声に前を見ると、あちこちから結界を壊した悪魔たちが侵入してきていた。世界樹への進路をふさがれてしまう。もう少しで世界樹なのに! 後ろからも大群が迫ってきている。
「オレンジ、香りを出して突っ切るぞ!」
 ペパーミントは変身した。二羽の火の鳥は前から向かってくる悪魔たちの群れに飛びこんだ。変身中は魔法がうまく使えないのが不便だ。香りをせいいっぱいに出す。逃げる悪魔もいれば、気にせず向かってきて香りに苦しんだり、やけどするマヌケもいた。襲ってくる悪魔をかわしながら進む。ふとオレの視界を何かがさえぎった。
「――うゥ」
 こん棒で叩かれたのだ。ふらついたところを捕まった。片手で握りしめられてる。相手はひとつ目の太ったオーガだ。視界がかすんでよく見えん。炎を体から出すが、オーガはビクともしなかった。
 ……ペパーミントは……よし、抜けたようだな……なら、よかった。
 この群れから逃げ出すのはもう難しい。オーガがこん棒を振り上げる。これが最期とは。人間もサンタもダイッキライだ。人間は自分のことしか考えないし、サンタにいたっては助けにすら来ない。嫌な星だな――なかなかこん棒が振り降ろされないので、目を上にやると、オーガの首から上がなくなっていた。周りの悪魔たちも緑色の火だるまになっている。
「君をおいて、逃げるわけないだろ!」
 ミント色の火の鳥は、仲間をつかみ群れから抜けた。だが、とうとう大群に追いつかれた。悪魔の大群は、波のようにオレたちにおおいかぶさってきて――いきなり出現した機械にぶっとばされた。サンタのソリだ。ソリはオレたちの周りに次々に出現し、悪魔たちを引きまくった。
「おまたせオレンジ、ソリの整備に時間がかかって」
 ハイテクな機械のコックピットから大人の三太が顔を出す。
「遅いぞ!」
 本当はもっと文句を言いたかったが、オレも体力がない。
「ありがとう、あとはまかせて!」
 トナカイの大群、背中から翼を生やしたサンタたち、縦横無尽に悪魔たちをぶっとばすソリ部隊――あ、イエティがいる、地上にたくさんいる! すげえ、初めて見たぜ!! イエティはどれも大きく、一番デカいのでも4メートルはあった。オレたちに背丈が近い悪魔たちは、イエティの愛らしくも凶悪なパンチをあびせられ、のびていた。
 マノンは頂上への道中、あれとも遭遇したんだろうか……

(イエティはこっちの次元ではそんなにレアじゃない。サンタ界ではふつうにいる。でっぷりしたフクロウみたいな体型で、白い毛むくじゃらだ。トトロに似てる。ちなみに君たちの次元でイエティを見たなんてのは、だいたいシロクマとか、何かの動物の見間違いだろう)

 爆弾を空からばらまいたり、いろんな動物に変身したり、魔法や超能力を使ったり、サンタたちは必死に戦っていた。だが、悪魔の数が多すぎる! 十万対百万ぐらいの戦力差があり、まともに戦っても勝ち目はない。悪魔たちはパンプキンに操られてるから、ヤツを倒せば勝機はあるかもしれない。
 サンタたちはオレと同じ考えなのか、すでに半数以上がパンプキンのもとへ向かっていた。悪魔たちの相手はトナカイやイエティ、ビッグ・サンタとハーデスにまかせて。どいつも短期決戦にかけてるって顔だ。
 オレは強力なエネルギーの流れを感じた。

「お菓子かイタズラか――『悪戯小僧』の名において命ず――弾けよ」

 サンタたちの体は急激にふくらみ、風船のようにパンパンになると破裂した。破片が地上へ落ちていく。
「アハ~ハ、これもお返しするよ」
 きれいな水晶玉のようなものが、サンタたちへ向かって飛んでいった。水晶玉の中では、
火がゆらいでいた。――オレの《地獄の業火》だ。空中で連続爆発が起こり、火の雨が地上に降りそそいだ。イエティたちが倒れていく。
「目ざわりだね」
 パンプキンがひとにらみすると、ソリは動きを止めた。そのままバキバキと割れて爆発した。
 恐れをなして逃げるサンタにもヤツは容赦しなかった。空中にぼんやりと光るカボチャをいくつも出現させると、それを飛ばした。カボチャはサンタに当たると爆発し、体をふきとばした。
「クク、ハハハ! アッヒャッヒャ! っヒャ~ッ! これがあのサンタ! これからはボクがニンゲンを支援してあげるから、心配しないで! ……ブンメイガブジオワレルヨウニ」
 どのサンタにもやはり疲れが見える。あいつらにパンプキンを倒すのはムリだ。地上戦も空中戦も完全に押されてる。オレの香りで強化してやらないと――
「だめだオレンジ、ムダだ」ペパーミントの足に力が入った。オレを逃さないように。
「やってみなきゃわからない」
「やってみなくともわかる、エネルギーのムダだ、ここから逃げるんだ!」
「逃げる? サンタは?」
「サンタはもうおしまいだ、パンプキンがサンタと戦ってるスキに逃げるんだ」
「なあペパー、オレとおまえでできる限りサンタたちを強化してやれば……」
「オレンジ、ぼくたちは物語の勇者でもなければ、ゲームの主人公でもない! 生きなきゃ! ここにいれば枯らされるぞ、生きるために逃げるんだ!」
「離してくれ」
「ぼくたちが死ねば、誰がサンタが滅んだことを伝えるんだ? それこそパンプキンの思うツボだぞ」
「おまえの言ってることは正しい。だが……もう、情が移っちまったよ」
「どうしたんだオレンジ、サンタだぞ!? ほっとけよ! あんな下等霊に同情するな!」
「なあペパーミント、クリスマスって、すごいイベントだと思わないか? 価値観も思想もバラバラなのに、世界中でそれぞれの民族が、それぞれのクリスマスを過ごすんだ。おいしいものを食べたり、家族と楽しく笑ったり、恋人とキスしたり。ひとりで文句言いながらがんばってるやつも、クリスマスには気がゆるんだりするんだよ」
「……何が言いたいんだ」
「そんなお祭り、他にあるか? 世界大戦の奇跡――【クリスマス休戦】を知ってるだろ、クリスマスで戦争がなくなることだってあるんだ。昨日まで殺しあってた連中が、ツリーの飾りつけしたり、パーティーしたり、サッカーしたりしたんだ! 植物と人間だってきっと歩みよれる、オレは、その奇跡を信じてみたい!」
「くっ……馬花げてる! 奇跡なんか起きない! 現実を見ろ、夢なんかどこにもないぞ!」
「逃げたきゃ逃げろ、おまえが来なけりゃオレは死ぬだけだ!」
「あァ!?」
 オレはペパーミントを振りほどくと、戦場を飛びまわって香りを振りまいた。サンタたちは活性化した。ペパーミントもイヤな匂いではあるが、オレといっしょに香りをまいてくれた。だが、オレたちも体力の限界らしい。ちょっとしか出ない。
 火薬の匂い、血の匂い、憎しみの匂い、獣くさい匂い、油の匂い、泥の匂い、魔法特有の匂い、よくわからない匂い。
 戦場ではさまざまな匂いがただよう。
 建物が壊れる音、激しい金属音、うなり声、爆発音、霊体が燃える音、カボチャの笑い声、怒声、ソリのエンジン音、魔法や超能力に使われるエネルギーの流れる音、地響きの音。
 戦場ではいろんな音がする。
 ふとオレの目に、信じられないものが飛びこんだ。世界樹の正面だ。
 サンタ界のシンボルであるトナカイ模様が描かれた旗を、振り続ける少女がいた。
「がんばれぇぇぇ! がんばれぇぇぇ! オレー! オレオレオ~レ~!(スペイン語。いいぞ、いけ、という意味)」
 戦闘能力もないのに、あんな目立つところで何やってんだ!? 
 どうしてそんなにバカなんだ!? かくれてろよ!
 オレが急旋回したとき、無邪気な子どものような、しかし恐ろしい声が聞こえた。
「ニンゲン? ニンゲン!? なんで? なんで?」
 パンプキンだ! 遠くにいたはずなのに、空高くいたはずなのに、ヤツは信じられない速さでオレを追い抜き、一瞬でマノンの前に出現した。
 
 ――やめてくれ、家族なんだ

 時間がひどくゆっくりに感じる。人間と関わると、ほんとにロクなことがない。
 マノンはとぼけた顔をしてる。何が起こったか理解できてないって顔だ。
 火の鳥は一生懸命飛んだが、お世辞にも間に合いそうとは言えなかった。
「ドウシテニンゲンガイルンダ」
 パンプキンがローブの下から力をこめる。
 最悪な瞬間を覚悟したそのとき――紫の稲妻が走った。

「何やってんだテメェ」

 蹴りを顔面にくらったパンプキンが勢いよく吹き飛び、ぶつかった悪魔たちがボウリングのピンのように散らばった。ガトフォセにも見習ってほしいストライクだ。
「大丈夫? ――に決まってるか。私が来たんだもの」
 マノンは驚いた(ついでにオレも)。
「ラベンダー! なんで!?」子ども姿のラベンダーは、マリンストライプのシャツに黒いパンツ姿で、大人びた雰囲気だった。ラベンダーは笑顔を作ると、突然マノンにデコピンした。急に態度を変える。「うだッ!」
「お説教はあと! マジで心配したんだからね! 頭ぶつけて幽体離脱って、何考えてんの!?」
「いだい、やめて――ッ痛い!! やめて!!」ラベンダーが何度もデコピンする。
「なにこの旗? 応援するんだったらこれぐらいやりなさいよ」
 ラベンダーはマノンから旗をぶん取ると、狙いをさだめて――投げた。旗は空中をただよっていたカボチャ爆弾に突き刺さり、周囲の悪魔たちを吹き飛ばした。
 どうしてラベンダーが……? 
 ……オレがマノンのもとへ行こうか迷っていると、ラベンダーに見つかった。
「おい! アンタがいるのに、なんでマノンがこんな目にあってんのよ!」
 ラベンダーがつかみかかって来る。「待て――いまはそんな場合じゃない!」
「ペパーミント! 出て来なさい! 匂いでバレてんのよ!」
「なんでおばさんがここに!?」ペパーミントはオレを見捨てて空へと舞い上がったが――滑空して来たヨーロッパアオゲラに捕まり、ラベンダーのもとへ強制的に連れてこられた。ヨーロッパアオゲラは大人の女性になった。
「げ――母上」
「ペパーミント、あとで話をじっくり聞かせてもらいますからね」
 草冠をかぶったイブニングドレスの女性はスペアミントだ。無表情で槍を持ち、堂々と立っている。
「アンタもよ!」ラベンダーが言った。オレとペパーミントは、べつに悪くないのに萎縮してしまう。本来なら褒められるべきなのに。あとから来たくせにエラそうだ。「アンタたち二輪はマノンを守ってて! ケガさせたら承知しないからね!」
 ラベンダーとスペアミントが戦場へ突っこんで行ったとき、空から大きな悪魔が降ってきた。新手か!? それは身長七メートル大もあるアフリートだった。アフリートは大きな手をパーにして振り上げると――

 ダァン! ダァンッ! ダダダダダダン! 
 ズンダァンズンダァン! ダダダダダダダン!

 リズミカルなドラミングで悪魔たちを叩き始めた。
 仲間じゃないのか? あのアフリートは何かの映像で見たような気がする。
 ――あ。あれは、マスター・ポテトだ! 
 バカな! ベジタブの長官がどうしてここにいるんだ? 月を拠点に敵性宇宙人を取りしまっているはずだが。まさか、月からここまで駆けつけたっていうのか!? 
 気づけば、オレの中に刻まれたフラワー・オブ・ライフが強く反応していた。空を霊視しても何も見えなかったが、度数を限界まで上げたところで、ピラミッド型のUFOが浮かんでいるのがようやく見えた。間違いない、アロマ連合の船だ。アロマ連合が助けに来たんだ!
 周囲を見わたせば、空中で清浄な香りを放っているのはローズマリーとセージだ。おぇえ! オレもこの匂いがだいの苦手だ。大勢の悪魔たちが逃げていく。
 地上で兵器を使って銃撃戦を繰り広げているスーツの部隊は、武闘派で知られるシナモンの部隊。詠唱をとなえているのは、マンドレイクと聖ジョーンズの魔法部隊だ。
 ベルガモットやバンブー、オリヴィアもいる! 探せばまだ有名なマスターがいるかもしれない。
 Dr.バイオレットの最新ゴーレムも多く投入されており、戦況は数分でくつがえった。
「許さんぞ雑草ども! ぶちのめしてくれる!」パンプキンが爆煙の中から出てきた。
「テメェの相手は私だよ、今度こそ引っこ抜いてやるよ!」
 ラベンダーとパンプキンに続いて、他のマスターたちも光になって消えた。オレの霊視では姿をとらえられないが、激しくぶつかってる気がする。
 アロマ連合のUFOがキラリと光ったかと思うと――ビームを発射した。ビームが空中の一点で止まり弾けると、パンプキンの姿が見えた。頭上から撃たれたビームを念力で防いでいる。苦しそうだ。

「――ウゥッ――――ウッググ! ――――――――~くぉッがぁぁぁ!」

 パンプキンは身動きこそ取れないようだが、強力なビームを四散させていた。
 どんな原理なんだ!? 念力でそんなことふつうできないぞ!
 そのスキにパンプキンは複数のマスターに拘束呪文をかけられ、《光の輪っか》で拘束された。そのあと《うずまきねじまき》でエネルギーの流れを止められた。

(《光の輪っか》は、いくえにも重なった光の輪っかで、相手の身動きを封じるメジャーな魔法だ。そして恐ろしいのがこの魔法、《うずまきねじまき》。ネジで一部のエネルギーを動かないよう固定すると同時に、他のエネルギーをぐるぐると体内で循環させるんだ。その痛みを想像すると、身ぶるいしちまう。拷問として使うなら、背中のゼンマイをまわす必要がある)

 香りが充満したため、とうとう悪魔の大群はちりぢりになって逃げていった。
 歓声があがる。ハイタッチしたり、ガッツポーズしたり。泣いたり、抱きあったり。
 サンタたちは、まさか助かるなんて思ってなかったんだろう。

 香りが空へと舞い上がり、血のように赤かった空が少し、浄化されて澄みだした。
 長い長い、途方もなく長い――夜が明けたのだ。

 戦いは終わった。