ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第25輪 帰るべき場所では、いつも誰かが待ちわびている

旗なんか持ってたから、ジャンヌかと思ったわ……今度は間に合ったよ。ジャンヌ

ラベンダー

 

腕を組むラベンダー

 

 

 マノンの髪はくしゃくしゃで、服もぼろぼろだった。
 いまやサンタ界はマノンの話題で持ちきりだ。人間がサンタ界を救ったのだ。
 サンタたちはマノンをかこんで胴上げしていたが、喜びのあまり、マノンの傷口が開いて意識を失ったことにも気づかなかった。「バカどもが!」ラベンダーが血相を変えてマノンを取り上げた。そして自分の香りでマノンの霊体をヒーリングした。しかし、マノンは目を覚まさなかった。
「おかしいわ、これで起き上がるはずなのに」
「私が視よう、ラベンダー」
「アンジュ、アンジュ!! え、うそ!? 何百年ぶり!? 私マスターになったのよ!! あなたってば――」
「いいから、わかったから、あとで話そう!」天使のような女性はかがんで、あおむけに倒れているマノンを視た。「マズいな……肉体とのリンクが切れかかってる。いますぐこの子を元の肉体に戻さないと、死んでしまうぞ」
「どどどうしよう!」
 あわてるラベンダーに声をかけたのは三太だった。
「ソリに乗せよう。位置座標のデータをくれ。そうすればハイパードライブですぐに家まで送っていける」
「Je ne saurais que te dire merci(ありがとうしか言えないです)」
 ラベンダーが三太のほおにキスしたのを、オレンジはくやしそうに見ていた。

 ――ソリのターミナル

「……ねえ、このソリ何人乗りか知ってる?」三太がしわをよせる。
「しょうがないだろ、ラベンダーが乗れって言うんだ! イヤならラベンダーに言え!」後ろに乗ってるオレンジがどなる。
「何? 三太くん、ウチの家族つれまわして、しかもサンタ界救ってもらったのに文句あんの?」ソリの外のラベンダーが言った。
「マノンちゃんが勝手について来たんだ! ……いて良かったけど。オレンジは自力で帰れるじゃないか」
「そのとなりのやつを降ろせばいいだろ!」
「バカ言うな、ジェファーソンはトナカイだぞ! 副操縦士だ! 彼がいなかったら操縦に支障が出る」
「やれやれ、ようやく俺の出番だと思えばこれか」ジェファーソンと呼ばれた男性は、ハスキーでシブかった。「パートナーとの感動の再会シーンだと思ったのに」
 三太はどう返せばいいかわからず、話題を変えた。
「ソリがもうこれしかないんだ、窮屈だけどガマンしてくれ」
「最初に文句を言ったのはおまえだぞ」
「うるさい」
「オレンジ」ラベンダーはマノンを見ていた。オレンジのとなりで、じっと動かず寝ている。「マノンが家を出たのは何日?」
「11月23日だ」
「いまは25日の夕方よ」
「2日もたってるのか!」
「マノンの体は、いつもの病院にあるわ、急いで! 私は今回の事後処理があるから、お願いね!」
「ああ。そういやペパーは?」
「あの子は立場があるから、Mr.ハーデスといっしょに連合が保護してる」
「冥王の孫も楽じゃないよな」
 三太が手を振った。
「じゃあねラベンダー。あ、いつも言ってるけど、おれは匂いを読めないから、今年こそクリスマスカードは文字で書いてくれよ」
 ラベンダーは無表情で顔をそむけた。「ハイハイ」
「じゃあ、行くよ。しっかりつかまって」

 世界樹の滑走路から上空へ飛びたつ様子を、ラベンダーはずっと見ていた。
 ほのかに光を放ち、超高次元次に消えるまでずっと。

「すげえ! ハイパードライブってこんな感じなのか!」
「オレンジ」
「霊体がフワフワしてるぜ! これってあれだろ? 超高次元と合わない低い周波数のやつは、そのまま置いてけぼりにされちまうんだろ?」
「それは昔の話だよ、ところでオレンジ」
「いつか乗ってみたいと思ってたんだよなあ! これでビジネス始めりゃもうかるのに」
「そんなことすれば技術を盗用されて、戦争が激化するのがオチだ! オレンジ、時間がない、おれの話を聞け!」
「なんだよ」
「もうすぐ目的地に着く」
「超高次元に入って一分もたってないのに、もうおしまいか」
「君たちには感謝してる、サンタ界を救ってくれてありがとう」
「じゃあ、約束を果たしてもらおうか」
「『迷い仔の目印』の名において――『天界の果実』との礼名契約を履行する」
 パァンと見えない何かが弾けた。オレンジが霊視すると、三太とオレンジの手をつないでいた契約の鎖がなくなっていた。
「おうおう! まったくさんざんな目にあったぜ」
「これで貸し借りはなしだ」
「ちぇっ、サンタ界を救ったのに、その対価がラベンダーの部屋に入ったのをバラさないこととは。フランスの労働組合だったら黙っちゃいないぞ」
「サンタにフランス人の価値観は通用しない。確認しときたいんだが、アロマ連合を呼んだのはおまえか?」
「オレは礼名契約で縛られてた、呼べるはずないだろ。ラベンダーが部屋で倒れてるマノンを発見して、かぎつけたんだ」
「やっぱりそうか。どう思えばいいのかな。連合が来なかったらサンタは滅んでた。でも、連合が介入したせいで、いろいろと不都合もあるし」
「どうあれ困るのは人間だ、オレたちじゃない。同情のしすぎはよくないぞ。ゴキブリ並みの文明度があるんだ、やつらなら大丈夫さ」
「ありがとう。あと、これは誰にも言わないでほしいんだけど」
「また誓うか?」
「いや。個人的なことだから。誓わないでいい」
「そうか」
「ポテトに気をつけて」
「なんだって? どういう意味だ? それは予言書の情報か?」
「これ以上は答えられない」
「大規模な食中毒が起こるってことじゃない?」
 その声は、オレンジでも三太でもなかった。
「マノン! いつ起きたんだ!?」オレンジが驚く。
「ソリに乗ったあたりから。だってあなたたち、わたしの知らないところで、いつもナイショ話するから。男っていつもそうよね、正解だったわ」
 オレンジと三太は顔を見あわせた。テレパシーで会話し始める。

〔ポテトって、マスター・ポテトだろ? 地球保安部ベジタブの長官の〕

〔もう何も言えない、おれも立場がある〕

〔連合の中でも中心的人物だぞ〕

〔プレゼントはすべて台無しになった、もう間に合わない。最悪のシナリオに突入だ、オチはサンタにも予想できない。絶対におれから聞いたって言うなよ! 絶対だぞ!〕

「ずるいわ、テレパシーで会話なんて!」

 超高次元を抜けたソリは、病院の屋上に着陸した。
「さ、ふたりとも、人間界に着いたから急いで!」
「――……もう三太くんとは会えないの?」マノンは三太の顔を見た。
「またすぐ会えるよ」
「なんだかそんな気がする」
「大人になったら忘れるけど、結婚して子どもが生まれたら、思い出すよ」
「どういう意味?」
「――急いで!」
「ほら行くぞ!」オレンジにひっぱられるが、マノンは抵抗した。
「急がなくても大丈夫だよ、もう頭痛くないもん」
「それは本体とのリンクが切れかかってる証拠だ! 再接続なんてできないからな!」
「バイバイ三太くん、あなたと会えてよかった!」
 ふたりは床に沈んでいった。

 オレンジとマノンが去った屋上では、12月の風がすでに吹いていた。
 ジェファーソンは三太を見た。
「未来のこと、勝手に教えていいのか?」
「絶対に決まった未来なんてない。それに彼は信頼できる」
「そうか」
「見損なった?」
「俺はトナカイだ。おまえの行動を尊重する」
「ありがとう」

 オレンジは超能力でマノンの体を感知すると、マノンと手をつないで床や壁をすり抜けて行った。病室に入ると。
「あ、パパ!」
 ガトフォセが、マノンのベッドによりかかって寝ていた。
「ぐっすり眠ってるな」
「どうやって体に入るの?」
「オレがよく教えるのは、1をイメージしながら入る方法だ、スッと入れる」
「あ――」

 マノンが目を覚ますと、そこは病室だった。

「……え、病院? ……パパ?」
 マノンは、どうして自分が入院しているのかわからなかった。
 あとで聞いた話では、どうやら絵画に頭を強くぶつけて倒れていたところを、ラベンダーが見つけて、ガトフォセが病院に運んだということだった。