ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第7輪 MTB(ミント交通公社)大英帝国ツアー〈ロンドン編〉 【オレンジ】

そうだ、いいこと思いついたぞ

ペパーミント

 

ネルソンの艦隊

 


退院したオレは、UKへ飛び立った。


(退院中は何して過ごしたのかって? いいから物語を読め)


待ち合わせした人間界のカフェにやつはいなかった。

しかし、香りがくっきりと残っていた。


(残った香りからするに、スコーンをひと口食べたあと、味が気に食わなかったのか戻し、しばらくショーケースのバノフィーパイとラズベリーのジャムサンドビスケットをながめていたな。悩んだ末バノフィーパイを手に取り、テラス席でコーヒーを——この匂いの濃《こ》さだと十分ぐらいか? 堪能《たんのう》したことがわかった。オレは鼻がいい。香りの動きからなんでもわかるぞ。疑ってるのか? そのあとに猫をなでて、歌を歌っていたら、霊が視えない人間に自分の席に座られて怒り、もういいって? まだ言えるのに)


カフェから道の向こうへ香りが続いているのがはっきりと目に視える。

次にやつが向かったのは、バッキンガム宮殿だった。

バッキンガム宮殿正面の真ん中のゲートの上に香りが強く残っていたが、またしてもやつはいなかった。

どうやらここで、衛兵交代式を見ていたようだ。人間界観光名所のひとつにもなってる場所だが、オレはもう何度も見てるので興味ない。


(衛兵交代式の行進・交替・演奏は、何を見るか、どう見るかで立つべきポジションが変わる。あいつが立っていた宮殿正面の真ん中のゲート付近は、激戦区! だが、交替式のメインイベントである交替と演奏を見ることができるし、ゲートの前のほうに立つことさえできれば、行進も近くで見れるだろう。もし人だかりが苦手なら、いい方法を教えてやる。やつみたいに鳥に変身して、ゲートの上から見ることだ。それか、いまみたいに世界大戦時に訪れるのがおすすめだ)


もう一度香りをたどっていくと、大英博物館に着いた。

大! 英! 博物館!!


(失礼。オレなりに諸君らの気持ちを表してみた)


次にやつが向かったのは、グリニッジ天文台だった。


(どういう行動をしたのか説明が足りないって? オレは話を前に進めようとしただけだ。やつは大英博物館には入らず、そのまま周りの空を一周すると、また他の場所へ飛んでいった。大英帝国が世界に誇る泥棒博物館こと大英博物館。そこには多くの植民地からぶん取《ど》った数々の美術品、発掘《はっくつ》品が展示されている。さすがにこれを鑑賞する時間はないと判断したんだろう。

ちなみにここで展示されてるロゼッタストーンは、かつてナポ公とエジプト遠征に行ったとき、オレが発見したものだ。それがどうしてイギリスにあるのかだって? オレとしては、ふたりで記念撮影もしたロゼッタストーンは、ナポレオンといた思い出としてフランス本国に持って帰りたかった。だが例の女——ラベンダーが、ネルソン率いるイギリス艦隊と共にやってきた。おかげでフランス艦隊は壊滅。退路も補給路も絶たれた。イギリス軍は降伏条件として学術調査団が持ち帰った考古学《こうこがく》発掘《はっくつ》品、美術品のほとんどを譲渡《じょうと》するよう要求したが、当のラベンダーが頭を振らなかった。仕事でUKの味方をしてはいても、大っ嫌いなイギリス人に渡したくなかったんだ。心ではフランスを応援してるラベンダーは、ロゼッタストーンだけでもフランス軍に持って帰らせようとした。オレとしても、それがよかった。

しかし。

「そんな文章なわけないでしょ!? 刻んである文字も読めないくせに、持って帰ろうとしてたの? あきれた! でも私がいてよかったね、その時代生きてたから」という無神経な言葉は、ロゼッタストーンに対するオレとナポレオンのロマン、想いをこなごなに打ち砕いた。維管束《いかんそく》が煮えくり返ったオレは、人間どもを操作して、ラベンダーの手が届かないよう、ヤツの嫌いなイギリス人に引き渡したんだ。その後、立場を変えて、フランスを応援するラベンダーとUK好きのオレとの戦いは、人間たちを巻きこんだ熾烈《しれつ》な解読競争にまで発展した。そして——おっと、熱くなりすぎたな、つい話しこんじまった。昔のことを思い出すと、いつもこうだ。その話はまたいつか)


シャキッとするミントの香りが、経度0の位置にたまっている。

しばらくこの世界の中心に立っていたみたいだ。

(おいおい。どうしてここが世界の中心なのかなんて、バカな質問はしないでくれよ? ここグリニッジ天文台といえば、世界の経度の基準となったグリニッジ子午線と、世界の時刻の基準となったグリニッジ平均時を決めた場所だぞ。つまり、ここに引かれたラインによって、世界は東半球と西半球に分かれている。人間が勝手に決めた基準だが、それでもここに立つ人間は、地球に想いをはせ、感じている。たとえ世界の真ん中なんて厨二設定だとしても。不思議なもんだ)


そして、香りは空へ続いていた。

——世界最大の時計、ビッグ・ベン。

風にあおられながら、ペパーミント皇子は時計の上に腰をおろしていた。