ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第9輪 マルヌのにらみ合い 【ラベンダー】

おまえ、イスラエルで私を火だるまにした——!

 ローズマリー

 

 

大砲

 

 

「お〜ね〜が〜い〜」

フランス側から飛んできた砲弾をさっとかわし、紫の髪の少女がホワイトヘアーの女性に抱きついた。

「離れなさい!」

たまに大砲や銃声の音が続くと、野原は静けさをとりもどす。

風船のように張り詰めた空気は、土ぼこりと血の匂いを内包《ないほう》していた。

しぼむことを知らず、怪物のように膨らみ続けるそれは、人の魂をむさぼる死神なのかもしれない。

精霊たちは空と大地にてただよい、ただ、ことの成り行きを見守っていた。

『日の昇る評議会』で精油計画をまかされたラベンダー。しかし、ラベンダーの中でそのことはなかったことになっていた。

サラエヴォ事件が起こると、次々に各国が宣戦布告し、ヨーロッパ中が戦火に包まれるのに、そう時間はかからなかった。

自分には地球を救うという使命がある。いままでに経験のないほど大きな戦争が行われてるのに、のこのこと精油の普及活動しろって、バカか。

ラベンダーは毒づいた。

「昔のよしみでさ、また一緒に組もうよ、マリー」

マリーと呼ばれたのは、アロマ連合のマスター・ローズマリーだ。このマルヌの地にて現場の指揮を任されている。

彼女はしぶい顔で黙っていた。ラベンダーの扱いに困っているようだった。

「マスター・ラベンダー、あなたはもう私の部下ではない! あなたにはあなたの仕事がある。精油計画はどうしたの?」

ラベンダーは早口でまくしたてた。

「精油計画? あぁ、あれね。ちゃんとやってるよ、順調もいいとこ。私の計画では数年後にはドカンと世界中に精油が広まってるから安心して。あとはそうね、メンバーさえ集まればオーケーかな。あ、マリーも協力してくれる? じゃあ、手伝ってくれる代わりに私もこの戦線を手伝うわ! 大丈夫、それぐらいの余裕はある、私って仕事が早いのが自慢なんだよね」

煙《けむ》に巻こうとするラベンダー。しかしローズマリーには通じなかった。

「メンバーにはならないし、衛生《えいせい》班《はん》に参加する許可も出さない! いい加減にしなさい! あなたはマスターとしての自覚がなさすぎる。もう花として開花しているのだから、自分の行動に責任を持ちなさい。ここにあなたの仕事はない!」

「自覚がない? 自覚がないのはどちらのほう? 今は非常事態なんだよ? 情報が遅れてるんじゃなくて? この戦争がなんて呼ばれてるか知らないの? 世界大戦なんて呼ばれてるんだよ。今は塹壕《ざんごう》掘ってにらみ合ってるけど、あのドイツ軍がもしパリまで攻めて来たら、もっとひどい結末になるんじゃなくって?」

「心配いらない。人間の動きはこっちで全部予測してるから。この戦線でドイツ軍がこれ以上進むことはない。地の利はこっちにある」

「だとしても、浄化作業が大変でしょ? 地球は太古から続く戦争で不浄化地域がたくさんあるのに、新しい戦争がどんどん始まって、憎しみの借金ばかり増えてく。この現場にも、人手はあるに越したことはないわ」

「負債《ふさい》のことはどうだっていいの。優先されるのは現場だから。とにかく私はあなたの衛生班への参加は認めません。帰りなさい」

きぜんとした態度でローズマリーは厳《きび》しく言った。

「分からず屋!」

ラベンダーがローズマリーにつかみかかろうとしたところで、お腹をフランス軍の砲弾が撃ち抜いた。

「ぐっふ、仲間、なのに……」

お腹を抱えて崩れ落ちるラベンダー。霊体なのですり抜けるが、当たれば少なからず痛みはある。

ローズマリーはラベンダーを無視して、矢継《やつ》ぎ早《ばや》に部下に指示を出し、戦場の憎しみの浄化、人間たちのケアに当たらせた。そして香りを出して目の前に出現した三メートルの悪魔を浄化しようとする。

「私だっていろいろ考えてるのに、どうして誰もわかってくれないの!」

ラベンダーがローズマリーの服をつかんだ。

「ジャマ! 香りの配分間違えたでしょ!」

ローズマリーはラベンダーを突き飛ばした。

薬が溶けこんだジュースのようなおかしな匂いが、あたり一面に広がる。それでも悪魔の姿は消えていた。

「怒んないでよ!」

「私たちは組織で動いてる。アロマ連合という体の一部。自分に与えられた役目を遂行《すいこう》できない以上、あなたをマスターに推薦《すいせん》したことは間違いだったみたいね」

元上司のローズマリーからそう言われ、ラベンダーは顔をゆがめた。心に傷が入る。

そもそも、ニンゲンさえいなければ。ニンゲンさえいなければ、私たちがなんで尻拭《しりぬぐ》いしなきゃならない! ラベンダーの中で焦《あせ》りがうずまいた。このままでいいはずがない。ヤツらを根絶やしにしなければ、地球はいつまでたっても平和にならない!

「そんな考えだから、いつまでたっても!」

心を読まれた! ラベンダーはとっさにうそぶいた。

「何言ってるの? 私はそんなこと考えてないわ。『海の雫《しずく》』ももうろくしたものね。そろそろ隠居でもして、人生を楽しんだらどうかしら?」

ローズマリーはラベンダーの目をまっすぐに見た。

「……あいにく、地球に人生をささげてるわ」

「そう。あなたみたいな花がいて安心した。地球は何も心配いらないわね」

思いっきりの皮肉を言うと、ラベンダーは姿を消した。

ローズマリーは感知しようとしたが、マルヌにはもういないようだった。

アドバイスしようとするといつも、いなくなるのが彼女の悪いクセだ。そのひとりごとも、再開した銃撃《じゅうげき》戦にかき消されたのだった。