ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第3輪 ミルラ先輩

ミンテは、まだ精霊としての自覚がなく、
いつまでも自分のことをお花だと思いこんでいたわたしに、
声をかけてくれたの。あの頃は精霊として生まれたばかりで、
記憶が混同していてごっちゃになってたな……
いま思えば、なつかしいわ。お花として視ていた世界。精霊として、魂で感じていた世界。それから、なんとなく自分の中に、土を通して……というか、ずっとずっと高い、遥か空の上から頭に、情報が流れてくるというか……。とにかく、いろいろあってまだ寝ぼけていたのよ、わたしは

ラヴァーレ

 

コーヒー

 

 

「アッハハハハハハハ」

ミンテはひとしきり、先輩と呼んだ人物との再開の喜びを堪能すると、
ふと、じっと先輩の顔を見た。
そして、氾濫した川のように吹き出し続けていた。
庭中に大人ミンテの笑い声が響きわたる中、
ラヴァーレは下を向いて、顔を赤くしている。
「あーお腹いたいー、アッハッハッハァ」ゲホ、ハハハハハハハハ。
「もうやめてやれ、ミンテ。私もいたたまれない」
「いや、だって、ウフフッ、先輩が、〈ドコドコさん〉だってアハハ」

ラヴァーレは拳を硬く握りしめ、
さっきとはちがう種類の涙を、目元にためている。
ミンテはそれに気付くと、ごめんごめんと頭をなで、客人を紹介した。
「ラヴァーレ、こちらは先輩のミルラさん。とっても偉い聖霊よ。
先輩が〈ドコドコさん〉だっていうのは、まあ、ある意味正解かもね」
「どういう意味だ。
それに、お前はまだ〈ドコドコさん〉とか言っているのか。
そんなものは存在しない」
「セーンパイは冷たいなー。いいじゃない、ロマンがあって」
「そういうのはロマンとは言わない、ホラーと言うんだ」

まあ立ち話もなんだから家に入って、と言うミンテに、
ミルラはすぐに帰るからここでいいと断った。
だが、ミンテが相当な力で強引にミルラの体を引きずっていたので、
しぶしぶ家に入り席に着く。
ミルラはひとつ咳払いをすると、さっそく話し始めた。
「私がなぜ来たのか。分かっているな? ミンテ」
「もちろんよ。愛する後輩と一緒に、
〈ドコドコさん〉を探すツアーに行くためでしょ? 
この日のために私、ずっと準備してました」
「そうだ。このまま彼を野放しにしておけば、いずれ世界は滅ぶだろう」
「先輩、やっと私の気持ちが届いてくれたんですね」
「ああミンテ、今まで邪険にしてすまなかったな。
私もやっと、〈ドコドコさん〉の恐ろしさに気付いたよ」
「ミンテ、ミンテ! ひとり芝居はやめてくれ」
ミルラは、ミルラのフリをしてひとりでしゃべり続けるミンテを止めると、
違うと冷たく言い放った。ついでに〈ドコドコさん〉などいないと断言した。
ミルラの表情は包帯に隠れてうかがえないが、
たぶん……疲れていると、作者もそう思う。

もう一度ミルラは咳払いをすると、厳かに話し始めた。
「お前は長く休み過ぎだ。近頃ポックスの動きが激しくなってきている。
それに、チュバキュローシスもどうやら、北上してきているようだ。
戦線復帰してもらうぞ」
「ほぇ~い」
「なんだ、その気の抜けた返事は」
「だって、ねぇ……。聞いてラヴァーレ、この包帯ぐるぐるモンスターはね、
私とラヴァーレの楽しい家族生活を、壊そうってのよ」
「……お前、誰のせいでこうなったと思っているんだ?」
「それは、その、ゴメンナサイ」
「誠意が足りんな」
「申し訳ございませんでした」
「あー、よく聞こえんな」
「そんなグルグル巻いてるからじゃない?」
「よくもそんなことが言えたな!」
「今では気に入ってるくせに」
「悪いか」

一触即発の火花が散る中、ラヴァーレはテーブルに頬杖を突き、
バウムクーヘンが食べたいと切に願っていた。

ミンテは悲しそうに目を伏せると、ハァ、とため息をつき、
残念そうに首を振る。
「いつかは……この日が来ると思っていたわ。ええ。
ただ、ラヴァーレとの毎日が本当に楽しくて楽しくて、
ずっと、先延ばしに……してしまって」
「そうか。ところで、その子はどこまで出来るんだ?」
「…………てへっ☆(ペロリ)」
「おい、まさか、何も教えていないのか!?」

ミルラはこぼれんばかりに目を見開いた。
もっとも、表情が隠されているので実際にそう見えているわけではないが、
目のあたりの包帯が微かに揺れていた。

リビングに、ミルラの怒鳴り声が響く。
「一体どれだけ休暇を取っていると思っているんだ! 
その子のこともそうだが、自分の立場を分かっているのか!?」
「い~分かってますってば、ラヴァーレはつい最近見つけたから
(最近と言っても、私と人との時間感覚は違うから、
人から見たらとんでもない時間でしょうね。
これでなんとか先輩をごまかせたらいいな)、
まだ精霊としての自覚が薄いんですよ。ほんと、マジ。
だからアカデミーも、もう少ししたら連れてくとこだったんですぅ」
「嘘を吐くんじゃない! お前のその子に対する感情の入れ具合は、
つい最近見つけたそれじゃないだろう! 
まったく、お前って奴は昔っから……」

ああ、また先輩のお説教が始まってしまった! 
こうなると、どんなタチの悪い疫病も、
ウンザリして体から出ていくんだわ、きっと。

とミンテが思ったところで、袖を引っ張る感触があった。
「ね、わたし、アカデミーってところに行くの?」

ナイス、ラヴァーレ! 
グッドな話題の転換だわ、と心で褒め称えながらミンテは微笑んだ。
「そうよ。これからケメトにあるアカデミーに入って、
立派な精霊になるための勉強や訓練をするの。
本当はそれまでに、ある程度の基礎を教えておくつもりだったんだけど、
あなたと過ごす毎日があまりにも楽しくて、
幸せで……今まで教えてあげられなくて、ごめんなさい」

ラヴァーレはニッコリほほ笑むと、別にいいよ、と言った。
そして少し考えた後、不安そうな顔をする。
「でも、アカデミーに入ると、ミンテは? 
わたし、ミンテと一緒にいられるんだよね?」
「…………」
「ねえ、ミンテ」

顔が崩れるように泣きそうなラヴァーレを見て、ミンテも思わず、
胸にこみ上げるものを感じた。今までずっと一緒だったのだ。
長く会えなくなると思うと、別れは辛い。
心臓のあたりが、焼けるように熱くなる。

ミンテはラヴァーレを優しく抱きしめると、
感極まりながらも、震える声を、押さえて言った。
「ラヴァーレ、よく聞いて。私が、
今までずっと世界をめぐりまわっていたことは、話したことがあったわね?
世界の秩序、バランスを保つために。
そして、人々の成長をサポートするために。あなたと出会えたことは、
神様からの、とてもステキなご褒美だと思ってる。
だけど、もう充分過ぎるほどに、私は恵みを受け取った。
そろそろ精霊としての仕事に戻らないと……
しばらくの間は……離れ離れになってしまうけど――」
「そんなのやだ! わたしアカデミーなんて絶対、絶対行かないからね!」

ラヴァーレは、肺の中の息を出し惜しみすることなくすべてしぼり出し、
懸命に訴える。禿げた大地のように荒げた声には、ミンテも心が苦しんだ。
横に視線をそらしながら、静かに答える。
「ラヴァーレ……これは決まりなのよ。この辺りで生まれた精霊はみんな、
ケメトのアカデミーに入って、精霊としての生き方を、
学ばなければいけないわ。あなたも本当は、自分が何をすべきか、
心の底では分かっているはずよ。……今日がその、きっかけの日なのよ」
「行かない行かない行かない行かない、行かないもん!」

う~と唸る少女の目を、今度はしっかりと見据え、
ミンテは、先達者として向き合う覚悟をした。

そこにはもう、いつものおちゃらけたミンテはいなかった。
ただ、人々を光のあるほうへ導く、ひとりの精霊がいた。
「そう……――じゃあ、ラヴァーレが行かないなら、
私もお仕事に行くのやーめた。ふたりで仲良く、
いつまでもここで遊びましょうか。私もそのほうが嬉しいわ。
だって、あなたといられるんだもの。ケメトやここ、クレッセント一帯が、
ポックスやチュバキュローシスに滅ぼされたとしても、私は何も悪くない」

その言葉は、幼い少女を諭すには十分過ぎるほど威力があった。
「……ぅ、ずるい女だわ……そんなことを、言われたら……」

ラヴァーレの顔はもう、くしゃくしゃだった。
「そうよ。でも、あなたを説得できるなら、私はズルくてもかまわない」
そこで言葉を切ったミンテは、一呼吸置き、無理して明るく続ける。
「大丈夫、アカデミーは楽しいところだから、大丈夫! 
私と出会ってくれて、ありがとう、愛してる!」
「ミンテ!」

ミンテとラヴァーレは、互いに強く抱きしめ合いながら、
もう我慢できないとばかりにわんわん泣いた。

その様子をミルラは、表情のうかがえない顔で眺めていた。
決してミンテには自分の気持ちを悟られないように。

そして心の中では、こうも思うのだった。

私、この後まだ仕事があるから早く帰りたいんだけどな。


やがて落ち着きを取り戻したミンテは、
ミルラとふたこと、みこと会話をした後、
「そういえばまだ、先輩に何も出していなかったわ」と言って、
キッチンへ向かった。   

ミルラのほうは、「いや、もう時間がないから」と帰ろうとしたのだが、
ミンテが「1杯だけでいいから、飲んで行って」と切に頼みこむので、
仕方なく席に戻った。

ラヴァーレはミンテが運んできたものを見て、正気を疑った。

それ、お客さんに出すの? ミンテが手に持ってきた杯。それは――

――悪魔の飲み物、ブラックモンスターだ!!


ミルラは急いでいるのかすぐ手に取って飲み始めた。

あっ。ラヴァーレが声を出そうとした時には、すでに遅かった。
「ブバッ!? なんだこれ! おい、イタズラにも程があるぞ!」
「ウソでしょ、ちょっと貸して。ほら、美味しいよ?」
「お前、どういう味覚してるんだ!」

ラヴァーレは、ミルラさんのことがちょっとだけ好きになった。