ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第10輪 エスト! エスト!! エスト!!!【ラベンダー】

おい聞いたかナルキー、
ただの雑草が〝フルーツ〟になるだとよ

エストラゴン

 


「ねえエスト。私、才能ないのかしら」

からんと氷の音がなる。ラベンダーは傾けたグラスを見つめた。光を灯さない真っ暗な目が、自分を見つめていた。

紫煙。ナイフ。酒、歓声。陽気とも物騒《ぶっそう》ともとれる喧騒《けんそう》が、ガヤガヤと店内を満たしている。

ここは〝エスト! エスト!! エスト!!!〟。霊界ではそこそこ名の知れた酒場だ。社交界にでも出すかのような料理が平然と出てくるため——材料をどこから仕入《しい》れているかはナゾだが——店はいつもにぎわっている。ただ冥界付近と立地条件が悪いため、ゴロツキ、ならずもの、犯罪者が主な客層《きゃくそう》ではあるが。

悪霊《あくりょう》、怨霊《おんりょう》、異世界のバイヤーが訪れた場合、容赦《ようしゃ》無く——あるいはニンゲンのごとく——徹底的にマナーを叩きこまれるのは日常《にちじょう》茶飯事《さはんじ》である。

「せっかくマスターになったのに、左遷《させん》されちゃった」

「おれにはおまえの悩みはわからねえ」

カクテルを作りながらカウンター越しにそう言ったのは、プラチナブロンドの髪の青年だ。シャープなアゴからは誇りの高さがうかがえる。

女よりも透《す》きとおる肌がきれい。モデルでもしていそうなほど整った顔は、古くからの友達として見慣れていなければ、自分の心も間違いなく落ちていただろう。

「どうしてよエスト。あなたならわかってくれると思ったのに」

「おれは大人になれても、ナイトになるどころか連合にも入れねえ。それなのに、小娘のおまえがマスターと来たもんだ」

「立派?」

「枯れちまえ」

「ひどーい」かわいた笑いだ。息は酒臭い。

「ここはおまえみてえなエリートが来る場所じゃねえよ」

「友達でしょ。大丈夫、摘発《てきはつ》なんかしないよ。だって居心地《いごこち》いいんだもん」

「枯れちまえ」

「エストもアロマ連合に入りたかった? でもいいじゃん。料理すんの好きでしょ? やりたいことできてんじゃん」

「枯れちまえ」

「私はやりたいことじぇんじぇんできてませ〜ん」

「枯れちまえ」

「アロマ連合なんて入るもんじゃないよ。嫌いなヤツの味方しないといけないんだから」

「枯れちまえ」

「みんなニンゲンが大好きなんだも〜ん。私のことも好きになってよ〜」

「枯れちまえ」

「ねえ、私たちって昔さ、そういう時期あったよね」

「枯れちまえ」

「ちょっと、頼んだ料理が出てこないわよ」

「ここはオーダーは取ってねえよ。おれが出したいものを出す」

「じゃあ出して」

「一週間後な」

「遅《おそ》っ!!」

「おれひとりの店だから」

「雇《やと》えよ」

「おまえが働け」

ウフ、それもいいかもね。ラベンダーはそうつぶやくと、しんみりと語り始めた。

「私さ、クレッセントに帰ろうと思うんだ」

「アロマ連合をやめるのか?」

「どうしよう。でも、疲れちゃって。師匠《ししょう》にも愛想《あいそ》つかされてるし。もうなんか、どうでもよくなって来ちゃって。古い考えにとらわれて新しい発想を受け入れられない組織より、もっといいところがあると思うんだ。〝咲かずの花〟がマスターより、あなたみたいな花がマスターのほうが、きっとみんなもいいのよ」

「……………………枯れちまえよ」

そのとき、ラベンダーの席のとなりに男の霊が倒れてきた。

ガラの悪い犬と牛の精霊がやって来る。

「おい立てよ、こっちはおまえが死ぬのを待ってたんだよ!」

「死んで楽になれると思ったら大《おお》間違《まちが》いだぞ! ニンゲン! おまえの家族も死んだらみんな奴隷《どれい》にしてやるからな!」

「おいおい、お楽しみはこれからだぞ、何寝てんだ、ァアア!?」

「オラァ!」ミシミシと骨が鳴る。

ラベンダーはゲラゲラ笑った。

「あっははは、最っ高、私も混ぜて!」

店主のエストラゴンはためいきをついた。

ズタボロになったニンゲンを外に捨てるのも、彼の仕事だからだ。