ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第2輪 マノン・ガトフォセ

そろそろ帰ってくる頃だな

ガトフォセ

 

ルネ=モーリス・ガットフォセの写真

ルネ=モーリス・ガトフォセの写真

出典:ウィキメディア・コモンズ


 黄金の落ち葉が目立ってきた11月。
 都会の中とは思えないほど木が生いしげる自然公園の中を、走っていく三人の少年たちがいた。急な大声に驚いたカモたちが、一斉に水しぶきを上げて水面から飛び立っていく。

「は、は、返してよ!」太った少年が叫んだ。
「ほーらこっちだ。投げるぞガブ」
「うわ」投げられた何かを、ガブと呼ばれた少年は落としそうになりながらもキャッチした。
「なにしてるんだガブ、あーやばい、来るぞ!」
 広々とした自然公園の噴水広場で、ふたりの少年が人形を投げ合っていた。
「ねえ、返してってば」いかにも気弱そうな声で、太った少年はふたりに言った。
「フー! 返してほしけりゃ20フランよこしな」(今の日本円で約三万円ほどの価値)
「おいガブ、そんな汚いぬいぐるみに20フランの価値もねえよ」
「だ、だまれ! おばあちゃんが作ってくれたものを悪く言うな」
「なんだピエール、文句でもあるのか? しょうがない、お友達割引で10フランにまけてやろう」
「あっはっはっはっは! ルカはやさしいな」
 つやのある黒髪の少年ルカと落ちついたブロンドの髪に体格のよい少年ガブリエルは、騎士の人形を投げ合っていた。ふたりの間をピエールは行ったり来たりと繰り返し、息を切らしている。
 ルカ・ミィシェーレ。ガブリエル・ベフトォン。どちらも学校では名の知れた悪ガキだ。
この日ピエールは、学校でルカとガブリエルに持って来ていた人形を奪われ、自然公園まで追いかけるハメになった。中学生とはいえふたりに比べて体力のないピエールは、息は苦しく足腰が痛くなっていた。
「ねえ、返してよ!」
「返してほしかったら力ずくで奪ってみたらどうだ? ぬいぐるみが大好きなお嬢ちゃん」
 ルカはあざけった。怒ったピエールは勇気を出してルカにつかみかかろうとしたが、バチンと顔をはじかれて尻もちをついた。
「おいルカ、やりすぎだ! なにもそこまですることはないじゃないか!」
 急いで近づいてきたガブリエルがピエールに手を差しだした。
「悪かった、ちょっとふざけただけなんだ。ごめん」
「うん、いいよ」
 しかしピエールが安心して手をつかむと、ガブリエルは思いっきり力を入れて180度反転。
 ピエールは投げ飛ばされて地面に転んでしまった。
「うッ!」
「「あっはっはっはっは!」」
 大笑いするイジメっ子ふたりを見て、ピエールは痛みと恥ずかしさ、くやしさのあまり涙を流した。心がズキズキ痛むのを感じた。口から砂の味がする。
どうしてこんなことするんだ。ぼくがきみたちに何かしたのか? 何もしてないじゃないか。
「くそう」

 そんな時。

「マノン・キャノン!」
「ゲァ!?」
 とつぜん前に勢いよく転んでいったルカに驚くガブリエル。
 ガブリエルのとなり、さっきまでルカが立っていた場所には赤髪の女の子が立っていた。
 どてんと前に倒れたルカ。ビックリして立ちすくむガブリエル。
 何が起こったのかと、目から涙を流しながらピエールが顔を上げると、赤い色が目に入った。ピエールはその赤い色が髪の色だと理解すると、事態をすぐに把握した。
 腕を組んで、堂々と立っている姿は男の子みたいだった。背後の夕陽がまぶしくて顔はよく見えないが、どうやら怒っていることがピエールには伝わった。
「いてぇじゃねえか、なにすんだ!」
 ルカが大声を出す。背中を蹴られて怒っているようだった。
「なにって、マノン・キャノン」
「いや、ただの飛び蹴りじゃねーか!」
「うるさい、そんなことはどうだっていいの。14歳にもなってイジメって、恥ずかしくないの? 他にすることないの?」
 ルカは顔をゆがませると、ひざをさすりながら立ち上がった。
「こいつ、毎度毎度、女だからってもう許さねえ!」
「だめだ、ルカ、呪われるぞ」いつの間にかとなりに移動していたガブリエルが、マノンにつかみかかろうとするルカを止めた。しかし怒っているルカは聞く耳を持たない。
「は、なせ、よ。呪いなんかあるわけないだろ。女のクセに調子に乗りやがって」
「あいつのうわさは知ってるだろ、マズいって」
「うるせえ!」
 バシっとガブリエルをふりはらい、拳を上げてあと一歩のところまでマノンに迫ったルカ。
 しかしマノンがポケットから取り出したものを見て体が固まってしまった。
「な!?」驚くルカ。
 マノンが取り出したもの――それはゴツゴツした石とコショウビンだった。
 ルカの心臓が、一瞬遅れて鼓動した。
目と目が合う。マノンの真剣なまなざしがルカの頭を真っ白にさせる。
こいつ、本気だ――
「よし戦争だ、かかってこい! おまえの目をえぐってコイのエサにしてやる!」
 マノンが襲いかかってくる! 言葉を失い呆然としているルカの腕をガブリエルがつかんだ。
「やばいって、逃げよう!」
 あわてて背を向けて走り出すふたりにマノンが叫んだ。
「待てよ、返すもんがあんだろ? 戻ってこい! どこまでも追いかけるぞ」

「……」
「……」

 そのまま逃げることもできたが、マノンの怒気に心臓をつかまれたような気分になったルカとガブリエルは、戻ってきてマノンとピエールの前に立った。
「ピエールにあやまって」マノンがどなる。
「ご、ぁ……」
 ルカは声を出そうとしたが、ノドが震えてうまく出すことができなかった。
 どうしておれがあやまらないといけないんだよ! 意味がわからない。関係ないヤツはすっこんでろよ。女のクセにしゃしゃり出て正義面しやがって。
 ルカはいらだった。そして――ぼふ!
「うぇっ!?」
「バ~カ! ざまーみろ」
 ルカはマノンの顔に思いっきり人形を投げつけると、ガブリエルと一緒に走り去っていった。「人形! 人形!」ピエールが狂気じみた動きで地面の人形を抱きしめる。

「あいっつら!」

 マノンはプロ野球選手のように美しいフォームを決めると、握っていた石をビュンっと投げた。石はとがった先をくるくると回転させて、一直線にターゲットへ飛んでいく。
「うわ!?」ルカは動揺した。
「わ!」ガブリエルもつられて驚く。
「ちっ」
 石はルカのうねった髪をかすめただけで当たることはなかったが、ふたりを怖がらせるには十分だった。ルカが振り返って大声を出した。
「ばーかばーか、へたくそ! 男女!」
 マノンがサッと拳を振り上げると、ルカとガブリエルは急いで走っていった。
「なんなのあれは! ほんっと子供ね」手を腰に当て、いかにも怒っていると言いたげなポーズをしながら、マノンはピエールを見る。
「え、えっと、マノン、助けてくれてありがとう」
 ピエールがマノンをちらりと見ると、赤い髪のせいで怒りで頭が燃えているように見えた。それが余計にピエールのマノンに対する怖さを倍増させていた。実際、弱々しい声を出すピエールにマノンはかなりイラついていた。学校の先生、または親のようなかしこまった声でマノンはしゃべりだす。
「ピエール、あなたは毎度毎度イジめられて恥ずかしくないの?」
 ピエールには返す言葉もなかった。
「ごもっともです」
「男の子でしょ! やられたらやりかえさなきゃ。いつまで経ってもイジめられるのよ。たまたまわたしが下校途中に見かけたから良かったものの、男なんだからしっかりしてよ」
「ぼくが女の子で、きみが男の子ならよかったのにね」
「そういう問題じゃないでしょ!! あなたって本当に――」
 また始まったとピエールは思った。助けられたあとに始まるお説教タイムだ。あーでもないこーでもない、とウダウダ言われるのは苦痛だった。ピエールはたまにこう思う。
 イジめられてるほうが楽かも。そう思った瞬間、マノンは顔をゆがめた。
「そんな考えだからイジめられるのよ!」
「え?」
 一瞬しまったという顔をしたあと、マノンはそっぽを向いてもう知らないとばかりに歩き始めた。不機嫌になってはいても、丸みを帯びた顔からは子供らしい可愛さを感じさせる。
「じゃあね。もう次イジめられても自分でなんとかして」
「まって、ゴメン、次は自分で解決できるようにするよ」
「はいはい、聞き飽きた」
 マノンはおせっかいな自分に嫌気がさしていた。
正義感が強いのって、疲れる。いじめっ子はなんであんなに楽しそうなのかな。わたしもそっちがよかった。誰かが問題を起こしていたり、いじめの現場を目撃してしまうと、どうも体が勝手に動いてしまう。たぶん、パパやラベンダーの影響だろう。人間の歴史や、人間が精霊と呼ばれる存在たちからどう思われているかなんて知っていたら……ねえ。でも、そうじゃなくてもおそらくわたしは、困っている人を見過ごせない性格なんだろうと思う。
 それにしても、ピエールだけで今月は6回も助けているような……
そのことに気づいたとき、マノンの中で抑えられない感情に火がついた。
「もう! 男なんだから本当にしっかりしなさいよ。いいかげんにしないとわたしがイジめるわよ! ――このっ!」
「ひゃ!?」
 マノンはピエールから騎士の人形をひったくり、投げつけた。そして帰ろうとしたが――
「あ、それ」
 マノンはピエールの手がすりむけていることに気づいた。

 ――ガトフォセ家のリビング――

「はい、これをぬっておけばひとまず大丈夫」
 マノンはピエールの赤く切れた手に、この前ラベンダーと一緒に作ったぬり薬をぬった。
カレンデュラオイルにラベンダーの精油とみつろうを加えたものだ。思いのほか上手にできたので、ガトフォセからは新商品として売ろうとまで言われた。そのときの気持ちを思い出し、マノンは頬がゆるむ。
「イィッヅァ」
「がまんして」
[うーん人助け! 愛ね]
 マノンは、耳ではなく頭の中に直接響く声が誰のものかわかっていたが、ピエールがいる手前、無視することに決めた。しかし声の主はこの状況を楽しんでいた。マノンがいつまで無反応でいられるか、試そうとしているようだ。
「これで少しは手の傷もよくなると思う」
「この傷、お母さんになんて言い訳したらいいと思う?」
[頑固なジャガイモ野郎共(ドイツ人の蔑称)に、ちーとばかし英才教育をほどこしてやったぜ。!? これはカッコイイ!]
「プッフ――え~と、そうね。階段から転げ落ちたとかでいいんじゃない?」
「それでごまかせるかな?」
「それで納得すると思う」
「でも、ちょっとマヌケすぎない?」
「じゃあもう言い訳なんてしないで、正直にイジめられたって言えばいいじゃん」
「それは恥ずかしいんだよ」
[恥ずかしい……? 自分の顔と体を鏡で見たことがないのかしら?]
「くっ……ぅ」
 マノンはノド元までこみ上げた笑いを抑えるのに必死だった。霊感の高い自分だけにしか聞こえないとわかってて、彼女はふざけているのだ。ピエールに変な目で見られてしまうのだけは、何としてでも避けたい。
「でも本当にありがとうマノン、きみはぼくの天使さまだよ」
[この時はまさか、自分がピエールの妻になるなんてマノンは思ってもいなかった]
「気持ち悪いこと言わないで!」
「へ!?」
「あーごめん、こっちの話――ちょっと待ってて」
 マノンが急にリビングから奥の部屋へ走っていったので、ピエールはきょとんとしてしまった。さっきからマノンは少し様子がおかしい。もしかして、ぼく、嫌われているのかな?
「いまの言葉……そんなに気持ち悪かったかな」

 ――マノンの部屋――

机の上に山積みになった黄ばんだ本、メルヘンチックな女の子の人形たちと、やたら大きな〈ドコドコさん〉のぬいぐるみが目立つ部屋の中、マノンは怒っているのか笑っているのかよくわからない表情で、同じぐらいの背丈の少女に注意していた。その少女は、脚を交差させて楽しそうにあわい紫色の髪を指でいじっている。
「ちょっと! 横でぴいぴいうるさいよ」
「マノンも笑ってたでしょ?」
「あ、あれは、すごい、おもしろかったけど」マノンは思い出してからからと笑った。
「でしょ? あの傷だらけの手! ポテト野郎からエグザゴーヌ(フランス)を守ってやったぜって言えば、お母さんも絶対お小遣いくれるよ」
「ふッ――いや、ゲンコツしか、なら、いっぱいくれると思う」
「イジメから助けて傷の手当てまでしてあげるなんて、マノンはやさしい子だねえ」
 マノンは笑うのをやめて少し真面目な顔になり、にやけるラベンダーに言った。
「ラベンダー、だれかといるときに笑わせるのやめて」
「いまマイブームなの。ナレーションつけるのおもしろくない?」
「おもしろいけど困るの!」マノンは頬をふくらました。

(正確にいうと、紀元前の頃からずっとやっていたから、もはやナレーションの神として祀られてもいい境地 byローズマリー)

「自分もおもしろがってるくせに、怒るって、ぁ、フハ、ッはは!」
 マノンはわずかに残っていた笑顔を完全に消して、感情と声を高くして怒った。
「この花ぜんっぜん反省しないんだけど! なんでそういつもふざけてばっかりなの? ラベンダーはもう3200歳でしょ? しっかりしてよ」
「だれがそんなこと言ったの!」
 子供に言ってはいけないほど低いトーンで、ラベンダーも怒りだした。
「前のページで、オレンジが読者にバラしてたよ。ラベンダー、3200歳だったんだね」
 マノンは、さっきからかわれたお返しと言わんばかりにラベンダーの年齢を強調した。
「あいつはあとでもう一回シメよう」無表情のラベンダーを見て、マノンは初めてラベンダーの弱みを握ったことがうれしくてたまらなかった。
 今度はこっちがからかう番よ。
「アハハハ、3200歳」
「やめて!」ラベンダーがマノンの首元から脇腹をくすぐり始め、ふたりは床を転げまわった。
 ケンカも含めて楽しそうに笑うふたりは、まるで心を許し合った兄弟のようだった。マノンは幼い頃からずっと一緒に遊んできたラベンダーのことが、大好きだった。
 昔はラベンダーのほうが大きかったけど、いまは同じ背丈になっちゃった。でも、同じ14歳ぐらいの見た目なのに、ラベンダーのほうが雰囲気がなんだか大人びててうらやましい。
……ふざけてばっかりで、子供っぽいのか大人っぽいのかよくわからないけど。
「や、め、息が苦しいッ」ラベンダーの紫色の長い髪が顔に被さってきて、マノンは余計に息ができない。ラベンダーがようやくくすぐるのをやめて、やっと肺を空気で満たしたマノンは、身体が光っているイメージが頭の中で視えた。
 うっとりするほどいい匂い。ラベンダーの香りが、わたしの身体の中を巡っているんだわ。 なんだか、生まれたばかりみたいに清々しい。
マノンから少し距離を取り、ラベンダーはベッドの反対側にまわって座った。両手で空気をこねて見えない何かを作ると、持っているそれをばらまいた。お花畑にいるような、フローラルな香りがふわりと空間に響く。
マノンが気づいたとき、ラベンダーはさっきまでとは別人のように表情を変えていた。その意味をマノンは知っていた。問答タイムが始まったのだ。ラベンダーはたまにこうして教師のように、問いかけをしてくることがある。そのおかげでマノンは、物を考える癖がついていた。
ラベンダーの表情を見て、何を思っているのかがわかるようになったのは、うれしい。でも、なにもこんなに楽しい時間のあとにしなくてもいいのに。これはこれで楽しいけど、緊張する。
「マノンは、どうしてそんなに優しいの? どうしてピエールを助けようと思ったの?」
「え?」もっと難しい問いかけをされると身構えていたマノンは、簡単な内容に拍子抜けした。「別に、ふつうだよ」
「ふつう?」
「困っている子がいたから、助けただけだよ。ふつうはそうするでしょ?」
「でも、そのふつうができるって、すごくない? できない子もいるのに、マノンはどうしてできたの?」
 やっぱり難しい内容だったとマノンは頭を悩ませた。

「……」

「……」

「すごいかはわからないけど、ただ、体が勝手に動いちゃって」
「……」
「ああ、またやっちゃったなって、あとになって思って。後悔するんだけど、ほっとけなくて」
「……」
「どうすれば世界中の人が幸せになるんだろうって考えると、行動するしかないんだと、わたしは思うの。イジメでもなんでも、少しずつ解決していけば、減っていくでしょ? ゼロにはならなくてもさ。あとは、もっと勇気を出して行動する人が増えれば、平和になると、思う」
「それが間違いだったらどうするの?」
「どうゆうこと?」
「自分がやってきたことが、間違いだって気づいたとき。今までとちがう生き方のほうが正解だったと気づいたとき、どうするの?」
「うーん……。でも、ラベンダーが大好きなローマ帝国も、間違ったりしたんでしょ? ローマ帝国でさえ間違うんだから、もうしょうがないと思うの。そのときは、学校の先生かラベンダーに答えを教えてもらうよ」
「……」
「何点……ですか?」
「32点」
「え、なんで?」
「フフ、地球はそんなに甘くないわ」
「えぇ~、なんでなんでなんで! 良い答えじゃん」
「ジャマして悪かったわ。さ、早くピエールのところに行ってあげて」
 点数に不満の声を上げたマノンは、無言でラベンダーの脚を蹴り始めた。
[地球はそんなに甘くないわ、そんな理由じゃ納得できない! いままでの問いかけで一番よく答えられたと思ったのに! なんでよ! 無視しないでよ! わたしの心読めるんだから、口で言わなくてもわかるでしょ! 60点はちょうだいよ! 32点って、この前の最高得点56点より低いじゃん! あれ答え〈ドコドコさん〉で56点でしょ! 採点基準教えてよ!気分で点数つけてるでしょ!]
 ラベンダーはわたしの心の声を完全に無視し、すずしげな顔で背中を押して無理矢理リビングへと連れていった。でも、ピエールのいるリビングへ戻る途中、奇妙なものを見つけた。

 オレンジ色の何かが、壁にぐったりともたれてる。

「あれは何……?」
「女好きの愚かな魂の末路よ。あれも救う?」
「さすがにわたしも、あれは――ムリかなぁ」