ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第6輪 子供は子供らしく

へー、エジプトってケメトって名前だったんだ。ねえラベンダー、ここは?

マノン・ガトフォセ

 

腕を組む少女

 

 ――念力を破ってドアを開けられたぐらいなんだ!
そんなこと誰だってできる。この件はね、君には関係がないの。
子供は子供らしく宿題でもやって、クリスマスを待ってなさい! ――

 あの言いざま! 何様のつもりなのかしら!
 こぶしをふるわせ床をダンダンと踏んでいるのはマノン・ガトフォセだ。
 ラベンダーの部屋からオレンジと三太が去ったあと、ひとり残されたマノンはかんしゃくを起こした。怒りは赤い髪をさらに赤く燃やし、怒髪天を衝く有様だった。その後ろには〈ドコドコさん〉の真っ黒なぬいぐるみが背後霊のように、しかし堂々と控えている。
 マノンの頭の中は三太に対する怒りでいっぱいだった。
自分の霊能力をどう思っているのか。もしも役に立つことをアピールできれば連れて行ってもらえるのか。本当は非物質界に行く技能をすでに習得していたが、あえてそのことを隠して三太を試してみた。しかし、結果は残念なものだった。
 あのサンタは自分のことを何もできないふつうの人間だと思っている。
 ――子供は子供らしく宿題でもやって、クリスマスを待ってなさい!
 い~~~!
 マノンは醜悪に顔をゆがませると、星条旗柄のシルクハットを被ったアメリカ風のぬいぐるみ、〈Mr.ドコドコ〉の腹に思いっきり蹴りを入れた。
 ――子供は子供らしく! 子供は子供らしく! 子供は――。子供は――。
 マノンは心の中で三太に言われた言葉を繰り返す。
大人はいつもそう言う! 大人が大人らしくできないから、子供が子供らしくなれないのに! 文句があるんだったら、子供にこうなりたいと思われる大人になってほしい! 戦争ばっかり起こして、地球を汚して。大人は知ってるフリして偉そうなことばっかり。もうウンザリ。
 どうしてそうなったかは知らないが、さっきのオレンジとサンタの会話によるとサンタの世界がなくなってしまったらしい。マノンの心を絶望の波が襲う。とんでもないことを聞いてしまった。サンタの世界がなくなり、プレゼントを届けるヒトたちがいなくなってしまった……。
 クリスマスの危機――とはマノンは思わなかった。クリスマスは人間が作ったイベントだということ、なにもクリスマスの日に一斉にプレゼントされるわけではないことがサンタの口から直接聞かされたので、もうマノンにはクリスマスに対するあこがれや、遠くに出かけている恋人が戻ってくるような待ち遠しさ、クリスマスおじさんがやってきて、子供にプレゼントを渡してくれる特別な日という想い入れが全部ないからだ。
 失ったものは戻らない。
ラベンダーは夢を壊さぬよう、サンタについて、霊界の世界からプレゼントを渡しているという最低限のことだけ教えてくれていたのだった。しかしいまのマノンにはラベンダーに対する感謝の想いすら出てこない。すべてが幻想であったと知ったからだ。ただ、はかないだけであった。
そして幻想のトンネルから出たひとりの少女は、現実と向き合い始めるのだった。
地球の回転は止まらない。少女の前には大人への階段が宙まで続いている。
 サンタ界がなくなった。これから人々にプレゼントが届かなかったら、どうなってしまうんだろう? 世界中の人々に何か不運なことが起こったり、意図せぬ事故で苦しんだりするのだろうか? 夢を叶えられない。奇跡は起こらない。努力が実らず、偶然や幸運も起こらない。そういう世の中になってしまうのだろうか。マノンは頭を巡らせる。
 暮らしはどうなるんだろう? 何が起こるんだろう? 世界はどこへ向かうんだろう?
 わたしの国、エグザゴーヌは十年前に戦争が終わったばかりだ。世界中の国々を巻きこんだ世界最大の大戦争――世界大戦。記録の上だけで約170万人以上のフランス人が死んでしまい、世界では少なく見積もっても1000万人もの死者を出した恐ろしい大戦争。
 それを解決に導いたのは、ひとりの少女だった。英雄『洗い草』。
 わたしのあこがれの花であり、家族であり、大好きなお姉さん。
 世界大戦についてはパパとラベンダーからたくさん聞いている。エグザゴーヌが世界大戦のせいで、いま大変なことになっているということも。形の上では戦勝国だが、失ったものは大きい。大勢の人が死んで人口が減ったため、国として衰弱していること。不安定な経済と政治のせいで、暮らしに困っている人がたくさんいること。ゾーン・ルージュと呼ばれる汚染エリアが誕生し、そこでは人間は安全に暮らすことができないということ。その事実をフランス人で知っている人は、まだほとんどいないということ。他にもいろんなことをふたりは教えてくれた。
 もしまた…………世界大戦みたいな、何か恐ろしいことが起こってしまったら……
 ――オレンジとあの愚図なサンタだけに任せられるほど、わたしの木は長くないわ!
 そしてマノンは絵画の前に立つ。そもそも、自分が行って何ができるかなどわからなかったが、いま確実にわかるのは人間界の危機が迫っているということ。それも人間でその事実を知るのは自分だけだということだ。それだけわかれば充分。
 マノンは強く決意した。
 じっとしてても、世界大戦級の何かが人間界を襲うかもしれない。なら動くしかない!
 あの頭の悪そうなサンタに何を言われても、人間界の危機は、わたしがなんとかする!
 ラベンダーだったら、きっとそう言うよね。
 マノンは絵画を見つめる。そして勢いよく頭から飛びこんだが――
 ゴッという鈍い音がするとマノンは倒れてしまい、そのまま動かなくなった。