ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第21輪 悪魔の軍勢

あれれ~? どこまで堕ちたんだろ? 予定だとこの辺に堕ちてくるはずなんだけどな~、サンタ界

Mr.パンプキン

 

Mr.パンプキン

 

 

 ふわふわ
 ふわふわと
 わっふんわっふんふわふわふ
 わたげのような光の粒が
 ポッポッポッポ
 ポッポッポ
 みどり、きいろ、むらさき、ぴんく
 ポッポッポッポ
 ポッポッポ
 いやしていくよ、なおしていくよ 
 ぽふぽふふわふわ
 しゃんしゃしゃん

 カラフルな光が世界樹を満たしていく、そんな風景が見えた。
 目を開けると、そこはベッドの上だった。
 周りを見れば白いカーテンやベッド、医療器具が置かれている。
 包帯を巻いたサンタたちがどのベッドにも横たわっており、スクラブと呼ばれる青い服を着たサンタたちがせっせと動きまわって手当てしている。
 オレはどうしてここにいる?
 思い出そうとしても何も思い出せない。
 ガトフォセ家――壊滅したサンタ界――
 ちがう、もっと後だ。
 境界がぶっ壊され、衝突したいくつかの世界――堕ちたサンタ界――遊園地――

 世界樹。

 ――エレベーター

 そうだ。オレは、オレたちは、エレベーターに乗っていたはずだ。そしたらエレベーターが暴走して、ひとりになって。そうだ。そうだ。
 しばらくひとりでさまよっていたのは覚えてる。だが、その先を思い出そうとすると、ぼやけて記憶がかすんでしまう。
 そういえば、あいつらは? ペパーミント、マノン、三太。それにこの光景は何だ?
「ちょっといいか、人間を見かけなかったか?」
 忙しそうに点滴スタンドを持ってきた女のサンタは険しい表情だ。そんな暇ないとでも言いたげに顔をゆがめている。「私たちを救った女の子なら、ボスと一緒だ」
「どこにいるか知ってるか? ――ちょっと待て、いまなんて言った? 救ったって言ったか?」
「忙しいんだ、いちいち説明なんかしてられない、他をあたって」
 うむを言わさぬ勢いで厳しくそう言われ、しかたなく黙る。
 いまのサンタ、マノンがサンタ界を救ったって言ったか?
 やったのか。あれが? とても信じられないが、周りの様子がそれを真実だと告げていた。清浄な白い病室。すべるようにすっと吸える空気。
 廊下から聞こえてくる騒がしい音は混乱の様子を伝えていた。
「行方不明者の数は……サンタ界の落下ルートを……」
「位置座標の特定ができなくて……」
「……外部との連絡が……で……ゼンマイ仕掛けの騎士団には……」
「マスター・モミが亡くなった。……外交上あってはならない失態だ。いま植物界の支援がなくなれば……」
「急患通りまーす、開けてくださーい!」
「管制室のエアリスが全滅って本当ですか?」
「シーッ! 声が大きい。記録メディアも崩れてダメになってる」
「プレゼントは……そう言って相手方にはうまくごまかして……」

(おうおうおう、ここに花がいることに気づかず、みんなペラペラと。じいさんへの良い手土産ができた。この調子ならもっと探れるな、よし!)

 患者の手当てをするサンタ。ベッドの上で静かに寝ているサンタ。廊下をせわしなく走るサンタ。あの恐ろしいサンタたちが。正気だ。ふつうに生きている。
 
(たまにまだゾンビ状態のサンタが廊下を歩いてくるが、すぐに金縛りにかけられて連行されていた。サンタは基本的に軍人気質だ、パワーがある。プレゼントを奪われないよう運んだり、守ったりするためだ。欲しいおもちゃがあっても、あいつらと戦おうとは決して思うな)

 頭がまわるようになってきたオレは、自分の霊体を確認してみた。なにより疲れがひどい。サンタ界を探したり、サンタと戦ったり逃げたり、家を出てからロクに休めちゃいない。体を動かせば思ったより反応は遅いが、動かせれば充分だ。オレは手を振った、香りが舞う。これで元気がみなぎった。オレのとなりのベッドで寝ていた全身チューブだらけのサンタが元気を取り戻し立ち歩いたので、看護していたサンタは驚いていた。

(植物の精霊は自分の持つ香りの特性によって、それを嗅ぐ者にさまざまな効果をあたえる。オレみたいに情熱的な香りの花もいれば、ベンダーみたいにヒトの心を狂わせるおっかない匂いのヤツもいる。花にとって香りというのは、人間にしてみればメイクに近い。生まれ持った顔というのはあるが、ある程度なら変えることができる。それで社会性だったり、そいつの個性が見えたり、気持ちを表現するのが花の文化なんだ。コミュニケーションを取ったり、文香と呼ばれる手紙の代わりのツールとしても使われる)

 オレがベッドから足を出すのと、病室にラップ野郎が飛びこんできたのは同時だった。
「オレンジ」
「三太」
「よかった、ここにいるって聞いてきたんだ」
「いったい何がどうなってる、サンタ共がどうして元に戻ってるんだ? 本当にマノンが救ったのか?」
「やったんだよ、あの子が。おれでもおまえでも、ペパーミント皇子でもなく。あの子が、人間が、人間が! 霊の世界を救ったんだ!」
「へえー」
 どうしよう。まったくついてけない。とまどっていると廊下から霊界のトム・クルーズが顔を出してきた。
「Hey、ノールート(根無し野郎)。その周波数はかなりとまどっているね。起き上がったらサンタ界が救われてるんだもん、ハハッ、アロマ連合のナイトなのに何もできないなんて」
 オレは近くにあった花びんを思いっきりぶん投げたが、ペパーミントがよけたせいでストレッチャーで病人を運んでいたサンタにぶつかった。オレはすかさず叫んだね。
「おい三太、病院でふざけたらダメだろ!」
 オレたちは地球史を一瞬でめくる速さで病室から逃げた。

 あちこちでサンタたちが状況を確認しようと慌ただしく動いている。世界樹の空気は浄化されてぼちぼちだった。廊下を歩きながら三太はひととおり文句を言ったあと、興奮ぎみにマノンの冒険譚を自分のことのように自慢していた。そこでペパー皇子が飛び出してだの、ビッグ・サンタをやっつけてだの、マグマに落ちそうな自分を果敢に救い出したこと、さっきまでみんなに救世主と呼ばれて大変だったことを楽しそうに。なるほど、神話や伝説に尾ひれがつくわけだ、勉強になる。
 しかしこの展開は非常にマズい。オレはこのサンタと礼名契約しているからだ。内容は確か、結果的にサンタ界を救ったら、ラベンダーの部屋に入ったことを内緒にしてくれる――だったはずだ。救ったのはオレでなくマノンだが、まあなんとかなるだろう。しかしいまこの話題を出すのは危険だ。機嫌が悪くなってバラされるのだけは阻止したい、いまは様子を見よう。

(マノンめ)
 
 ペパーミントはずっと黙ったまま先頭を歩いていた。酸っぱく疲れた匂いをただよわせている。こんな事件があったんだ、おたがい災難だった。三太の話を聞く限り、犯人とは遭わなかったらしい。サンタ界に爆弾を仕掛けて安全なとこから高みの見物か、人間界に関する予言書データを盗んでとっとと逃げちまったらしい。ひどい話だ。

(な。サンタみたいに人間に肩入れすると、ひどい結末にしかならないだろ? だから人間には関わりたくないんだ。動物も植物も、食物連鎖のルールはあるが生きるために生きているだけだ。そこに悪なんて概念はないし、何も破壊したりしない。だが人間はどうだ? ファッションのために動物を殺し、娯楽で木を伐採する。自分たちさえ良ければそれで良いって考えだ。この星に何も還元しない。悪なんてものが存在するなら、それは間違いなく人間だろう。ジジイの話を聞けば、昔は人間と精霊の間にも友情が存在したらしいが、オカルトだな。第一次世界大戦を見ろ、人間同士の争いのせいで自然にも多大な影響が出た。そのくせにヤツらときたら謝罪もないもんだ。わがもの顔で地球を闊歩するヤツらが許せない、そんな気持ちもよくわかる。人間の作った三流ファンタジーにはやたら魔王が登場するが、本当の魔王はおまえらだろ)

「犯人め。人間が困るのは別にどうだっていいが、そいつのせいでオレはこんなハメ――ラベンダーに嫌われるかもしれないということ――に。見つけたらどうしてくれようか、なあペパー」
「…………あぁ、そうだね」
 オレのふつふつとわき上がる怒りの声にペパーミントの返事はそっけなかった。固い表情だ。オレのいない間に大変だったらしい、いまはそっとしとこう。
 それにくらべてこのサンタときたら、なんてうれしそうな。廊下やホールで知り合いのサンタと会うたびに、ハグしたりきゃーきゃー言ったり。ああ寒い、早くフランスに帰りたいね、もう体がぼろぼろ。香りでカバーするのも限界だ。
「あそこがビッグ・サンタの部屋だ」
 ペパーミントが言った。仲間と感動の再会を果たした三太はうれしそうに泣いている。オレは思った。なんでペパーミントが案内してんだよ、おまえが案内しろよ駄サンタ。

 色とりどりのトルコランプが浮かび上がるエキゾチックな書斎は、絨毯、壁、ソファに至るまで他の部屋に見られる北欧風の内装とは違い、ミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
「あの、ファンなんです。神話であなたの話を読んで、ずっとずっと好きでした」
「その様子だと、何を読んだかだいたい察しがつく。どんな内容だった?」
「宇宙大帝に2回なって、いろんな星の管理者たちと協力して宇宙の滅亡を救ったり、銀狐っていう地球を支配しようとした邪悪な精霊を倒したり、あと好きになったヒトには一途で、そのヒトのことを想ってる時間が至福のひとときだったり。それから地球に不法に転生した人を取り締まったり、核エネルギーが精霊界に及ぼす影響を訴えたり、霊に戻ったとき魂に障害を抱えた動物を支援したり。なんかすごいですよね」
「やっぱり。〝アイム・ハーデス〟を読んだのか……」
「わたし、感動しました」
「その話は嘘だ。僕は宇宙大帝になんかなってないし、銀狐とも争ってないよ」
「え!? じゃあ……」
「全部が全部ってわけじゃないけど、宇宙大帝と銀狐に関しては嘘だ。困ったもんだよ」
「変に読み取って、神話にした霊能力者がいたってことですか?」
「どうだろう。三流霊能力者の妄想にしてはこちらの事情を知り過ぎている。おそらく、こちら側の者が教えたんだろう。いつ、どの時代かはもうわからない。気づいたときにはその本は出まわっていたんだ。僕が実際に三次元で生きていた頃の話ならわかるけど、死後の出来事まで神話にされたんじゃ、たまったもんじゃない。プライベートなんてあったもんじゃないよ」
「え、生きてたことがあったんですか!?」
「あたりまえでしょ。人間はバカだけど、そんなにバカじゃないよ。実際にあったから神話にしてるんだよ、妄想も多いけど。イエスだってそうだろ?」
「そうだったんですか。あの、わたし、花の精霊はよく視るんですけど、霊界の動物ってあまり視たことなくて。ケルベロスって本当にいるんですか?」
「もし良ければ、今度僕の講演に招待するよ」
「えええ! ほんとですか!?」
「現地球における霊と霊能力者の関係、距離感、それから非物質界の動物についてもスピーチしようと思ってるんだ。ケルベロスも連れてくるけど、来るかい」
「行きます、行かせてください!」
「サンタ界の一件がある程度かたづいてからね」
「うわあ! うれしいぃぃぃ!」
「まだ先の話だから。気長に待ってて」

 ビッグ・サンタの部屋に案内されると、そこには包帯とターバンを巻いたビッグ・サンタがいた。いまは2メートルぐらいの姿になっている。そして――
「オレンジ!」
「マノン」
 となりには。ニュースで見たことある顔だ。冥界の一角――欧州冥府の長、ハーデス。
 やべえ。本物だ。
 非常に合理的な考えを持ち、常に新しいやり方を求める革新者。本にはそう書いてあった。今回の事件でかなり弱ってしまったらしい。映像で見たチカラ強い波動は感じられない。
「おじいさま!」ペパーミントは、ハーデスを見かけるやいなや顔をほころばせた。「ご無事で何よりです。ぼくの香りがありながら、お守りできなくて申し訳ありません」
「いやいやペパー、本当に良かった。おまえを枯らしたりなんかしたら、僕こそ死んだワッフルに顔向けできなくなるよ」
「サンタ祭の警備は万全だったはずです、内部のものの犯行にちがいありません」
「決めつけるのはまだ早い。各世界の連携に乱れが生じているいま、仲間割れこそ敵の思うツボだよ」

(…………ニンゲン以外に敵なんていないよ byペパーミント)

 マノンははしゃいでいた。
「聞いてオレンジ、わたしね、サンタ界を救ったの! みんなと一緒に!」
「そうか。それより、オレたちはここから自力で帰るのか? サンタ界は浄化されてちょっとはマシになったみたいだが、外は魔界だ。それに騎士団に救援を求めないといけないだろ、連絡はつくのか?」
 マノンはろこつに気を悪くした。褒められると思っていたようだが、オレは甘やかさない。おまえらがやってきたことを考えれば、こんなの。
 オレの質問に答えたのはビッグ・サンタだった。
「それについてだが、こっちも数時間前に意識を取り戻したばかりで、状況を――」そう言ったときだった。部屋が突然大きくゆれ、オレたちは床に崩れた。
「なんだ、いまの揺れは?」
 オレの問いに答えられるやつはいなかった。
 最初の大きな振動が落ち着くと、また小さな地震が起こった。地震は収まっては大きく揺れ、ずっと続いている。
「中は危ない、外に避難するぞ。おい、案内しろ!」
 三太に案内させバルコニーに出ると、オレはその光景にあぜんとした。
 赤い空の下、世界樹を中心にドーム状に張りめぐらされた結界を破ろうと、たくさんのおぞましい姿をしたモンスター共が暴れていた。地上から空まで。一般的に悪魔とか言われる類のものだ。理性なんてカケラもないやつらで、まれに知性を持ったやつもいるが、ほとんどは単なるケダモノだ。だが、どうにもやつらの動きは統制が取れてるように見える。
 やつらの中心に強いオーラを持った霊が見えるな。

「パンプルゼブラス 爆発せよ」

「ビビデバビデブ 死ね」

「マッシュワ・ドラチナ すり潰せ」

「エクスゼウスマ・コーラゼオ 光り亡ぼせ」

 カボチャ頭に黒いローブを着た霊が空にいた。