ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第6輪 もし人間だったら、慰謝料を請求してる

もうオレンジとは絶交《ぜっこう》しよう

ガトフォセ

 

入院するオレンジ

 


ラベンダーに逃げられたオレは行き詰まっていた。

ガトフォセは病院送りにされ、オレさまも満身創痍《まんしんそうい》。植物界の病院のベッドで、全身に包帯を巻いて寝ていた。


(あの女ときたら信じられない! もし人間だったら、慰謝料を請求するとこだ。だが、残念ながら精霊界には人間界みたいな金銭のやりとりがない。まったくイヤな世の中だぜ)


オレはエアリスを表示した。

画面には、ローブを来た黒髪の青年の姿がうつった。


(エアリスとは、無形通信システムのこと。自分の意思で空中に画面を表示するため、ケータイのように持ち運ぶ必要がない。だが、エアリスのほうが優れていても、いまだにケータイを好んで使う霊もいる。

ん? 霊のくせにケータイなんか使うなだと? おい、口の利き方には気をつけろ! おまえらが生活しやすいようにアイディアを落としてやってるのは、オレたちなんだからな! 誰のおかげで文明が発達したと思ってるんだ! まったく近頃のガキは!)


「……」

「やいジジイ、なんとか言えよ」

「ずいぶんとこっぴどくやられたな」

「あの女、頭がおかしすぎる! 他の精霊を当たってくれ、オレにはもうムリだ。精油計画を降りる!」

「おぬししかおらんのだ。なんとか説得しとくれ」

「どうしてオレがベンダーを説得しないといけねえんだ? あいつと仲のいいやつに任せればいいじゃねえか。それにジジイのほうが付き合い長いだろ」

「馬花《ばか》言え、わしには立場がある。そう動けんよ。それにこれから共に仕事をするのだ、おぬしから説得したほうが信頼関係も築《きづ》けるし、今後の仕事もやりやすいだろう。表面上はラベンダーに一任しておるが、この精油計画を支えるのはおぬしじゃ」

「本人がイヤがってる以上、ムリだな。世界大戦に行きたがってるんだ、行かせてやればいいだろ」

「大人になれんのに?」

「でもマスターだ」

「あの子の問題は、才覚だけでマスターにまでなってしまったことよのう。知名度から自分を守る——術がない」

「本当になれないのか?」

「大人になるどころか、変身もろくにできん」

「いつも同じ姿だと思ってたが、まさか、本当に……」

「あの子をこの道に招き入れたのはわしじゃ。できるだけのことはしたい」

「それはジジイの感情だ。オレには関係ない」

「なんじゃ、柑橘のくせに薄情《はくじょう》な!」

「この姿を見ろ! オレとあいつ、どっちが情がないと思う!?」

「なんだそれぐらい、ちょっと女にビンタされたぐらいで情けない! 自分の香りでヒーリングできるじゃろうに。根性見せんかい、根性! 植物だろうが」


(ビンタ……? おいちょっとそこの君。辞書を引いてくれないか? オレが思うビンタってのは平手打ちのことだが、もしかして、この20世紀と21世紀ではビンタの意味って違ってるのか? あるいは、人間界でのビンタってのは、相手の全身の骨をへし折ることを言うのか? それとも、新しい打撃魔法のことをビンタって言うのか? どこの次元も、年寄りの言うことは難解だ)


「脳筋《のうきん》ジジイめ、他を当たれ」

「そうか。オーストラリア送り……」

「何も言ってない! やればいいんだろう!」


(〝オーストラリア送り〟というのは、犯罪者をオーストラリアの植物界に送ること。実質《じっしつ》死刑と変わらない。オーストラリアには、ジジイが封じた野蛮《やばん》で恐ろしい霊がいるんだ。見つかればそいつに殺される。あのジジイだったら、本気でやりかねない。オレが死んでも、また違う魂がオレンジの精霊に生まれ変わるから、オレの代わりはいくらでもいる)


「説得がむずかしいようなら、先にメンバーだけでも集めるんじゃな」

「オレより有能なナイトはたくさんいるだろう。どうしてオレに精油計画を?」

「年寄りのえこひいき——じゃなっ」

そう言うとジジイは一方的に通話を切った。

クソジジイめ! やっかいごとを押し付けやがって!


(このときオレはUKのスラングで思いつく限りの悪口を言った。汚いやつ、大バカ、アホ、卑《いや》しいやつ、サボるやつ、頭が悪い、など。日本語だと伝わりづらいかもしれないが、とにかく汚い言葉だと思ってくれていい)


いきなり頭の上の空間で空気がうずを巻いたかと思うと、杖《つえ》が飛び出してきて頭を殴られた。目が飛び出るかと思った。通信していなくとも、ジジイにはなぜかわかるのだ。1万年も生きていると、変な霊能力が身につくらしい。


(植物界のスラングで、香らざるもの、根腐れ、雑草、愚草、ニンゲンの奴隷《どれい》、これらを言わなかっただけ、まだ可愛《かわい》げがあるのに、これだからもうろくしたジジイは——いだっ! っぁぁ!)


こんなことして、今年のオレさまが不作にでもなったらどうすんだ!

経済に大打撃だぞ! 

オレのバックにはいいか、あの人間さまがいるんだ、怖がりやがれ!

理由はどうあれ人間界が不安定になったら、蹂躙《じゅうりん》されるのは自然なんだからな!