ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第18輪 追跡者はどこまでも

あの時のことは忘れない。僕は人間の心に朝日を見たんだ。とってもまぶしくて、心打たれる太陽を。強さや正義は人それぞれで、まがいものもあるけど、魂が喜ぶほどの情熱があれば、きっと本物。それを君の中に、見たんだよ!

ハーデス

 

ペパーミントとMac

 

 

 何フロアか上がり、通路を何回か曲がると、20分ほどで管制室の前にたどり着いた。
 驚くことに、三太が他のサンタたちの気配を事前に察知することで、遠まわりはしたものの、一度も遭遇することなく着くことができた。
「ねえ三太くん、ふたりはどこにいると思う?」
「わからない。でもケオロウの言うとおり芳香器で浄化できるんだったら、侵されていても助けられるかもしれない」
 管制室に入ると、そこには大小さまざまな画面が宙に浮かんでいた。通常であれば、サンタ界の様子を映し出しているのだろうが、残念ながらいまは砂嵐のようにザーザーと灰色だ。
意外なことにキーボードやスイッチ、マウスといった機器は存在せず、画面以外にはイスとデスク、水晶があるだけの簡素な部屋だった。
マノンと三太が部屋に入ると、暗がりの中で中央の指令台に立ち、マスターエアリスを操作する霊がいた。
「ペパー!」
 ビクッと体を震わせたペパーミントは、ふたりを見て驚いた。
「無事だったのか! ――オレンジがいないな」
「オレンジはまだ、見つかってないの」
「ペパー皇子、そこで何をしているんですか?」三太が疑いの目を向ける。
「――予言書データを消去してたんだ。予言書データが目的の犯人は、香りを持っていて、マイナデスコールの中でもある程度動ける可能性が高い。だとしたら、そいつがデータを抜き取る前に消去しなければならない」
 三太はマスターエアリスを確認する。「そんなバカな、予言書のセキュリティレベルは6次元なのに!」確かに予言書は消去されていた。
「いや、4次元レベルにまで落ちていた。だからなんとか突破できた」
「4次元レベル? なぜ……? だとしても、突破できるんですか?」
「花は情報を読み取るのが得意だから。部外者のぼくが勝手にごめんね。でも、こんな状況だ。最悪の事態を想定して動くべきだろう? もし君が死んでいたら、ぼくがやるしかない」
「バックアップはしたんですか?」
「いや。本当はぼくのエアリスを繋いでバックアップしたかったんだけど、マイナデスコールがセキュリティにまで影響を及ぼすなんて思わなかった。これは素晴らしい発見だ! 学術誌に掲載できる成果だぞ!」ひとり興奮するペパーミント。ふたりの冷たいまなざしに気づくと、コホンとせき払いして、続ける。「バックアップを取ったとき、スマホと違い意識で操作するエアリスに干渉されれば、同期しているぼくも侵される。香りでは防ぎようがないから、やむなく消去したんだ」
「そうだったんですか。じゃ犯人は一体、どこにいるんでしょうねえ?」何か含んだ言い方だ。
「ぼくが犯人なら、そもそも最初から君たちを助けない。案外、君が犯人だったりしてね。ミステリーだと、意外な人物が犯人だ」
 マノンは三太から一歩離れた。
 三太は愕然とする。せっかく信頼関係が結ばれてきたのに――。
「やめてください! ぼくが悪かった」
「フフフ。冗談だよ。もうここには、おじいさまはいないみたいだ。他の場所を探そう」
「待ってペパー、わたしたちもここに用があって来たの」
「おじいさまはいないし、予言書も消去したのに?」
 マノンはこれまでの経緯を説明した。
「サンタ界を、いまここで浄化できる? 本当に?」
 マノンの横では三太が、香りを閉じこめるための結界を張ろうと、マスターエアリスと呼ばれる大きな画面を操作している。
「だけど、そう上手くいくかな? この世界樹の中に必ず犯人は潜んでいる。ぼくたちに気づいていて、邪魔してくると考えたほうがいい。あるいは、そいつはもうデータを奪って逃げたのかもしれない。それにさっきのエレベーターみたいに、何が起こるかわからない」
「もし助けられるんだったら、助けてあげたい。トナカイさんもクリスマスおじさんも、みんなひどい目にあってる。なんとかしてあげたい」
「ぼくだって、できるなら助けてあげたい。だけど、手足にしびれを感じているし、頭が痛い。マイナデスコールに完全に侵されれば、変身ができなくなってしまう。飛べなくなれば、脱出する方法がない。いますぐ帰るべきだ」
「オレンジも見捨てるっていうの?」
「彼は……悪運が強い。侵されはしても、枯れないだろう」
「サンタ界、なんとかできないの?」
「幸いにも、予言書データは消去できた。おじいさまは見つからなかったけど、ここで帰るべきだ。時間はかかるけど、助けることはできる」
「それなら心配ありませんよ皇子、ここにはソリがある。帰る方法があるなら、頂上を目指して浄化するべきです」
「――! だけど、確実じゃない。セキュリティや世界樹みたいに、ソリも侵されていると考えたほうがいい。ぼくたちが終われば、外に伝える方法がない、サンタ界も終わりだ」
「もしラベンダーだったら、どうするかしら?」
 ペパーミントは何が言いたい、という顔をした。
「あの花は、強引で、自分のしたいことを絶対に曲げないわ。わたしだってそう。最後の最後に背中を押してくれるのは、考えじゃなくて、自分の気持ちよ。国や時代によってころころ変わる価値観やモラルじゃ、何も決められない。わたしはいま! サンタ界を救いたい!」
「それを口にできるのは、力のある者だけだ――」
 三太が助け船を出す。
「ぼくはこの子に助けられた。この子がいなかったら、死んでいた。マノンちゃんには力がある」悩むペパーミント。「人間の子が、上の次元に来るのさえひと苦労なのに、こんな魔界で頑張っている! ぼくたち精霊が頑張らないで、どうするんですか!」
「――わかった」ペパーミントは手を振り、マノンと三太の体を香りで包んだ。ふたりの頭痛が少しだけ和らいだ。「臨機応変に考えよう、頂上を目指せるなら目指す。ただし、脱出したほうがいいとぼくが判断した時点ですぐに帰る。いいね?」
「この赤く光ってる点は何?」
「よし、作動完了! それは危険信号だ、マイナデスコールに侵されたサンタたちを表示している。最悪だ……ポロ・コロにもたくさんいる。この緑色がぼくたちだよ」
「……」ふたりはペパーミントの話を聞いていなかった。エアリスを見て話している。
 ――ズン!
「見てこの赤、すっごい大きい!」
「うわ……デカいな。とんでもなく危険な波長を持ったヤツがいる」
――ドスン!
ペパーミントは上を見た。マノンと三太は会話を続けている。
「この43Fって、ここからどれぐらい離れてるの?」
「ひとつ上の階だね」
 ドッスン! ――ドッスン! ――ドスン! ――ドズン!
上の階から響く異常な振動にふたりも顔を上げる。重たく鈍い音は心臓をじかに打つようで、振動でホコリが舞った。
「もうひとつだけ教えて。この赤がいる位置って、だいたいどのあたり?」
「ちょうど上だね、この部屋の」
 
「……」
 ――ドスドスドスドスドスドスドスドス!
「……」

 ふたりの顔は青く白かった。ペパーミントだけが覚悟を決めて立っている。

天井が崩れて降ってきたのはーー。指令台の下、デスクに並んでいたエアリスが巨体に衝突しゆがんで消えた。指令台に立っていたマノンは、同じ目線に立つ巨人に身が強張った。全身が一気に恐怖で膨れ上がってパンクしそうになる。
充血した眼球、ほおから飛び出た歯グキ、肩から生えた腕、ボサボサの髪、口から吐き出される腐臭のニオイ、血に染まった服、赤いひげ、獲物を見つけてビイィィィンと雄叫ぶチェーンソー。
白い袋はもぞもぞと、中で何かが動いている。
「――ひっ」
「ガァッアアアアアアアア!!」グワッと口を開くと。
 腐った生卵、カビ、ヘドロを混ぜ合わせたような悪臭が、大量のツバと共に降りかかった。
「キャァアァァァァアアア!!?」
 ビッグ・サンタが手を振り上げる。三太に手をひっぱられ、マノンは指令台の階段を下りた。
大きな音と共に指令台が破壊され、木片が飛び散る。
ビッグ・サンタはチェーンソーを振りまわした。ブォンッ! ブォォンッ!
デスク、エアリス、部屋を構成している樹木がことごとく破壊され、それはチェーンソーで切るというより、バットで打ち殴るといったほうがしっくりくる。
管制室はもうメチャクチャだった。出口へ向かっていたマノンはいきなり三太に突き飛ばされた。三太の背中にデスクが激突する。「がァ!」倒れた三太をマノンが抱き起こすと、巨大な影がふたりを飲みこんだ。
マノンは小さく縮んだ瞳で影を見る。
ギザギザの歯が、残虐な音を立てながら回転するシルエット。
振り返ると、前に立っていたのはビッグ・サンタではなかった。マノンと三太を守るように、ペパーミントが立っていた。
「早く行くんだ、先に行って! ここはぼくが止める!


「行こう」心配そうに見つめるマノンを、三太がひっぱった。
ペパーミントの両手の間にはエネルギーの玉が鼓動していた。とってもきれいな緑色で、白馬に乗った王子さまがにこやかに手を振るような、リフレッシュな匂い。
ペパーミントがそれをビッグ・サンタの口に投げ入れると、ビッグ・サンタは苦しみだした。
「ガッ、ガッ、ゴガ」怒ってチェーンソーを振りまわす。
ビィィィブォン! ビィィィブォン! ビィィィブォン――
「浄化は無理か」ペパーミントは頭を下げたりジャンプしたりしてかわし続け、後ずさりする。逃げても追いかけて来るのだ、どうにかして止めなければならない。勢い余って振り切ったチェーンソーが、反対の手に持っていた袋を切り裂いた。すると中からヒトが出てきた。
「おじいさま!?」
「うぅ……」
 シャツにウェストコートを着た男性は、ところどころが切り裂かれており、胸から脚にかけて広がる赤黒い傷から血を流していた。かけた眼鏡は割れている。
「ダメだ、おじいさまを助けられない!」
 ハーデスはビッグ・サンタの足元だ。
念力でひっぱろうにも、ビッグ・サンタがチェーンソーを8の字にブンブン振りまわしているため、タイミングを合わせるのが難しい。
「ここにいて。ふたりで助けましょう!」マノンを出口に置いて三太が戻ってくる。
「いや、いいから上を目指して! 浄化できればみんな助かる!」
「失敗も考えて、いま助けましょう! あとで助けられる保証はない」
 三太は携帯空間から缶を取り出した。上にはピンがついている。三太がピンを抜いて投げると缶から勢いよく煙が噴出し、またたく間に何も見えなくなった。
先に管制室から出ていたマノンは、辛そうに頭を押さえながら、心配そうに廊下で立っていた。中からはチェーンソーが空気を切り裂いたり、デスクや部屋を破壊する恐ろしい音だけが 聞こえる。ふたりは大丈夫だろうか。
頭痛がひどくて何も考えられない。腕の傷は痛いし、頭が重く鈍い。鼻のあたりに違和感を感じ触ってみれば、鼻血が出ていた。
……きっとまだ、大丈夫なはずだ。ペパーの香りだってある。マノンは自分に強く言い聞かせた。しかし相変わらずバラバラに動く時計の針が、マノンの決意をあっさりと崩した。
この騒ぎで他のサンタたちが来ないか不安だった。
周りを警戒していたところ、煙の中に3人の影が現れた。
よかった、無事だった。
ペパーミントの肩に腕をまわしたハーデスを連れて、ふたりは出てきた。ハーデスは焦点の合っていない目で、何かをブツブツとつぶやいていた。
ペパーミントが笑みを見せる。
「お待たせ、お嬢さん。もうひとふんばりだよ」
 マノンも安心して気がゆるむ。
 ふと、
 何かやわらかいものを刺すような、太い音が聞こえた気がした。
マノンが感じたそれは気のせいではなく、現実だった。ペパーミントの腹から、ギザギザの刃が飛び出していたのだ。それは投げられたチェーンソーだった。