ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第10輪 マノンの夢

聖祭やってたら制裁されたわけだな?

オレンジ

  

熱帯雨林の画像

 

 オレンジと三太とマノンは、ふたたびコンゴウインコとハヤブサ、ニワトリに変身して飛んでいた。マノンは下を見た。どこまでも広がるアジア風のエキゾチックなジャングルに心をおどらせる。
「なんだか旅行みたい」
 南国のフルーツのあまい香り、まぶしすぎるほど焦げつく太陽、熱帯植物の生みだす活発で弾けるような空気にワクワクした。
フランスとは全然ちがう。ぜんっぜん。風が、空気が、心に美しすぎる。
 いままでフランスから一歩も出たことのなかったマノンは、この植物だらけの世界に興奮ぎみだった。こんな世界があるんだ。どこからともなく聞こえた鳥の鳴き声に、マノンは笑顔になる。
あ、いまのは前を飛ぶコンゴウインコの鳴き声だった。
「ちょっと、ジャマ」
「どうした? オレはただ、コンゴウインコの気分を満喫してるだけだが?」

 ――あぁ、前言撤回。フランスと大して変わんないや

 オレンジはいつも楽しそうでいいな。
 わたしが生まれたときにはもうパパと一緒だったみたいだけど、いつもあんな調子だ。あれが二百年も生きてるなんて思えない。そんなに長く生きるって、どんな気持ちなんだろう?
 うらやましい。わたしも霊だったら、ずっとラベンダーと一緒にいられるのに。
 好きな花と、ずっと一緒にいられるのに。
 オレンジはずるい。わたしは人間だからいつか死んじゃうのに、ラベンダーは仕事から帰ってくると、わたしじゃなくオレンジの相手ばかりしてる。
本当に楽しそうに話してて、ずるい。仲間はずれにされてるみたい。
 ふたりの話を聞いてると、わたしの知らないラベンダーがいて、わたしの知らないオレンジがいる。どうしてわたしはニンゲンなんだろう? 霊だったら、もっとあの二輪と一緒にいられるのに。わたしも花に生まれたかった。わたしだけ死んでいくなんてヤダ。
「なあ三太、考えてみたんだが他のサンタと連絡は取れないか? おまえみたいに無事なサンタだっているだろう? サンタのそいつらにだったら助けを求められるはずだ」
「……サンタ祭は知ってるよね?」
「あの百年に一度、地球中のサンタが集まるっていう?」
「そう。14日間ずっと開催されるあのイベント。セレモニーとしての面もあるけど、役員じゃない多くのサンタにとっては、単なるフェスティバルだね。いまはサンタ祭の期間中だったから……みんなサンタ界にいたんだ。念のため同僚だけじゃなく、外にある支部にも連絡したけど返事はなかった。支部には絶対誰かが残ってるはずなのに」
「なんでおまえだけ無事なんだ?」
「おれはちょっと、別件で出かけてたからサンタ界にはいなかった」
 マノンは前を飛ぶオレンジを見た。
 どうせこの気持ちだって、オレンジやラベンダーは知ってるに決まってる。
わたしはふたりの心なんて読めないのに。霊ってホントずるい。でもオレンジはわたしのそういう部分に気づかないフリして、きっとこんなことを思ってるはず。
“ふぅ~、湿度100%、気温30度、お肌にやさしい快適気温だ。しっとりとうるおった空気が肺を満たす感触がなんともたまらない。どうせならサンタ界なんて救わないで、くるくる曲がったストローでトロピカルジュースでもちゅ~なんて吸いながら、ここでゆっくりしたい。小娘だってそう思ってるだろう。なにせ、このジャングルの生みだす抜群のモイスチャー効果、それに天然のフェイシャルミストで肌もつやっつやだろうからな”
 ! 絶対オレンジなら思ってる!!

(当たらずとも遠からず、とコメントしとく byオレンジ)

「みんなは楽しくフィーバーしてるのに、仲間はずれにされちまったのか」
「そんなかわいそうなものを見る目をするな! 急な仕事があったんだ!」
「いや、おまえにじゃないが、まあ要はこうだろ、聖祭やってたら制裁されたわけだな?」
「……」
「……」
「――」
「おい、ひとりで行くな、待てったら!」

 ……あのヒトたちは何してるんだろう。
 いまは人類の危機なのに――でも、ちょっと、わくわくする。
 こんなことを思うのはいけないことだけど、もしサンタ界が陰謀に巻きこまれなかったら、わたしはこの美しいジャングルに来られなかった。旅行みたいでとっても楽しい。オレンジと子供のクリスマスおじさんが旅のパートナーというのは、奇妙な気がするけど。こんな子供三人だけでクリスマスおじさんの世界を救おうとしてるんだから、笑っちゃうな。
 いつか大人になったらフランスを出て、いろんな世界を見たい。
 どんな人に出会えるんだろう。どんな食べ物があるんだろう。どんな花が咲いていて、どんな精霊がいるんだろう。早く大人になっていろんなところへ行きたい。
 エジプト、エルサレム、イタリア、ジャパン、龍の住む世界、ギリシャのサントリーニ島、スペイン、ウユニ塩湖、ギアナ高地。花たちが通う香草院や富士神界。
 ラベンダーが行ったところは全部行ってみたい。そのためにラベンダーを説得して、ちゃんと幽体離脱できるように練習したんだから。
ラベンダーが寝物語に聞かせてくれたいろんな世界のできごとは、いつもわたしの心をわくわくさせてくれた。わたしの世界を広げてくれた。地球は人間が思っているより、こんなにも広いんだとわたしに教えてくれた。
 ラベンダーが半月ぶりに帰ってきたと思って部屋に行ったら、クリスマスおじさんがいた。それでいま、ここにいる。これって偶然なのかな。
「ねえ、おれたちはいまどこの世界にいるかわかる?」
「どこだったかな……Jの42区のサンスーシと書いてある」オレンジは顔の前に表示した画面を見ながら答えた。「人間はいないらしい。辺境ではないが、どの世界からも離れてるな。一番近いのは人魚界だ」
「えェ! ヤダ!! あの海の中に原発つくったマヌケなニンゲン共が近くにいるのかと思うと吐き気がする!!!」
「オレは早くおまえに、大人に戻ってほしいよ(素直すぎるし)。他のサンタに助けを求められない以上、マンパワーが足りない」
「オレンジがひとりいれば余裕でしょ? なんてったって“フルーツ”の精霊なんだから。オレンジが大人になれば楽勝だよ、期待してる」
「――」
 嫌味のない素直な期待にオレンジは一瞬どう答えていいかわからなかった。
「あたりまえだろ! オレ様は柑橘一族の代表、オレンジ様だ。余裕にもほどがある」
「うざい」
「黙れ」
「オレンジ、なんでここに人はいないの?」マノンが聞く。
「さぁな。悪さばっかりしてたから、滅びたんじゃないか? いや~、感謝しないといけないな。もしここに人間がいたら、こんな元気なジャングルは残ってないからな」
 オレンジはイジワルに翼をひらひらさせ、笑いながら後ろのマノンを見た。マノンは予想どおり怒った顔になっていた。
「あっはっはっはっは!」
「枯れちまえ!」
「うわ、ひどい。オレはただ、人間さまが滅んじまったって言っただけなのに」
「うるせー!」
「ま、日頃の行いが悪いから浄化されちまったんだろうなァ」
「死ね!! 枯れちまえ!! アンタなんかダイッキライ!!!!!」

(ちょっとふざけただけじゃん、人間はすぐ泣くからイヤだ。オレたちがおまえらから受けた痛みにくらべたら、蚊に刺されたぐらいじゃん。人間はおおげさ。オーバーリアクション。何が悲しいのか理解に苦しむぜ)

♪♪♪

「オレンジ!!」
 三太が声をあらげている。
 なんだよ、世界の危機でも女の子とイチャイチャするぐらい別にいいだろ。緊張のしすぎはパフォーマンスの低下を招くんだぞ! わかってるのか三太! 
 小さなこどもサンタに逆に注意してやろうと思ったが、三太はどうやら、ふざけてる場合じゃないと注意してきたのではなかった。心を読んだ限りでは、むしろマノンが泣いて清々しているようだ。こんなふたりとパーティーを組まなければいけないとは、マノンの人生は少しだけハードモードらしい。

(能力があるやつの人生は、少しだけハードモードに設定されてるらしい。以前出会った輪廻転生システム技術担当者から聞いたことがある。それを乗り越えることで成功を得るとか得ないとか。……正直なところ眠かったからあまり聞いてなかった。悪いな。オレはいつも仕事で疲れてるんだ、寝れるときには寝たい。人間が転生する仕組みを夢の中で見学に行ったこともあったが、起きたら全部忘れてた。寝てるときまで仕事なんてバカらしいだろ? なんで上の次元までわざわざ出向いて勉強しないといけないんだか。睡眠中ぐらい休ませてくれよ。
 あ――ちなみにオレ様の人生は、宇宙レベルでメジャーリーグに行けるぐらい過酷って上の次元のヒトに言われた。……いますぐ転生しようかなぁ)

「あれ、あれ!」
「うるさいぞ三太、なん――」

 だと…………。

 オレたちから2キロ離れたところの――いや、4キロかもしれない。……5キロか? わからん! そんなことはどうだっていい、10キロだろうが100キロだろうが好きな数字を想像してくれ。

(ちなみにオレから地平線までの距離は4,65キロだが、もし諸君が100キロがいいとワガママを言うなら、作者に頼んでこの世界の地平線までの距離を100キロにする。……え、できない? すまんがいま言ったことは忘れてくれ。あいつには血も涙もない。ウソついて悪かった。残念だよ。ケチ! ニンゲン! 地球の嫌われ者! ――イタイイタイ!!)

 問題は、すぐそこの景色がすべて茶色に染まっているということだ。
こっちは生命豊かな緑が広がってるのに、なんだって向こうのジャングルは枯れてしまってるんだ? それに川も黒くにごってる気がする。
 三太もマノンも固まってしまった。

(もちろん翼は動かさないと落ちてしまうので、動かしてる)
 
 オレたちはすぐに枯れたジャングルの上まで飛んできた。さっきまでの景色とは大ちがいだ。ジャングルとは呼べないほど腐っている。生命を感じない。残骸だらけだ。
「人間のしわざか!?」三太が疑うのもわかる。だがこれは――。
「いや、この匂いは、マイナデスコールだ」
「うしろはあんなにきれいなのに」マノンが振り返った。
「先を急ぐぞ」嫌な予感しかしない。自然がこんなに……――
 マノンはあいかわらず翼がよれたニワトリの格好で、飛ぶのに苦労してる。やれやれ、これじゃレイラインを飛んでるうちに溶けて転生ルートだな。
時間は惜しい。オレたちの未来も、人間界の未来も、なかなかにして不安定だ。やはりマノンを一度家に置いてくるべきだったか?
 植物の精霊として一番心に来るのは、こういう死んだ自然を見ることだよ。理不尽ならなおさら。どうしてここでマイナデスコールの匂いが? サンタ界が近いのか?
 やがて死の森から海へ出たオレは絶句した。三太とマノンも息をのむ。
 目的のレイラインは確かにあった。いや、あったとは言えないかもしれない。なぜならレイラインは崩壊していて出口としての機能を失っていたからだ。空全体がジグソーパズルのようにバラバラに崩れて、霊界が不気味に顔を覗かせている。見えたらいけないレイラインまで何本か見え、どのレイラインにも共通して言えることは、ちぎれて垂れてるということだ。
 レイラインってちぎれるのか? これ……どうなるんだ。地球の血管なのに。
 レイラインがちぎれてるということは……
 空から三次元を構成する紫色の非物質が血のようにふき出ている。非物質エネルギーは下の真っ黒な海へと吸いこまれていた。
本来この世界からレイラインに流れていくはずのエネルギーは逃げ場を失い、海は栄養過多の状態になっていた。それだけならまだいい、むしろ他の世界を流れるはずだった成分のちがう非物質まで流れこんできている。だからこんなに海が真っ黒に汚染されてるのか。何もないように真っ黒だ……
「これはどういう状況なの……?」マノンの声はふるえていた。
「あまりあれを見るな、精神がむしばまれるぞ。オレだけ見てろ! いったん降りるぞ」
 マノンの精神がかなり不安定だ。この風景の情報は心に悪い、見ただけで病んでしまいそうだ。加えてこのマイナデスコールの悪臭。浜辺に着地するとオレたちは元の姿に戻った。オレはマノンを落ちつかせようと、なるべく丁寧に香りを出した。オレの香りは浄化向きじゃないが、少しはマイナデスコールの影響から守ってやれるだろう。
「マイナデスコールの匂いがキツい。おそらくサンタ界が堕ちたとき、巻きこまれたんだろう」
「ねえ、あそこ見て」三太が叫んだ。「レイラインの後ろ、霊界の奥! 他の世界同士が衝突している! 大事故だ」
「悪霊が逃げてる、自由になってるぞ! 誰が処理すると思っているんだ!!」
 オレは途方もない怒りをまだ見ぬ犯人にぶつけた。
 次元の割れ目付近では数十人の悪霊の群れが、ぼろ切れの布をひらひらさせながら空をたどたどしく舞っていた。
サンタ界のおかげで貫通した空間をいくつも通り、こちらへやって来たんだろう。

(悪霊には大きく分けてふたつのタイプが存在する。自我があって話が通じるタイプと、まったく意思の疎通が取れないタイプ。あれらは後者)

 マノンが怖がってオレを抱きしめてくる。見るなと言ってるだろうが。
「おい、あまり同情するな、起こったことはショウガナイ。オレに周波数を合わせろ。自分はオレだと思え、そのほうが楽だ」
「オレンジになんかなりたくない」かぼそい声だ。
「なら非情になれ。同情すれば持ってかれるぞ」
 三太が呪文を唱えた。
「水よ、大地よ、空気よ、天よ――流れ流るるは同胞の友、ウッコの毛皮を広げておくれ」すると透明の膜がオレたちを包んだ。「これでこっちの姿は視えない。賢いヤツらじゃなくて助かった。目がよかったら戦闘になってた」
「あの衝突してひしゃげてる世界は、三次元だとどこの地域だ? 人間界に大きな影響が出るぞ」
「いまは見なかったことにしよう。苦痛だ。サンタ界を救ってから考えよう」
「サンタ界を救うだけだと思っていたが、事はもっと大きいな。レイラインはちぎれて世界同士が衝突してるし、空間はいくつも貫通してる。それに海だってこんなに汚染されている。いま見えてる部分だけでこれだぞ! サンタ界がどういうルートで堕ちたかを特定すれば、もっと甚大な被害が出ているぞ!」
「オレンジ、ここはもう海じゃない」
「は?」
「よく見てみろ、汚染されて黒くなってるんじゃない、向こう岸が見えないから分かりづらいけど穴が開いてるんだ。崩れた空の規模と、おれでもわかるこのマイナデスコールの悪臭。きっとサンタ界はここに堕ちたんだ」
 
 ――空ばかりに木を取られていた。そうか、確かに水がない! てっきり海だとばかり思っていた。穴か! しかし穴というにはデカすぎる。ここが山の頂上みたいだ。
 三太は続けた。
「まさかこんな事態になってるなんて……。プレゼントが配れないことに意識を取られすぎてた。主要世界の精霊もそろそろ気づいてるかも。他より先にサンタ界をなんとかしなきゃ」
 ――そのとき巨大地震が襲ってきた。いや、震えているのはオレたちの魂だ。体がすくんで動かない。大気の振動を通じて何かが空の割れ目の向こうからこっちへやって来るのが伝わった。山そのものみたいなエネルギーを持った何かがやって来る。
 やがてゆったりと、巨大な顔が姿を現した。――龍だ! 龍がレイラインのちぎれた部分からこちらの世界へ入ってきた。
恐怖のあまり動けない。そのエネルギーの大きさに三太もマノンも顔が真っ青だ。オレの腹をつかむマノンの手に力が入る。オレたちは龍が悪霊集団を丸呑みして、ふたたび続きのレイラインへ入っていくまで膜の内側で息をひそめていた。一瞬目が合ったような気もしたが、オレたちは視えてないはずだ。
「あ、あれは、なんなの!?」
 金縛りが解けたように、マノンが荒い呼吸をしながら聞いてくる。
「龍だ。水や天気を司る大精霊だ」
「死ぬかと思った」
「オレもだ。……そうだいいこと思いついたぞ、あの龍に応援を頼もう。そうすればサンタ界を救うのも楽だ、追いかけよう」
「ば!? ――やめろ、そんなこと許さない! 秘密をばらすぞ!」
 三太がよくない顔でオレの胸をぐいと引きよせる。
「よく聞け、この先何が起こるかわからない、あれを味方に引き入れられれば――」
「もし向こう側だったらどうするんだ!? そうじゃないにしても、あの龍がゼンマイ仕掛けの騎士団に通報しないと言いきれるか?」
「本当はおまえだってどっちが正しいのかわかってるだろ!? こんな子供三人だけでサンタ界をなんとかするなんて――」
「いや、できる! おれたちは子供三人じゃない、大人ふたりと子供ひとりだ。それにサンタ界にだって無事なサンタがいるはずだ。大丈夫、なんとかなる!」
「根拠のない考えはよせ」
「もう行こう。あの龍がここを通った以上、他の精霊に介入されるのも時間の問題だ」
 三太の目は真っ黒だった。
 なんてこった、せっかくのチャンスだったのに……。
 あきらめきれないオレはハヤブサに変身して空高く舞い上がった。
「やめろ!」うしろからハヤブサに変身した三太が追いかけてくる。
「オレはまだ枯れたくないんでな、利用できるものは利用する!」
「へぇ、どうやって誘うつもり?」
「それは――」
 礼名契約でサンタ界の事情は言えない。から……つまり。
 エー、そこのお天道さま、どこ行くの? 本当は話しかける予定なんてなかったんだけど、君があまりにも魅力的だから、つい声かけちゃったんだ。美しいウロコだね。こんな郊外であなたみたいなマドモワゼルと会えるなんて、これって運命なのかな? もし良かったら、オレとサンタ界でお茶でもどう? いまサンタ祭やってるんだって、百年に一度のお祭りだから行こうよ。お茶がイヤならオレンジジュースもあるけど? 夜しか飲めないけどね。
 
 ――枯らされるな

(ナンパにもブリティッシュとかフランセーズとかいろいろあるんだが、いまは状況が切羽詰まってるので断腸の思いで割愛。時間さえあればなぁ。おっと、戻んねェと)

 空中で制止したオレに勢いよく三太がぶつかる。
 オレたちは地面に落ちてしまった。痛みで変身が解ける。

(悲しいことに、絶対に超えられない壁というものが世界には存在する。人間が動物になれないように。動物が花になれないように。花が龍になれないように。どれだけ頑張っても、それが変わることは決してない。上には上がいる。だからオレはどんな危機も機転で乗り越えるしかなかった)

 三太はオレの胸ぐらをつかむと怒鳴った。
「いいか、時間がないんだ! 他の精霊に介入されて予言書を奪われるわけにはいかない。もしサンタ界を救えなかったら、おまえ、全生恨むからな! この先何に生まれ変わっても!!」
 オレはその場でうなだれた。やる気が出ない。
「とっとと行くぞ!」
 三太はハヤブサに変身すると、紫色の雪が舞い散る暗闇の中へ飛びこんで行ってしまった。
 オレはただ、悠々自適に暮らしたいだけなのに。それなのに、人間がそれを許しちゃくれない。ヤツらが問題ばっかり起こすから、植物至上主義者だって生まれたわけだしな。植物同士で争うのにも疲れたし、こんなとこで枯れちゃうのもヤダなぁ。
「追いかけなくていいの? ……オレンジ?」
「あぁ、すまん。ただ、体がどうも動かなくて。だるい」
「行きましょう。さ!」マノンがオレの手をつかむが。
「……」
「早く」
「…………」
 いっそ助けるの、やめちまうか。チャンスの始まりはいつだって不幸だ。サンタ界が完全に滅べば、人間をこの星から消すチャンスだ。そうすれば……平和が来る、精霊の星として発展できる。人間がいなくなるだけで、オレたちは前に進めるはず。

 ――パァン

 ほおが、痛い。
「いいかげんにしっかりしてよ! あなたはオレンジでしょ、地球でもっとも有名な花の一輪! あなたがしっかりしないと、わたしもここで死んじゃうじゃない! そうなったら、もうラベンダー――に、会えなくっ、なっちゃう。クリスマスも、ただのお祭り、になっちゃう。あなたの香りがわたしに勇気をくれたんだから! しっかりして!!」

 痛いじゃないか泣き虫。まったく、誰に似たんだか。人間にしとくのにはもったいない。オレとしても、人間が滅んであの女の悲しむ顔は見たくない。
 浜辺がオレ様色の光で満たされたかと思うと、そこには絢爛豪華で優美な香りがあたりを埋めつくした。枯れた木々が少しだけ――最期に生気を取り戻し胸を張る。
「ちょっとニンゲンごっこを楽しんでただけさ」
「セ・パ・グラーヴ(大したことじゃないわ)」
 オレンジ様をビンタしたことを後悔させてやろうと思ったが、今回は見逃してやる。
――と言うとでも思ったか馬花め!!

(馬花というのは、植物同士で相手をののしる時に使うスラング。
 それをどうして人間のマノンに使ったのかって? 教えないね)

 オレ様はマノンをお姫様だっこすると「ちょ、オーレ?」そのまま垂直に暗闇へ飛びこんだ。この速度ならマノンがいても速い速い。
「キャァァアァァァァァアアアアア」

 暗闇の中を三太はひとりで降下していた。マイナデスコールのせいで空気がホコリのようにこもっていて、気分は最悪だった。なんだかヌメヌメしていて飛びづらい。
 オレンジはついて来ていないようだった。『真の薫香』の弟子なのに、どうやら怖気づいたらしい。それだったら、おれひとりだけでもサンタ界を救うだけだ。死ぬのは怖くない。魂が傷つくのは怖いが、おれがやってやる!
 三太は頭上で声が聞こえた気がした。
 なんだ?

「ァァアアア」
「よぉ三太、さらば」
「――」
「アアァァァァァァァ」
「――え、おい!!? 待てェ!」

 さあ、次回はいよいよサンタ界突入か? サンタ共、全滅してないといいがな。
 もしそうだったら、これから霊能力者にサンタはいるのかと聞かれたとき、ちょっと前に滅んだって答えなくちゃならない。

「ァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!?」