ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第8輪 ブリティッシュ・ジョーク 【オレンジ】

何をそんなにビビってるの?
アリが世界大戦したって、たいしたことないでしょ

ペパーミント

 

 

ペパーミントの顔

 


親友のペパーミントはあいかわらず大人の姿で、スーツを着ていた。
頭には草冠が乗っている。

「ここから見る英国は、いつ見ても微妙だ」

「そうだな」

「君とここに座っていると、下積み時代を思い出す」

「やめろペパー、まだ昔を思い出すには、オレたちは若すぎる」

「いいじゃないか。冥界のプリンスとして公務に忙しいんだ。毎日忙殺《ぼうさつ》される日々。思い出したくもなるさ、嫌な思い出ばかりだけど」

「忙しいわりには、ずいぶんとフラフラしてたじゃないか」

「とても楽しいゲームだったろ? 天使やサンタじゃこうはいかない。あいつら匂いがわからないし、香らざるものだからな」


(この香らざるものってのは、どぎつい差別用語。まあ、ペパーミント本人はあまり差別という感じで使ってないな。価値観が違うんだ、許してやってくれ)


「ペパーミント、オレは用があって来たんだ」

「ありがとう。いきなり仕事の話をする花、ぼくは大好き」

「……ノージンジャー」

やむなく少年姿のオレも腰をおろした。


(ノージンジャーというのは植物界のスラングで、しょうがないという意味。ペパーミントは花としての誇りが高いから、機嫌を取るなら植物界の言葉を使ったほうがいいと思ったんだ。あの皮肉はけっこう不機嫌だった)


「ビッグ・ベンから見てるのに、こんな最悪な風景は他にない。その点フランスとかドイツって、素晴らしい国だよな。情熱的でマジメで、いつか暮らしてみたいよ」

「やめといたほうがいいぞ。あいつら、酒くさくないんだ。それに泥くさくもない。本当に冥界みたいなところなんだ」

「それにくらべたら、やっぱり英国は天国だね」

「でもおまえ、ハーデスの孫で、しかも冥界のプリンスじゃないか」

「そうだった! じゃあ、住み心地はフランスもドイツも変わらないね。天国みたいに最高だ」

「あ、でもシャーロック・ホームズが住んでない」


(シャーロック・ホームズというのは、アーサー・コナン・ドイルが書いた人類史上初のラノベ小説。あともう少しだけ世に出るのが遅かったら、もっとハチャメチャな設定になっていただろうことは、容易《ようい》に想像できる。

たとえば、ホームズに恨みを持つものに異世界転生させられたが、そこで事件を解決し、転生して人間界に戻ってくるとか、ジャパンの格闘技バリツを使い、ドラゴンと素手で戦い生き延びるとか、犯人を探っていたらたどり着いたのが宇宙で、自慢の推理で地球侵略を止めるとか、アベンジャーズの一員とか、最終話で実は人間じゃなかったことが明かされるとか、もう推理しなくても、犯人がわかっちゃう能力があるとか。ホームズはやっぱりこの時代に生まれてよかったな)


「なんだ、じゃあ冥界じゃないか! 地球で1番犯罪者であふれてるんだから」

「結局《けっきょく》天国なのか冥界なのか、どっちだよ」

オレとペパーミントは大笑いした。

「それで、用ってなんだい」

ようやくご機嫌を取り戻したペパーミントは、満足そうにそう言った。

「精油計画——人間界に精油を広めるメンバーを集めてる。おまえをメンバーに加えたい」

「いいよ」

ペパーミントはそっけなく言った。あっさりしすぎてる。まるで消しゴムでも貸すかのような反応だ。

「本当にいいのか?」

「ただし、ぼくは公務が最優先だ。おじいさまをサポートしなければならない。その間をぬって、というのが条件だ」

「それでかまわない」

「ぼく以外に、もうメンバーはいるの?」

「いや、まだオレとおまえの二輪だけだ」


(二輪というのは、植物の精霊の数え方。気にしない精霊もいるが、もし二人という数え方をすれば、ペパーミントはブチギレる。この数え方は精霊だけじゃなく、人間もするからな)


「他に誰か、誘う目星はついてるの?」

「まだ誰も。だから、もし人間を差別せずに、植物と人間の架《か》け橋になれるような精霊がいたら教えて欲しい」


(このときラベンダーのことを言わなかったのには、わけがある。理由は、続きを読めばわかる)


「わかった。くれぐれも、おばさんと母上を誘うようなことはしないでくれよ。やりづらくなる」

「わかってる。あの二輪がいたら、オレもやりづらい」

「おっと、もうこんな時間だ。これから冥府でおじいさまの講演があるんだ、出席しないと。ぼくは忙しい、もう君と会うこともないだろう」

あれがやつなりの最高のあいさつだ。最後は皮肉でしめる。もしまた会いたいなんて言うときがあれば、それは相手が皮肉の通じない他世界の高官か、本当に会いたくないやつだ。

ペパーミントは翼の生えたケルベロスに変身した。そして詠唱する。

「『社交の草』の名において命ず——開門せよ」

黒い霧の穴に飛びこむと、オレ以外、誰もいなくなった。

時計の針がカチリと動き、ベルが鳴る。

時間は限りなくあるが、早いとこメンバーを集めて精油を普及《ふきゅう》させたほうが、地球にとってもいいだろう。