ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第22輪 最悪のテロリスト

そんなつもりじゃなかったんだ。ぼくはただ……君と仲良くしたかっただけなんだ、ティーツリー

ペパーミント

 

ペパーミントとティーツリー

 

 

 ――あれは。あれ、は……

 オレの背筋が凍った。内臓がキュッと締まる恐怖。あれは――
「あれは何?」マノンが不安そうにオレの服をギュッとつかんでくる。
「『悪戯小僧』――Mr.パンプキン。テロリスト集団ハロウィンの指導者にして、植物至上主義者の中でも特に厄介なヤツだ。歴史上の数々の事件に関わっている」

(どれぐらい危険かといえば、そうだな、切り裂きジャックっていただろ? なに、知らないだと? これだから最近の若いやつは。ほんの百年前の事件だぞ。当時パンプキンはゲームと称して、署名入りの犯行予告を警察やアロマ連合に送りつけては、売春婦を殺し続けたんだ。試合の結果は17ー5で連合の勝利。つまり、17人は殺害を防げたが、5人は虐殺されてしまった。イカれてるだろ? と言いたいところだが、人間のしてきたことにくらべれば健全なようにも感じてしまう。アメリカ独立戦争やアヘン戦争を裏で操って激化させたのもパンプキンだってうわさだ。植物至上主義者にとっては希望の星だよ)

「わたしたち、大丈夫だよね? ……帰れるよね?」
「……」さすがのオレも黙るしかなかった。
 バジリコとかタバコとか有名なヤツはいっぱいいるが、いま植物至上主義者の象徴と言ったら、間違いなくあいつだろう。若い芽たちからは、フラワーヒーローとしてあこがれの的になっていたりと、教育に悪影響だ。
 パンプキンは魔法をたくさん放ち、結界を壊そうとしていた。こっちはまだ混乱状態だ。あんな魔物の大群で来られたら、全滅だ。本気でサンタ共を滅ぼす気らしい。
「あれれ? おかしいな~。これだけ周波数の低い次元にいるのに、どうしてまともに結界が機能してるんだぁ~? おかしいなぁ~、正気を保ったサンタがいるのかな?」
 パンプキンは遠くで笑っているようだった。まるでゲームでも楽しむように。
「あいつが犯人か、許さねえ」子供姿の三太はバルコニーから飛び出そうとしたが、ついすべったオレの足のせいで転んだ。

(それはオレのセリフだ、あのカボチャ頭は絶対に許さない。フランスでゆったりとバカンス気分で仕事していたのに、ヤツのせいでオレは礼名契約のもとに、三太に弱みを握られてこき使われて。オーストラリアにぶちこんでやる)

「考えなしに飛び出してどうする。やつはサンタを憎んでる、ここは同じ植物のオレとペパーで時間をかせぐから、おまえはサンタたちを集めてくれ、戦うぞ」
 ビッグ・サンタはふてくされた三太をむんずとつまみ上げ、言い聞かせる。
「彼の言うとおりだ。意識を取り戻したばかりで指揮系統も乱れているが、団結しなければいけない」
「おれだったら――」
「うるせえ! 大人になる体力もねえやつが、何するっつうんだ、黙って言うこと聞け!」……。ビッグ・サンタの一喝に三太は悔しそうにうつむいた。
「ペパー? 大丈夫か?」となりのペパーミントを見れば、すごい顔をしていた。まるでもうひとり、自分がいたみたいな顔をしている。そりゃそうだ、あんな凶悪な霊がいたら誰だってそんな顔になる。龍と戦ったほうがまだマシかもしれない。
 ハーデスがペパーミントの肩に手をおき、勇気づけた。
「ペパー、彼がいつも話してるオレンジ君か、良い友達を持ったな。予言書をちらつかせれば良い交渉ができるだろう。うまく引き伸ばしてくれ、その間に士気を上げる」
 ペパーミントはパンプキンから目を離さずに言った。
「ええ――では、また後で」
 ハーデスたちがいなくなったあと、バルコニーでオレとペパーミントは何の鳥に変身するか話し合った。これは交渉では重要なことだ。大きな鳥になって相手をおどしたり、逆に自分を弱く見せて誘ったりするためだ。
「オレは火の鳥がいいと思う。カッコいいし、威嚇にピッタリだ」
「いや、相手は太古から存在する伝説の霊だ、下手に威嚇すれば何するかわからない。ここは友愛を示そう、人間嫌いのヤツでもUKは気に入ってる。マグパイになって機嫌を取ったほうがいい」
 ペパーミントがマグパイに変身して飛んでいったので、オレもマグパイに変身せざるを得なかった。ヤツのごきげんを取るなら一羽じゃマズい。マグパイはオレたちには馴染みの鳥で、白と黒のツートンカラーの鳥だ、UKではよく見かける。パンプキンはUKを根城にしてるらしいので、この選択は間違っていなかった。

(UKにはマグパイの数え歌というものが古くから存在し、見かける数によって意味が変わってくる。一羽だと悲しみを伝え、二羽だと喜びを、三羽で女の子が生まれ、四羽で男の子、五羽で銀が手に入り、六羽で金、七羽で誰かが秘密を打ち明け、八羽で願いが叶い、九羽でキス、十羽で逃せない鳥になる。マグパ~イ♪ いろんなバージョンがあり、数と意味も変わってくる。オレはいまのやつより、九羽で終わるやつがお気に入りだ。意味はほとんど同じだが、八羽で海を越えて手紙が届く、九羽でこれ以上ない真の恋人になる。霊として生きてると、宇宙がより身近になる分、世界がぐんと広くなる。さみしくなったときは、この歌を思い出すんだ)

 二羽のマグパイは結界の側まで飛んでいった。ガチャガチャと騒々しい。緑色に輝く半透明の結界をへだてて、何千何万もの悪魔共が暴れていた。黒い人影だったり、体が青色に発光していて器官が丸見えのオーガとか、他にも全身触手だらけのギガントピテクスみたいなヤツが結界を壊そうと奮闘していた。地上から空まで。

(はっきり言ってヤツらの姿はなっちゃいない。生物学的センスのかけらもない。生物学的見地から言わせてもらえば、かなりキモいし、空気の読めないヤツらだと思う。せっかくヒトがサンタ界を救ってハッピーエンドを迎えようとしてるのに、こういうヤツらは人間に生まれ変わっても、絶対に女にモテないだろう)

 オレはペパーミントに言った。
「オレが交渉するから、おまえはフォローしてくれ」
「相手が男でも木を抜くなよ」
「むしろあれが女でも、ナンパしようなんて絶対思わん」

 ギシギシと結界のきしむイヤな音がする。いまにも壊れて悪魔共が襲いかかって来そうだ。ちょっと待ってくれ、オレはサンタに脅されてここにいる。巻きこまれて枯れるなんてまっぴらゴメンだ。少なくともオレとペパーミントは花だし、助けてもらえるだろう。だが、説得しなければ、マノンと三太は死ぬ。それに他のサンタも。
 
 パンプキンは念力で空に浮いていた。
「ハロー、かぼちゃさん。ごきげんいかが?」
 オレは刺激しないよう、フレンドリーにそう言った。
「おやおやぁ? キミたちは花だね。どうしてこんなところに?」
「実は、予言書を盗もうとサンタ祭に参加していて、気づいたらこんなところにいて驚いてるんです。あなたがやったんですか?」
「アハハ、キミたちも至上主義者? そうだよ、ボクが爆弾を仕掛けてやったんだ。ニンゲンの支援をするサンタ共なんて、生きてる価値もないからね」
「そうだったんですか。ところで――あの、間違ってたらもうしわけないんですケド、Mr.パンプキンさんですよね?」
「そうだよ」
「うわ~、大ファンなんです! こんなとこで会えるなんてついてるな~!」
「キミ、ボクのこと知ってるの?」
「あたりまえじゃないですか、知らないやつなんていませんよ! パンプキンさんの切り裂きショーの動画はリアルタイムで見ましたよ、最高でした!」
「アハハハ、いいね、いいよ! グレートだ、キミはよくわかってるねぇ! わかってるよ! キミみたいな花がもっといればいいんだけど。最近はニンゲン迎合組が増えてきたからねぇ」
 パンプキンはハイテンションだったので、オレもフィーリングを合わせてみた。
「そのとおり! ニンゲンたちのくだらない争いのせいで、どれだけの動物や植物がイタズラに殺されたか! ニンゲンを野放しにしていたら、地球はおしまいですよ! それなのに、アロマ連合もサンタも! ニンゲンを甘やかしてばかり! 地球の状況が全ッ然わかってない! ぼくたちが行動しなきゃ、平和なんて永遠に来やしないですよ」
「ウオッフォーーーゥ、キミのミント魂、気に入った! これから一緒にサンタを根絶やしにしよう! いまバリアを壊すから待ってて。『悪戯小僧』の名において命ず――」

(この〝ミント〟というのはスラングだ。昔、それは強くて誰からも尊敬と羨望のまなざしで見られた精霊がいたんだ。そこからちなんで、素晴らしいとか、褒め言葉として使われるようになった。その花は最後には人間の味方をするようになったらしいが、至上主義者でも尊敬してるやつは多い。ミントの精霊に生まれたというのは、人間にとっての王室みたいなもんで、ステータスなんだ)

「――あぁ、待って待って! 良い案があるんです、聞いて!」礼名詠唱しやがった、あぶねえ! パンプキンは詠唱をやめて首をかしげた。「実はぼくたち、サンタにはけっこう信用されてて――」
「どうしておまえが、ここにいるんだ」
 せっかくここまでいい感じに来てたのに、ペパーミントがよけいなことを言い出した。
「いたらだめなの? おともだちはボクがキライみたいだね」
「お、おまえが、ここにいるなんてありえない」オレはヒヤッとした。なに言ってるんだ、ペパーミント、なにを言ってる?「だっておまえは――おまえが爆弾を仕掛けたって!?」
「すいませんコイツ、サンタ界の警備の凄さを知りすぎてて、パンプキンさんのこと疑ってるみたいです」
「フ~ン」
「それは置いといて、ほら、こいつ、あのペパーミント皇子なんですよ、冥王の孫の。だから、ぼくたちけっこうサンタには信用されてて。このままうまくいけば予言書も手に入るんで、ちょっと悪魔たちをおとなしくさせて欲しいんです」
 後にこのときのことを振り返れば、我ながらうまい交渉だったと思う。それに、オレもパンプキンと話してて、共感するものがあった。オレも本当はこっち側なんじゃないかと思う。こんな話、ヒトと気軽にできるわけじゃないし、パンプキンと話してると、つい、本音がどんどん引き出されてしまう。
 サンタは霊の中じゃ強いほうだが、病み上がりで弱っている。それにここは電波の届かない魔界だ、救援が期待できない。どう考えたって勝ち目はない。だったら――
「う~ん、どぅしよっかなぁ~、ククッ」
 オレはわざとらしく声をおさえ、ヤツに耳打ちする。
「パンプキンさん、いまやつらを殺そうとすれば、あいつらはきっと、ムキになって予言書を消しますよ。予言書が手に入れば、ニンゲンを根絶やしにするのだって簡単になるし、サンタを蹂躙するのは、その後でも遅くはないですよ」
 サンタたちはまだか? きっと今頃、この戦争に勝つ画期的な作戦を思いついて、歌でも歌ってるに違いない。だが、そろそろ出てきてくれないとオレも心拍数が上がりすぎて辛い。もしこのままサンタたちが出て来なかったら、そのときは――
「蹂躙? ムフフ、アボリジニみたいにィ~? クッフフフッ!」
 マズい、オレはペパーミントを見た。維管束が煮え繰り返った顔をしている。その話題はペパーミントには禁句だ。
「あれは楽しかったな~、最高のゲームだったよ! みんなでニンゲンに憑依して、何人狩れるか競うんだ! アッハ~! 今回はもっと楽しいよ! だってサンタ狩りなんて誰もやったことないんだから! ワクワクするでしょ! バジリコもサカキも招待してあげればよかったなぁ!」
「……」イカれてる、本気で楽しんでやがる! サンタが地球からいなくなれば、精霊同士のパワーバランスだって崩壊するんだぞ! 本当に植物以外はどうなってもいいと思ってるのか!?
「お楽しみは後にとっておきましょうよ、パンプキンさん! 人間界の未来が記された予言書が手に入れば、これから起こる戦争を自由自在に操って、ニンゲンを根絶やしにすることも夢じゃないんですよ!」
 ヤツは聞いちゃいなかった。
「フヒァッ、アハハ、やっとだよ! サンタがいなくなればニンゲンはプレゼントがもらえなくなっる! アヒャヒャ! そうすればもっおもっと! いっぱい死ぬんだぁ! 駆逐駆逐! 一掃! これはゲームなんだよ、誰が地球を救えるかのね。ぼくがこのゲームに勝つんだ、アハッハァ!」
 狂ってやがる! サンタたちはまだか!? こっそり逃げてたら承知しねェぞ!
 オレが世界樹のほうを向いたスキに、草冠を被った一羽のマグパイが前に出た。「ペパー、我慢――」
「――おいカボチャ野郎! いいか、てめェみてーな幼稚でとんでもねえクソ野郎なんて、こっちはすぐに逮捕できるんだ! ブサイクで大馬花! 愚草愚草愚草!! おまえみたいな雑草はとっととニンゲンに伐採されちまえ!!」

(このときオレの顔がいかに真っ青だったかは、言うまでもない。植物界では雑草は禁句だ。相手に雑草なんて言っちまえば、一生嫌われると思ったほうがいい。ともだち同士でもふざけて使ったりしないワードだ。おまけにこのときペパーは、普段のお行儀の良いキングス・イングリッシュはどこへやら、コックニー英語(下町英語)で相当汚いスラングをブチまけていた。もともとやつはそっちもイケる口だ)

「ペパーミント!!」
 ペパーミントはもう知らないとばかりに、マグパイからニワトリに変身した。頭には金色に輝く冠が乗っていた。翼を広げると、到底ニワトリとは思えない優雅な動きで飛んでいった。マグパイが一羽。つまり、伐採という意味だ。

(……オレを挑発に使わないでほしい)

 残されたオレは一瞬羽ばたくのをやめて、翼を持ち上げ器用に肩をすくめて見せた。

(これがなかなか難しい。ま、霊なんでね。できないことはない。
 宴会や合コンでも使えるので、ここでやり方を説明しておく。
 まず上腕骨を可動域の限界まで持っていき、とう骨と尺骨をまっすぐ立て、
 最後に手根中手骨から先を横にすれば完成。これで結婚した花も中にはいる)

「わたしは人間やサンタの味方じゃないので、見逃してください」
「ニッンゲッンニッンゲッン♪ 死っぬ死っぬ~♪ ……地球の全次元に伝えてよ! いまこそニンゲンを根絶やしにして、植物を解放するんだ! 植物岩をも通す、さあ、地球の黄金時代を取り戻そう!」
 取引先はもう何を言っても聞いてくれなかった。目先の利益が一番大事らしい。

「うぅぅぅウッアアア!」
 パンプキンはローブに身をすっぽり包んだまま、体から凄まじい波動を出した。パンプキンの憎悪のこもった念力で結界が大きく引き伸ばされる。養蜂箱の無数のハチのようにうごめく悪魔たちが、どんどん結界から離れていく。
 そして――――

 

 津波のように押しよせてきた。

 オレが身をひるがえしたとき、
 後ろでガラスを突き破る耳ざわりな音が響き渡った。