ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第23輪 わたしはニンゲン

良いブレンドだけど、惜しかったな
マノンちゃんは、これを押そうとしてオレンジにやられたのか
彼だけ助けて逃げられればいいけど、ぼくも体力がない
最悪だ、何もかも。彼を犠牲には……できない

ペパーミント

 

説得するマノン

 

 

 ビッグ・サンタの館内放送で世界樹の中央エントランスには――持ち場を離れられない者を除き――ほぼ全員のサンタが集まりつつあった。
 ビッグ・サンタたちと共にエントランスへ来たマノンは愕然とした。サンタたちは冷静さを欠いており、パニック状態だったのだ。どこもかしこも怒号が飛び交っていた。

「死にたくない、死にたくない」
「だから人間の支援なんてするべきじゃなかったんだ! 見ろ、こうなるってわかってただろ!」
「人間だって同じ地球に住む生命じゃないか!」
「で、電話、を……つ、だ、だれ――か」
「通じるはずないわ! だって、やだ、やだあ!」
「キャアアアアアアアアア!?」
「誰か助けて、助けてぇ」
「うぐ、おっえええええ」
「ぱ、ぱ、ッぱ、パン、パンプキンだ!」
「もう、おしまいだァァァ!」
「イヤ、助けて、助けてえ!」
「戦うんだ! そうすれば――」
「あの悪魔の数を見ろ! もうサンタ界はおしまいだ、おれたちは死ぬんだよ!」
「私が何したっていうのよぉ。うぇえん、お母さぁああん」
「サンタがみっともねえ、泣くんじゃねえ!」
「私たちだけでも逃げるのよ!」
「どこに逃げるって言うんだ! 結界をぐるりと囲まれて、逃げ場なんかどこにもない!」
「ソリでハイパードライブするのよ! そうすれば――」
「位置座標が計算できないのに、失敗すれば魂が壊れるぞ!」
「どうせ何もしなければ死ぬのよ、私はやるわ」
「そんな勝手が許されるか! 待て、誰かそこの女を止めろォ!」

 非物質界の空気を通して恐怖が伝染する。いきなり目から涙が出て、ふるえが止まらなくなったマノンをハーデスが優しく支えた。
「目をそらして。その気持ちは共有しなくていい。無事に帰ることだけイメージして」
 高級な装いのエントランスには、ワインレッドのベルベットのソファ、ルービックキューブみたいに動く観葉植物、内部に生えたつる草がたらすユグドラシルブルーに光る玉、壁を飾るお洒落なフラワーアレンジ、空中や導水路を流れる世界樹の樹液を利用して造られたウォーターガーデンがあるが、それらはすべて乱れていた。パニックになって我先にと逃げ出すサンタたちによって。
 ビッグ・サンタが壇上に上がる様子を、マノンたちはそばで見ていた。
 彼は大声を張り上げた。


 せーいーしゅーくーにーッ!


 ピタッ――と。休符のように音が止む。
 いま静かに空間を揺らし響くのは、ビッグ・サンタのせき払いだ。
「いまから数日前。俺たちは、確かに熱狂していた。思い出せ。あの熱気を、情熱を。魂を焦がさんばかりに夢を見ていた。調和を心から歌い、愛していた。百年に一度のサンタ祭! しかし、非常に素晴らしいその時間は――露と消えた。目が覚めればこんな魔界だ、チクショウ!  なあ! みんな、最悪な気分だろ!?」

(ディズニー映画だったら、きっとこの部分は歌になってるわ byマノン・ガトフォセ)

 そうだ、そうだとサンタたちが言い出し、場の空気が少しずつと、まとまり始める。
「俺たちは怒っている! あまりにも理不尽なテロリストのやり方に! この怒りをぶつけないで逃げたいやつは逃げろ! ここにいるひとりの少女。この子も死んでいいと思うならな! この小さなヘラクレスがいなかったら、俺たちはマイナデスコールなんて野蛮かつ下劣な物質にいまも狂わされていて、死んでいた。本来なら死んでいた命だ、もう死ぬのは怖くない! 本当に怖いのは、恩人に何もできないことだ!」
 賛同の声が上がり、弱気だったサンタたちの心に火がついた。
「栄えては消え、第七文明! いつかまた、地上と他の次元の者が手を取って歩める、そんな時代が来ることを願う我々の想いを、踏みにじったテロリストを許してはならない!」
 マノンは思った。このままいけば、なんとかなるのではないか。だが、結界を壊そうとする派手な音が遠くから聞こえる。時間がない。細かい作戦を立てる時間はないだろう。
「俺たちのフェスを壊したのは誰だ? サンタ界を半壊させたのは? ――」
 そこにいるニンゲンだ! 誰かが叫んだ。一斉に降り注がれた視線に、マノンは頭がまっしろになる。みんな疑惑に満ちたまなざしで見ていた。
「――マイナデスコールなんて恐ろしいものを使って、仲間をクリーチャーにした残酷なパンプキンと、俺たちは戦うべきだ!」
 ビッグ・サンタの声は、もはや勢いを失っていた。誰かが言った。あの人間を差し出せば、パンプキンは攻撃をやめて帰ってくれるのでは、と。
「どうして人間がここにいるんだ!?」
「欲深い人間のことだ、きっとプレゼントを盗みに来たんだ!」
「この野郎、精霊界まで植民地にするつもりか!」
「そいつがいなきゃこんなことにならなかったんだ、捕まえろ! パンプキンに差し出すんだ!」
 やや正常な状態のサンタたちが答えを出すのは、あっという間だった。
 黒い服の男性サンタが走って来る。マノンの首に手を伸ばそうとし――マノンは息を呑んだ。しかし、黒服サンタはぐるんと一回転、床に派手に倒れた。背負い投げたのは赤服の大人三太だった。
「なあみんな! ここにいるこの子が、おれたちを救ってくれたんだぞ! 恩を仇で返すつもりか? それじゃ人間と変わらないし、人間だからとか、そんなこと関係ないだろ! 覚えてないかもしれないが、中にはマノンちゃんを襲ったやつもたくさんいる。それなのに、おれたちを救おうと頑張って、世界樹のてっぺんまで行って! 芳香器を動かしたんだ! 正直に言うが、おれには精油を調合する技術なんてない。ここにいる小さな女の子が精油を調合しなければ、おれたちはいまもこの魔界をさまよい続け、知らない間にパンプキンに皆殺しにされていたんだぞ! このマヌケ共!」
 三太はひと息ついてから、続けた。
「それに彼女は、ケオロウを視た」
 そのひとことで、どよめきが走った。ケオロウを……? ケオロウを視た……!? 人間が……。サンタたちは信じられない様子だ。
「ねえ、ケオロウって何者なの?」マノンの問いに三太は答えた。「トナカイの神さんだよ。サンタ界を守護する大神霊。それを見たから、みんな驚いてるんだ」
 三太はマノンの背中を押した。
「さあ、マノンちゃん。前に出て。このチキン(臆病者)共に戦う勇気をあげて」
「え?」
 マノンは言われた意味がわからなかった。
「君の言葉で、こいつらを説得するんだ。いろいろ言いたいことがあるだろ? おれに言ったようにさ」
 ビッグ・サンタがマノンを壇上に引き上げる。
 マノンはたじろいだ。頭がまっしろだった。独裁者の演説のために、わざわざ集められた国民のように大勢いる。こ、これ。こんなにヒトがいる。わ。わ。ぅ。
 サンタたちは何を考えているかわからない冷たい目でマノンを見ていた。マノンがしゃべり出すのを、今か今かと待ちわびている。
 む、わたしには、むり。三太くんが、言えばいいのに。
 見かねた三太が声を出した。
「サンタ界を救うより難しいこと? サンタを救った英雄なのに。君ができないんなら、おれだってできない。君がやるんだよ」

 しばらくの沈黙が続いたあと。ぽつり、ぽつりと、雨が降り始めた
 さぐりさぐり、様子をうかがう。地面からなかなか出たがらない芽に
 寝物語。世界の情緒を教えるように
 わたしはニンゲン

「――わたしはニンゲンです」

「あなたたちがそうバカにする生き物です」

「初めまして」

 間を置いた言葉をマイクは豊かによく響かせた。しかし声は大きいのに、弱弱しい。
「こ、今回、わたしは、わ、あなたたちの、世界を救いっ、救えて、救うことに、成功しました」
 声はどもっているし発音もイマイチで、小学生がみんなの前で発表させられているようだった。それでもマノンは、しゃべることをやめなかった。マイナスサンタたちに殺されたほうがマシだと思うぐらいみじめな気持ちだが、三太、ビッグ・サンタ、それにハーデスが応援してくれているのだ。「頑張って」と三太。ファイティングポーズのビッグ・サンタ。「うまくやろうとしなくていい、ありのままの、君の言葉でいいんだ」とハーデス。逃げるわけにはいかない!
 マノンは目をつむり、そして動かなくなった。結界のきしむ音が聞こえる。悪魔たちの金切り声も。極度の緊張状態。時間ばかりが過ぎてゆき、サンタたちが焦りと恐怖、多大なストレスを感じ始めた頃。
「恥ずかしい」
 サンタたちは、マノンが自分の気持ちを言ったのだと思った。だが、それはすぐに間違いだと気づいた。
「ヒューマン(人間)のことをニンゲンニンゲンとバカにして、いざとなったら逃げる!? 恥ずかしい! 臆病者! トナカイじゃなくてチキンにひっぱってもらったら!? あなたたちだってニンゲンとそう変わらない!」
 三太は顔に手をやった。怒ってどうするんだと。マノンらしいと言えばマノンらしいが。
「わたしたち人間は、弱い。それにひどく愚か。経済や宗教を理由に簡単に人を殺す。資源を搾取してなくなれば、侵略して他から奪う。もちろん他にも独立のためとか、政府への抵抗とか、戦う理由は民族によってバラバラだけど、でも、あなたたちは違う! 精霊でしょ! わたしよりずっとずっと賢いし、パワーもある。なんでもできる! だから、わたしに、わたしたち人間に、霊として、お手本を見せてよ! 戦うしかないなら、戦わなきゃ!」
 ひとりの若いサンタが叫ぶ。
「人間のくせに偉そうにしゃべるな! おまえはあいつの恐ろしさがわからないから簡単に言えるんだ、戦ったって勝てるわけない!」
「わたしはあのカボチャについて何も知らないけど、でも、さっきまでのあなたたちも似たようなもんだったわ。人間のわたしが! ここまで来て、いま、あなたたちに話しかけてる。それって、すごいことだと思いませんか? わたしにそんな奇跡ができたんだから、あなたたちだって、たぶんできる」
「浄化したとはいえ、完全にマイナデスコールが体から抜け切ったわけじゃないんだ、体力はおろか、エネルギーだって残ってない! みんなで一斉に逃げるのがベストな作戦だ! そうすれば誰かは逃げ切れる!」
「いいえ、敵は前もって緻密な準備をしていたはず。そうでなければサンタ界を堕とすなんて不可能だし、一か八かの作戦は危険だわ! みんなで戦うのよ、聞いてください!」
 マノンはひと息つくと、本当は友達としてみたかった話を打ち明けた。
「わたしたち人間は、自分の利益のためにいままで、周りの生き物のことを考えずにやって来た。わたしはくやしかった! どうして人間なんかに産まれちゃったんだろうなんて思ったし、でも、人間に生まれられて良かったとも思った。単純に、食べられるのはヤダからだけど。でも、木を抜くのが人間だとしたら、木を植えるのも人間だわ。今回、人間であるわたしがクリスマスおじさん――サンタの世界を救えたことは光栄に思っています。でも、わたしひとりじゃ絶対に無理なことでした。オレンジやペパーミント、ハーデスさん、それに三太さんというとても勇敢なサンタがいたからです。ありがとうございます。こうやってみんなで協力できたように、人間も、植物もサンタも、地球を作るためにはすべてが必要なんだと思います。話し合い、お金、時間、平和的な方法で解決できれば良いけど、わたしたちにはもう本当に、武器を取って戦う以外方法がないように思います。悲しいですが。病み上がりで、本調子じゃないあなたたちにこんなことを、言うのは、心が痛みますが――……」
 マノンはそこで全体を見渡し――「戦ってください」
 すかさず女性が手を挙げる。目を惹くプラチナブロンドの髪で、彼女はサンタ服ではなく青いドレスを身にまとっていた。
「質問です! 私たちは人間のことを間接的に支援はしても、信用はしないと決めています。どうしたら、あなたの言葉を信用できますか? あなたがパンプキンの仲間じゃないという証拠はありますか?」
「……」
 マノンは頭がくらっとした。ラベンダーやオレンジがいつもぼやいていることを他の精霊から言われると、こんなにも心に突き刺さるのか。人間の立場……。
 どうしよう。どう答えたらいいかわからない。証拠なんてあるわけないのに。このまま黙っていてはマズい。何か言わなくては……。すると、ふとアイディアがひらめいた。ありのままでいいんだ。誤魔化さないでいいんだ。
「…………残念ながら証拠はありません。ですが、もっとあなたたちを知りたい、仲良くなりたいという気持ちならあります。わたしは幼い頃、サンタさんからとても素晴らしいプレゼントをもらいました。それは、〈ドコドコさん〉のぬいぐるみです。〈ドコドコさん〉を知っていますか? 三次元ではほとんど知られていません。わたしは困ったことにその影響で、エグザゴーヌ――フランスのリヨンなら、どこへ行ってもアドレスを正確に言えるようになってしまいました。――サンタ界は、アドレスがわからないから、正直怖いです――ですが、それはとても愛にあふれたプレゼントでした。いまでも困ったことがあるときは、その〈ドコドコさん〉に相談します。だからサンタさんがっ、いなくなるのは、とても、悲しいです。どうか、お願いします、自分勝手とは思いますが、戦ってください。生きてください!」
 マノンは、ふるえるノドで息をめいっぱい吸いこんだ。
「もしこの窮地を乗り越えられたときには、
誰かわたしに、サンタ界のアドレスを教えてください」

 ちゃぷ。チャプン。言い終わったとき、マノンは静かな水面に波紋が広がるのを感じた。

 ビッグ・サンタが言った。
「大義名分は?」
 マノンは振り向いた。
「戦うには大義名分が必要だ」
 しばし考え、
「地球にいるすべての子どもたちのために」

 ビッグ・サンタが腕を突き上げた。
「地球にいるすべての子どもたちのために」

 他の誰かもつぶやいた。

                地球にいるすべての子どもたちのために

   地球にいるすべての子どもたちのために

          地球にいるすべての子どもたちのために


地球にいる                       
                            すべての  地球にいる
              子どもたちのために

        地球にいる      子どもたちのために

すべての        子どもたちのために    地球にいる
     すべての子どもたちのために!
    
                    地球にいるすべての子どもたちのために

「地球にいるすべての子どもたちのために!」
「地球にいるすべての子どもたちのために!」
「地球にいるすべての子どもたちのために!」
「あんなカボチャ野郎に滅ぼされるなんて、まっぴらごめんだ!」
「サンタの恐ろしさを、思い知らせてやろうぜ!」
「おれたちは生きるんだ!」
「どうせ死ぬにしても、ヤツを道連れにしてやるわ!」
「転生しても、またみんな会いましょう!」

 最初の混乱状態はどこへやら、エントランスでは血気盛んなエネルギーが空気中を飛びまわっていた。雄叫びを上げたり、ブォォン、トナカイの鳴きマネをして獰猛さをアピールする者までいる。皆マノンのスピーチに勇気づけられたのだ。
 マノンがとなりを見れば、ビッグ・サンタが笑顔を向けていた。彼は言う。「メルシー」
「うーふふ」
 ハーデスと三太が場の空気に緊張の面持ちを崩したところで、金属が割れるような盛大な音が響き渡った。結界が壊されたのだ。