ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第9輪 豪雨の中で

やったあああ! ねえ、いま見た!? ねえ、できたよラベンダー!

マノン・ガトフォセ 

 

どしゃ降りの画像

 

 一文字の光が見えるとマノンは目を覚ました。
 ゴロゴロピシャリとカミナリの轟音が響き、ビクっと体がふるえた。洞窟内が急に明るくなる。豪雨の音を聞きながら天井から垂れ下がる鍾乳石を見つめていると、声をかけられた。
「起きたか?」寝たままの姿勢で顔を向けるとオレンジがいた。
 ブラウンのフライトジャケットを着ており、首元のボアが暖かそうだ。下にはデニムパンツをはいていて、格好がタカみたいとマノンは思った。
「どうして洞窟に?」
 言いながらマノンは段々と意識がはっきりして、何があったかを思いだした。
「オレンジ!」
 洞窟の奥へ後ずさりするマノンに、オレンジはニヤついた。
「調子はどうだ? 気分はすぐれないようだな」
「! わたしだってわかってたんじゃないの!?」かすれたうなり声が洞窟にこだました。「わたしがいなくなれば、オレンジはずっとラベンダーと一緒にいられるもんね!!」
 ホオジロザメのように凶悪な歯がズラリと並んだコンゴウインコに食べられた恐怖がよみがえり、オレンジへの日頃の嫉妬も相まって、マノンはオレンジを責めたてた。攻撃的に放たれた言葉にオレンジは一瞬だけ顔を引きつらせる。
「オレがわかってて攻撃したって言うのか? オレが、おまえに?」
「――……」マノンはなにか言いかけたが、口を半開きにしたまま黙った。顔には後悔の色が浮かんでいた。
「おまえはオレがラベンダーと一緒にいたいがために、あの変なニワトリをおまえだと知りつつも襲った、そう言いたいわけだ! おまえにとってオレは――つまり、オレはおまえにとって、そういうことをするヤツだと思われてたわけだ!」
「ごめなさい」マノンの顔が赤点のテスト用紙のようにくしゃくしゃになりかけていたが、オレンジはかまわず怒りに身をまかせた。
「オレはおまえのことを買いかぶってたらしい。人間にしては賢いと思っていた。だが、やっぱりただのガキだ。14歳の子供だ。サンタ界の安否が定かでない状況で、誰かに後をつけられてたら、サンタ界を陥れた犯人だと思うのが普通だろう。相当な手練れだ。勝てる見こみがない。それなのに、こっちは手負いのサンタとアロマ連合の下っ端ひとり! 一瞬でもスキを作れば命取りなのに、それでもおまえは――霊視にエネルギーを割いて、あのニワトリをおまえと判断すればよかったと言うのか?」
「わた、し、がっ、バカ、でした。ごめんなっさい」空気が悲しくふるえた。
「そもそも、オレはおまえがここにいること自体が驚きだ。三太に言われたことを覚えてないのか? 才能ある霊能力者は自信過剰だと三太が言ってたが、本当だな。まったく余計な時間を食っちまったよ」
「……」
「いい勉強になったんじゃないか? オレたちはおまえたち人間のためにがんばってんだ。人間は自分のことだけ、目の前の人生だけ考えてればいい。ジャマしないでくれ。雨がやんだら帰れよ、じゃあな」
「ま、まってっ――」
 豪雨の中へ消えたオレンジを追い、マノンも洞窟を出たが……。
 滝のような豪雨に数歩先すら見えない……。
 息をするのも苦しく、激しい水が、全身から出た涙と鼻水のようにマノンは感じた。取り返しのつかないことをしてしまった。どうしてオレンジにあんなことを言ってしまったんだろう。
 オレンジに襲われたとき、本当に怖かった。体が動かなくて死ぬかと思った。
でも、だからといって……。
わたしはひどいことを言ってしまった。なんてバカなんだろう。あのサンタの言うとおり、家でおとなしくしてればよかったのに。どうして出てきてしまったんだろう。霊体の傷だって治ってる。きっとオレンジが治してくれたんだ……。
オレンジに謝りたいと思っても、もうオレンジはいない。
 責めるように振りかかる雨風は、いまのマノンには心地がよかった。体に激しく打ちつける水の痛みが、自分の罪悪感を和らげてくれる気がしたからだ。
 どうやって帰ればいいんだろうとマノンが思ったとき、ふたたび彼女を恐怖が襲った。ここは、自分が住んでいる世界とは明らかに雰囲気がちがうとわかる。うまく言葉では言えないが、魂がそう感じている。異世界? 異次元? ここはどこ? どうすれば帰れるの?
 途方に暮れてしばらく立ち尽くしていると、背後に何かの気配を感じた。
 雨が急にやんだと思ったら――
ガッと肩をつかまれる!
「キャァアアァ!?」
「ふっははは、おどろいてやんの」そこにいたのはオレンジだった。「反省したか?」
「――!?」言葉を失ったマノンは瞬時に理解した。幽体離脱したときに三次元を超えるような、ロケットとはくらべものにならない速度で。
「だましたのね!」
「怒ってる割には安心してる。心は正直なようだ」
「この女ったらし!」
「そんなこと言っていいのか? ――どうしてオレンジにあんなことを言ってしまったんだろう。オレンジに襲われたとき、本当に怖かった。体が動かなくて死ぬかと思った――」
「わあああ!」
「――でも、だからといって……。わたしはひどいことを言ってしまった。なんてバカなんだろう」
「やめて!」
「あのサンタの言うとおり、家でおとなしくしていればよかったのに、どうして出てきてしまったんだろう」
「もうっ、どうしてそういうイジワルするの!? 人の心を読まないで!」
「ふっははははは、けっこう似てんだろ?」
「似てない! このっ、このっ、このっ、このっ!」
 バシバシとオレンジの胸を叩くマノンの顔は怒っていたが、うれしそうにも見えた。急に胸を叩く手を止めたマノンは、にやりと笑顔になった。オレンジがいぶかしむと。
「そうやってからかうなら、わたしにも考えがあるわ」
「考えって?」
「ラベンダーにオレンジが部屋に勝手に入ってたって言う」
「おい、マジでやめろ! さっきのはだな、オレなりの気づかいだよ。オレだって感情的になってたし、言いすぎた。気まずいのはイヤだと思ったんだよ」
「わかってるよ。オーレ。反省してる。ラベンダーには言わないし、帰るよ」
 オレンジの顔が強張ったのを見て、マノンは嫌な予感がした。
「実はだな……オレもわからないんだ」
「は?」
「オレたちがこの世界に出たときのレイラインは、流れが速すぎて利用できないんだ。この世界への入り口としてしか機能してないから、他に出口を探すしかない」
 マノンの顔はなんともいえないものになっていた。「じゃあ、大変ね」
 
 オレンジとマノンの周りはオレンジ色のうすい膜に包まれており、そのおかげで豪雨をしのげていた。膜の中はオレンジの陽気な香りがして、あたたかい。

「とりあえず、雨がやむまで洞窟にいようぜ」

♪♪♪

「やっぱりラベンダーか」

 マノンは息を止めた。どうすれば切り抜けられる? あわてちゃダメ。
 洞窟に戻ってからというものオレンジは、マノンのことを褒めてばかりいた。マノンもただ純粋に、自分のことを褒めてくるオレンジに気をよくしていた。

 時は少しばかりさかのぼる。ふたりは洞窟に戻って休憩していた。

「まさか幽体離脱してここまで来ることができるとはな」
「うん」
「マノン……おまえの年齢でそこまでできるやつは人類史の――……いや、第七文明の中でも何千人かじゃないか?」
「それってすごいの? すごくないの?」
「すごいことだ。マノン、おまえはまちがいなく天才だ。上の次元に来るだけでなく、変身までできる。そんな人間他にいるか?」
「えっへっへっへ」
「だが、変身が甘いな。あのニワトリはトサカや翼が変だった。よくあんな姿でオレたちを追えたな。ちゃんと変身できれば、オレの攻撃もよけれただろうに」
「しょうがないでしょ、まだ練習して数年よ。できるわけないわ」
 オレンジはニヤりとした。
「だが霊視こそしなかったが、ひと目見ておまえだとわからなかった。そこはグッドだ」
「すごい?」
「すごい」
「うへへ」
「念力の解除のやり方や幽体離脱はどれぐらい練習してるんだ? だれかに教わったのか?」
「……全部独学よ。お風呂に入ってるときや眠たいとき、頭に情報が流れてきて、こうしたらいいってなんとなく教えてくれるの」
「やっぱりラベンダーか」オレンジはためいきを吐いた。
「ちがうわ!」
「ラベンダーは、心の防御の仕方までは教えてくれなかったようだな」
「!? わたしの心を読んだのね、ズルい!」
「べつにズルくはない」
 マノンは泣きたくなった。オレンジが褒めてくれたことが本当にうれしかったからだ。自分の能力を認めてくれた、そう思ったのに。
だけど、ウソだった。ラベンダーとわたしの秘密を暴くために言ってたんだ。
ラベンダー、ごめん、約束したのに。
「わたしをおだてて情報を引き出そうとしなくったって、最初から心を読めばいいことだわ!」
「オレは、おまえの心を読んだわけじゃない」
「ウソ!」
「ああ、ウソだ、カマをかけただけだ。あとはおまえが教えてくれた」
「あ――!?」
 しまったという顔。笑うのーてんきな果実。完全にしてやられた。
 マノンは幼い頃からラベンダーに指導してもらい霊能力の特訓に励んでいた。しかしそれは、誰かを守るためだ。決して悪用するためではない。精霊に霊能力を指導してもらうことが、地球人類総合支援法に違反することもラベンダーに聞かされて知っていた。
「ラベンダーがおまえに霊能力の稽古をつけてることは、地球人類総合支援法違反だ。むやみやたらに個人の霊能力を伸ばしてはいけない」
「どうする気?」
「……本部に報告する」
「ラベンダーはどうなるの?」
「上が決めることだ。オレにはわからん」
 マノンは不満と怒りでいっぱいだった。ラベンダーは地球の歴史や状況も、わたしに教えてくれたわ! それなのに、その変な法律を守れっていうの? こんな戦争だらけの星で自分やだれかをどうやって守れって言うの!?
「オレンジ、わたしが頼んだことなの、もっと自分の能力を伸ばしたいって。ラベンダーは悪くないわ」
「教えた時点でアウトだ。マノン。どうして人間に霊能力を指導したらいけないかわかるか?」
「さぁ? 人間が嫌いだから?」
「ちがう。理由はあげればキリがないが、人間はこの地球の管理者という立場にある。いまはまだ発展途上人類として分類されてるが、やがてはこの星の代表になっていくんだ(いまは代表だなんてとてもとても……(笑)。なんか虫ケラがいるなぁぐらいに思われてるだろうな。なので地球外部との交渉は、アロマ連合、富士神界などが主に請け負っている byオレンジ)。そのためには、介入しすぎてはいけないんだ! 自分たちの頭で考えて、自分たちの足で行きたい場所へ行き、その手で夢をつかみ取らねばならない。オレたちは間接的に支援はするが、直接的な支援は基本NGだ。いろいろと計画や、進捗状況というものがある」
 オレンジはいったん言葉を切ると、マノンの青い瞳を見つめた。炎のように危なっかしげな髪とは対照的に、水のように透きとおっている。
 マノンの心拍数、周波数、表情のひとつひとつを精査すると、オレンジは続けた。
「それに、だれかれかまわず霊能力を伸ばしてると、能力者と一般人とで戦争が始まることがわかっている。いずれその時代はやって来る予定だが、人類の反抗期のいま、その戦争を起こすのはマズい。だから地球人類総合支援法で厳しく取り締まられてるんだ」
 マノンはゆっくりとまぶたを閉じる。
 自分の息の音が聞こえる。オレンジのあたたかい香りが好き。
 オレンジの言ってることはきっと正しい。どうしていけないことなのかが理解できたし、事の重大さも想像しやすく説明してくれた。ラベンダーがしてくれた地球人類総合支援法の説明も似たようなものだったと思うが、オレンジのほうがより詳しい。
 本当はこういう法律があるということも、教えてはいけないことなのではないだろうか? マノンは直感的に思った。実際のところどうかはわからないが、それでも詳しく教えてくれたオレンジにはとても誠意を感じた。
それに心を読めばわかることなのに、わざわざわたしを騙すなんて手間のかかることまでしてくれた。その行為に納得はしてないが、オレンジなりの優しさを感じる。
 謝りたい。オレンジの目は、怒っていて怖いが。
「……ごめ――」マノンが言いかけたとき――とつぜん耳が震えて心臓が悲鳴をあげた。豪雨にも負けない激しい音楽が鳴りだしたからだ。洞窟内に響き渡る大音量の楽器とラベンダーの声にマノンの心臓も16ビートを刻みだす。
 びっくりした。このロックな曲は聞いたことがある。ラベンダーが昔やっていたケメティック・ウーマンというバンドの【アトラス・パンチ】だ。
 オレンジはポケットからスマートフォンと呼ばれるうすい板を取り出した。
「アロー……アドレスを渡したのにずいぶん遅かったな三太。わかったわかった、位置情報を送ってくれ。すぐ行く」
 マノンは不思議そうに観察した。ラベンダーもよく使ってるけど、なんでも遠くにいるヒトと会話できるみたい。初めてラベンダーに見せてもらったときは、ふざけてだれかと話してるフリをしてるのかと思った。
 会話の他にも手紙のやりとりができたり、新聞だって読めるらしい。このうすっぺらい板にどうしてそんな力があるのかわからないけど、神の御業とラベンダーは言ってた。あのイエス・キリストも霊体のスマートフォンを持ってたとか。
 この板の中に世界中の図書館が全部入ってて、これひとつあればわざわざ図書館に行かなくたって、調べ事さえできてしまうなんて。うらやましい。三次元で霊体のスマートフォンを使うには、どうしたらいいんだろう? わたしも使えたら図書館まで行かなくていいのに……。どういう風にこの小さな板の中に世界中の図書館が詰まってるのかは不明だけど、神の成せる業ってラベンダーは笑ってた。魔法だわ。
 わたし思うんだけど、こんなうっすい板じゃなくて、ホウキのほうが容量的にもいいんじゃないかしら。掃除もできるし、空だってたぶん……そのうち飛べるし、スマートフォンがホウキになったほうが絶対にいいわ。パパに言って発明してもらおう。
そうすれば、稼いだお金で孤児院の支援もできる。
スマートフォンをポケットにしまうと、オレンジは小バカにした目でマノンを見た。

「雨も弱くなってきた。これからレイラインへ行く。三太と合流だ」

 

「待たせたな三太」
「遅い!」
「おいおい、こっちはマノンを連れてるんだぞ」
 コンゴウインコとニワトリが湖のほとりに着地してオレンジとマノンの姿に戻ると、赤服の子供サンタは文句を言った。
「時間がないんだ、死にかけてるサンタもいるかもしれないんだから」

 青空の何もないところから、一本の太い水柱が龍のような勢いで湖に降りている。
 レイラインだ。
 非物質界から運ばれてきた栄養となるエネルギーが、この世界に流れこんでいる。レイラインから湖に出たエネルギーは、今度はヘビのように長く長くうねった川に運ばれて海へ行き、雨となって土地土地へ吸収されてゆくのだ。
 オレンジは水柱を見た。快晴の空から降り注ぐ水柱は、湖の周囲のジャングルにも水しぶきでうるおいを与え、活力みなぎった植物たちが天を目指し成長している。
 一見するとこのジャングルは、新鮮で美味しい空気を作る素晴らしいパワースポットかもしれないが、その裏では熾烈な争いが行われていた。オレンジは地球の三次元における植物の進化の過程を思い出す。
 植物の世界も競争だ。日光というエネルギー源を確保するために、いかに相手より上に葉を広げられるか、領土を確立できるか、仲間と根を取り助け合えるか、または敵の成長を阻害できるか、地面下では激しい情報戦が行われている。しかし自然界は広い。植物同士での競争もあるのに、動物や虫も自分たちを食べにやってくる。植物は動物のようにツメやキバを持たない。その場から動いて逃げることさえできない。植物たちにできることといえば、体内で毒や薬を作りだしたり、おとなしく食べられることぐらいだった。しかしそれが大成功の始まりだった。花粉を食べた虫が他の花へ行き受粉するというのは、それまで風を手段に受粉していた植物にとって、産業革命のような出来事だった。やがて植物は花や甘い蜜、果実を作りだし、それを食べた動物や虫に種や花粉を運んでもらい種族を栄させるという、Win―Winの関係になった。
 競争とはいえ人間のそれに比べれば平和なものだった。むしろその競争は、地球の理にかなっているとさえ言えた。進化して、発展していけばいくほど周りの生態系もそれに合わせて自分たちを助けてくれる。「与えよ、さらば与えられん」この言葉が聖書に登場するより前に、地球の植物は此の境地にたどり着いていたのだった。
 自然界には道徳も法律も存在しない。ある種は途絶え、ある種は進化、適応しながら、それぞれの生命が自分たちの利益を求め、傷つけ合って殺し合いながら終わることのない戦いをしているのに、どうして生態系というのは完璧なまでに調和を保っているのか。
 不思議ではないだろうか。どんな芸術にだって表現できるものではない。
オレンジの目はどこかさみしそうだった。
「マノン、オレたちはここから洞窟付近まで流されたんだ」
「ここから?」
「すごい流れだろ、あの水柱のてっぺんから落っこちて、この川に流された」
「よく助かったね」
「オレがなんとかおまえをつかんで泳いだからな。シャチにでも変身できればよかったんだが、シャチはまだ習得してないし、豪雨だったから大変だった」
「ありがとう。でもシャチに変身してわたしをくわえたら、まちがって食べちゃいそうで怖い」
「うむ、確かにオレもちょっと怖い」
「ワアアアアアア!!」
 ふたりのマイペースな会話に三太がしびれを切らす。
「おまえらののーてんっきさが一番怖いわ! 状況わかってる!? このガキのせいでおれたちは、こんな世界に足止め食らってるんだ! まだおれたちは、サンタ界を発見してないし、サンタ界がどんな状態かもわかってない! こんなことしてる間にも、犯人に予言書を奪われてるかもしれないんだぞ!?」
「オレンジ、予言書ってなに?」
「サンタは人類の未来をある程度知っていて、それに合わせて非物質のプレゼントを配るから――」
「そんなこと人間に教えるんじゃねえ!」
「ここまで来た以上、もう一枚噛んでるんだ、いいだろ。それに契約内容には違反してない」
「おまえみたいに霊能力者にペラペラしゃべるやつがいるから、人間がつけ上がるんだ」
「イヤなら通告すればいいだろ」
「ああするよ。人間にとってサンタは夢と希望の存在だ。いままではサービス精神で大目に見てきたが、今回の一件で思い知らされた。もう人間に教えないよう、各界に通告する」
「怒っちゃったね」オレンジはおどけた。
「怒っちゃったね」マノンはオレンジのまねをしてみた。
「なに!」ふたりの、特にマノンの仕草に三太はキレた。「――そもそもおまえ、おれが言ったことを聞いてなかったのか!?」
「おまえじゃないわ! わたしにはマノンって名前がある!!」
「まァまァふたりとも、オレがさっきキツく叱ったから、落ち着けよ」
 フンッと顔を背けたふたり。オレンジは三太に言った。
「ところで、どうしてそんなにびしょ濡れなんだ? 体温もやけに低いようだし」
「べつにいいだろ」三太はあわてて答えた。
「なるほど、つまりこういうことか。オレが渡したアドレスのことを忘れてあの豪雨の中、オレたちを探していたな?」
「うるさい、帰れ」
「あ、わかった、もう帰る」
「戻ってこい、サンタ界を救え!!」
「ワガママか」
「うるさい!」
 マノンは三太とオレンジのやりとりを見てあきれた。こんな調子で本当にサンタ界を救えるのかな? わたしは帰らなきゃいけないけど、心配だな。
「マノン、サンタ界に一緒に行くか?」
「ふェ?」
 まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったので、マノンは〈スットンキョウ〉みたいな声を出した。

(〈スットンキョウ〉というのは、かなりヤバい部類に入るOBAKE。〈ドコドコさん〉、〈ズングリ・ムックリ〉、〈スットンキョウ〉、こいつらはOBAKEの中でもビッグスリーと呼ばれ危険視されている。大人気だからそう思わないやつが多いが。どれぐらいヤバいか植物界で例えると、『ガソリンツリー』、『悪戯小僧』、ミルラか銀狐ぐらいに会ったらまず命がないらしいが、じゃあなんでこいつらの存在が知れ渡ってるかについては、オレにはわからん。そんなことを疑問に思うヤツはきっと、遊び心がないんだろう byオレンジ)

「足手まといだけど、おれもそのほうがいいと思う」
 三太の言葉に一瞬すごい顔を見せたマノンは、なんとか感情を押さえるとオレンジに訊いた。
「どうして? 危ないからダメなんじゃないの?」
「もちろん危険だから、本当は帰ってほしいと思ってる。だがマノン、おまえをひとりで人間界に帰らすほうがいまは危険なんだ」
「なんで?」
「サンタ界の状態がわからない以上、サンタ界を一刻も早く見つけなきゃマズい。だからオレたちはおまえにひとりで帰ってほしいんだが、サンタ界を陥れたヤツ、あるいはその仲間に人質に取られる可能性がある。だから一緒に行動したほうが都合がいいんだ」
「本当にいいの?」
 期待に胸をふくらましたマノンに、いったん息を継ぐと、オレンジはしっかり言い切った。
「いざというとき、オレたちはおまえを見捨てなければならない。それでも来る覚悟はあるか?」
「――」マノンはたじろいだ。
「危ないって最初に言われただろ」
「……うん」
「いずれにしろ人質に取られても面倒だからおまえに拒否権はないが、オレは紳士だから、一応おまえの顔を立てることにするよ。オレたちと一緒にサンタ界へ来るか?」
 マノンはしばし黙っていたが、やがて顔を上げた。その瞳には決意の炎を宿していた。何がどういう状況なのか、まったくわからない。しかし人間界の危機だ。そのことを人間で知ってるのはわたしだけ! わたしがやらなきゃ。世界大戦、もうあんな惨劇を起こしたらいけないんだ!!
 14歳の少女は力強くうなずいた。
「わたし、一緒に行く。覚悟を決める。世界を救うって、そういうことよね。女の子をやめるわ! 女になる!」
 きょとんとしたオレンジと三太は、おたがいに顔を見合わせながら大笑いした。
「なんで笑うのよ!!」ノドを潰しそうな声でうなるマノンは不服そうだった。「ちょっと、早くサンタ界を探しましょうよ!」
「ふはは、ワリぃワリぃ、だがその前に確認したいことがある」
「なに?」
「マノン、おまえ、幽体離脱してから何時間たったかわかるか?」
「? さぁ?」
「魂があまり長時間肉体を離れると、人体に影響をおよぼす。幽体離脱は24時間が安全圏だ」
「えっと、オレンジたちがラベンダーの部屋から出て、すぐ離脱した。十分はたってないと思う――あ! 眠れなかったから、壁に激突して離脱したんだけど、わたしの体大丈夫かな!?」
「……おまえ、バカじゃないのか? 気絶してムリヤリ離脱……。当たりどころが悪かったら死ぬぞ。やはりいったん戻るか……」
「そんな!? ここまで来たんだ、戻ってる時間はない! 事態は一刻を争うんだ!」
 三太は必死に抵抗する。
「そ、そーだよ! わたしの体なら、きっとパパがなんとかしてくれるよ」
 マノンも三太と共に食い下がるが。
「おまえの体はラベンダーの部屋にあるんだぞ。あの部屋は半分亜空間だ。ガトフォセは前に入って死にかけたから、勝手に入ることはまずないだろう。ラベンダーに限ってはいつ帰ってくるかわからん。手当ては期待できない」
「ちょっと頭をぶつけただけだって、そんなに気にすること?」
「いま頭に痛みは感じないか?」
「――うん」
「……魂とは生命の本質そのものだ。打ちどころが悪い状態で体から魂が離れてるのは、非常にマズい……。体にとって心臓がないようなもんだ。非物質エネルギーの供給ができない。軽症なら魂がなくてもかまわんがな」
「…………」
 マノンの顔は枯れてしまった。すでにさっきまでの勢いはない。まるで足をもがれたみたいに自信がなくなっていくのを自分でもはっきり感じた。
「帰ってもいい?」
「もう無理だ」
「で、でも――」
「覚悟を決めたんだろ?」
「はい……」
 ズンッと重たいものが肩にのしかかってくる。タチの悪い霊に取り憑かれた気分だ。目の前には絶望とは無縁そうなチャラ男と、血まみれのような服を着た運び屋がいる。まさか憑かれたのがオレンジとサンタの霊とは……。
「安心しろ、死んだら死んだでこっちの次元に還ってくるだけだ。魂は不滅だ」
 なんともアクの強いフォローをするオレンジ。マノンはいつもの勢いを失っていた。
世界を救う、そんなこと思いながら絵画に頭をぶつけて死ぬなんてマヌケすぎる!
「オレたちが部屋を出たのは16時40分ぐらいだった。すでに4時間半が経過してる。つまり、通常なら残された時間は19時間30分。それまでにオレたちはサンタ界を救い、おまえは人間界の肉体に戻らないと、おまえの人生はゲームオーバー」
 そこで言葉を切ったオレンジはマノンの瞳に顔を近づけ、大きく目を見開いた。
「だがもし、もしおまえの脳に深刻なダメージがあった場合、時間は、10時間――いや、本当はいますぐにでも帰らせるべきだ! もう一度聞くが、本当に頭に痛みは感じないんだな!? オレはおまえの心を読まないから、本当のこと言え!」
「感じないよ。大丈夫。メルシー、心配してくれて」
「おまえが心配で言ってるんじゃない」
 マノンはオレンジに抱きついた。「いいよ照れなくて」
「やめろ、ただ、おまえが死ぬとヤバいんだ。何するか予想できないヤツがいる」
「?」
「さ、まずはこの川をたどって海へ行こう。レイラインへ出られるはずだ」