ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第11輪 静寂のサンタ界

サンタ界に来たら絶対に来るのがサンダース。
ビュッシュ・ド・ノエルもおいしいけど、
この店のラズベリーケーキが最っ高に美味しいの!

ラベンダー

 

マイナスサンタ

 

 オレンジと三太とマノンの三人は、陽の光がまったく届かないほど地下深くまでやってきた。いまマノンは、オレンジの体から出るわずかな明かりを頼りに下へ飛んでいた。地下へ入って、かれこれ2時間は経っている。
 先はどこを見ても真っ暗で何も見えない、オレンジの鼻を信じるほかない。オレンジも三太もいつどこで襲ってくるかわからない敵に神経を張り詰めていた。
 ニワトリの体を動かすことに段々慣れてきたマノンは、頭の中で状況を確認する。思い返すと、この数時間でいろんなことがあった。
 ラベンダーが帰ってきたと思い部屋に入ったら本物のサンタがいて、サンタの現実を教えられ、学校のみんなより早く大人にさせられたこと。サンタの世界がなくなったかもしれないこと。もしかしたら人間界の危機かもしれないこと。
 さまざまな感情がマノンの中で目まぐるしく動きまわる。
 マノンが生まれたのは世界大戦が始まった頃だったが、乳飲み子ながらに感じた世界の殺気だった空気を、いまでもおぼろげに覚えていた。4歳になる頃にはすでに人間以外のものと話すようになっており、見えない彼らがしてくれたおとぎ話が世界大戦についてだったと知ったのは、ずっと後になってからだ。
 誰かと誰かが争うのは、空気を通してでも感じたくない。そのために自分にできることは、がむしゃらに行動することだけだった。本を読んだり、精霊と話したり、ガトフォセの手伝いをしたり。勉強だってがんばってはいるが、勉強で戦争は止められない。周りの人を助けようとしたって女子供と馬鹿にされ、いまの自分にはできないことばかりで悔しかった。
 いまだって、ようやく地球のための手伝いができるチャンスがまわってきたと思ったら、オレンジと三太に現実を諭され打ちのめされて。自分の能力をアピールするどころか力不足を痛感した。

 ――お荷物になってる

 ラベンダーは自信を持てといつも言うが、ムリだ。自信なんか持てない。
 あのサンタの言うとおり、わたしは何もできないかもしれない。オレンジみたいに匂いに敏感なわけでもないし、ズル賢くもない。アピールできることと言えば、あのサンタみたいに必死なことぐらいだ。もう戦争は嫌だ――
 そこでマノンは考えるのをやめて、体を動かすことに集中した。このふたりに自分の思っていることを読まれたら……たまらない。
いまは飛ぶことに集中しよう。
 真っ暗闇の中、自分たちがいまどこにいるかもわからないままマノンと三太はオレンジについていった。どれぐらい飛んだだろうか。やがて灰色の霧が出てきて、黒くどろどろした世界が徐々に明るくなっていく。
「マイナデスコールの悪臭がひどい。気分は大丈夫か?」
 先頭を飛ぶオレンジが訊いてきた。
「うぇ、吐きそう」
「そんなに? わたしはちょっとだけ」具合の悪そうな三太にマノンは顔をしかめた。「こういうのって、人間のわたしのほうが具合が悪くなるんじゃないの?」
 憐れみの目で三太を見たオレンジは、香りを出しながら答える。「体の強い弱いだけで考えたらそうかもな」気分を少し楽にすることはできても、気をまぎらわせることが精いっぱいだろう。マイナデスコールの濃度が高い。「非物質界で生きてるやつは敏感だから、核エネルギーや他のネガティブなエネルギーの影響をモロに喰らっちまう。その点、肉体が本体として機能してる人間はニブい。いまおまえは本体が別にあるから影響を受けにくいんだ。タバコの副流煙とか、100ベクレルの食べ物だと思えばいい」
「……それってつまり、ヤバいってことだよね? オレンジ?」
「これから世界ひとつ救おうってんだ、健康なんか気にすんな」
「お肌の問題は別よ! 肉体にも影響あったらどうしよう!?」
「……これぐらいならおそらく問題ない、気にすんな」
「すごく具合悪くなってきた、わたしも吐いちゃいそう」
「オレにかまってほしいから演技してるのか?」
「ぃい!」マノンはうなった。「わかるでしょ、本当に辛いの、香りちょうだい!」
「わかったわかった」やれやれと苦笑しながらも、オレンジは自分の香りと念でベールを作ると、マノンと三太の体をそれぞれ包んであげた。「真夏の紫外線を防ごうとするようなもんだ。サンタ界へ行けば、あまり効果は期待できないだろう」
「それでもだいぶ助かったわ、ありがとう!」
「……ぼくはまだ、吐きそうなんだけど」
 オレンジはマノンだけを視界に入れると、ふたたび翼をはためかせ、灰色の霧の中を下へ飛んでいった。

 花とサンタと人間の奇妙な組み合わせは、サンタ界を目指す。
 何があるかは神のみぞ知る。

 灰色の霧からやっと抜けると、そこには空が広がっていた。地底へ向かっていたはずなのに上空に出たのでマノンは驚いた。マノンが霧だと思っていたのはどうやら雲だったようだ。
 あまり眺めが良いとは言えなかった。
 太陽の存在はまったく感じられず、ぶ厚い雲に空が覆われているのにどこから光が来るのか、夕焼け色に赤く染まる不気味な世界があった。黒くとがった山々に、高く細く響いた何かの鳴き声。ゴツゴツとした岩が目立つ荒野にヒトの気配はないが、代わりに何かが潜んでいそうな雰囲気がただよっている。
 見えない何かが。
「オレンジ、ここはゲヘナ(地獄)なの?」
「そうと言えばそうだし、そうじゃないとも言えるな。ゲヘナの定義も人間とオレたちではちがうし。魔界の一種でいいんじゃないか?」
「魔界……」
「よくないものの溜まり場だな」
「あ!」突然声をあげた三太に驚きマノンは気管にツバが入ってむせた。「オレンジ、サンタ界だ! やっぱりあったんだよ!」
「どこだ?」オレンジは霊視してみるが、荒れ果てた大地が広がるばかりだ。
「消滅してなかった……みんなは生きてるんだ! うぁぁぁぁぁ」
「あ、バカ、ひとりで行くな!」
 ひとり荒野を飛んでいく三太だが、オレンジには三太がどこへ向かおうとしているのかわからなかった。オレンジが視た限りでは、サンタ界なんてどこにもない。もしや三太は、とうとうストレスでおかしくなってしまったのだろうか。
「おい! 三太、止まれ、サンタ界なんてどこにもないぞ!」
 しかし三太にオレンジの声は届かなかった。
三太を追いかけて飛ぶオレンジを、だいぶ遅れてマノンが追いかける。
 置いてけぼりにしないで! そう叫びたくてもマノンは声が出なかった。長時間の慣れない飛行で声も出ないほど疲れているのに、ふたりはマノンなど眼中にないかのようにどんどん先へ行ってしまうのだ。
それもこんな得体の知れない世界で。
マノンは泣きたくなった。怖いと思った。
とりあえず、必死に翼を動かし飛ぶしかなかった。
マノンがふたりに追いついたとき、オレンジと三太はもめていた。
オレンジが怒鳴る。
「だからどこにサンタ界があるんだ、マイナデスコールを吸いすぎて幻覚を見てるんじゃないか?」
「なに言ってる! あそこにあるだろ!? おかしいのはおまえだ」
「ひとりで行動すんじゃねえ! 次元地図にも乗ってねえ未確認の世界だぞ」
「わかってる! でもサンタ界があったんだ、行かなきゃ」
「どこまで行っても荒野しかないぞ!」
 マノンはこのふたりと一緒にいるのがイヤになってきた。
「ねえ、サンタ界ってどこ?」
「ほら、マノンだって見えない! オレだって視えないぞ」
「――……あ、ごめん、言うの忘れてた。たぶんね、いまは緊急時用の結界が作動してて、サンタ以外には視えないようになってるのだ。ちょっと待ってて」
「それを早く言えよ」
「ごめん! 忘れてたの」

 息を深く胸に入れると、ハヤブサは軽やかな声で歌いはじめた。

「いい子のために、いい子のために
 出てこい出てこい靴下の中、私にくれた贈り物
 いつかあなたが来なくとも、だれかにあげられますように
 わたしがあなたになるように
『迷い仔の目印』の名において命ず――姿を現せ」

 キィンと、頭に響く高い音が鳴る

 オレンジとマノンは目を疑った。
 殺風景な荒地の中、自分たちの眼下にいきなり西洋風の城と雪で白く染まった森が出現したからだ。トナカイのシンボルが描かれた城の旗は、ここがサンタ界であることを示していた。
 マノンは驚くあまり息をするのも忘れた。
 もともと霊感が強いこともあり、人が経験しないようなことはいつも体験しているが――現にこうして幽体離脱して、オレンジの霊とサンタと一緒にいるし――世界がひとつ目の前に現れる様を見るのは、なんと言っていいのだろう。
 ただ残念なことに、サンタ界は怖くて不気味だった。呪われた遊園地がいきなり目の前に現れたようで、マノンはかなりショックだった。ホラー映画みたい。これがもっときれいだったら、人間界では決して味わうことのないマジックショーを見ているようで、感動したのに。
 サンタの世界って不気味だとマノンは思った。
どうしてサンタは人の夢を壊すんだろう? とマノンは思った。
 イメージとちがう…………でも、がんばって救わなきゃ……何をすればいいのかもわからないけど。わたしに何ができるんだろう? あるのは勢いだけだ。
 すると、まるでマノンの心を読んだかのように三太が答えた。
「ぼくは君の心を読んでないけど、考えてることはわかるよ。誤解しないでね、次元の高い場所から低い場所に堕ちたから、形がどうしても変わっちゃうんだよ。本当はもっといいところだから」
「でも、意外と小さいね。世界って言うぐらいだから、もっと大きいものだと思ってた」
「本当はもっと大きいさ、低次元に合わせて小さくなったんだと思う」
「まるで国みたい」
 オレンジは、とうとう息子が夢を叶えた瞬間の、親のような気持ちになっていた。
「三太……おまえは正しかった。サンタ界はあったんだな」
「うん」
「結果としてサンタ界はあった。だとしたら――主要世界とゼンマイ仕掛けの騎士団に救援を要請しよう」
「しつこいぞ」
「オレの考えは変わらん! おまえを説得し続ける」
「誰が根で至上主義者と繋がってるかわからない以上、内部に入りこまれてうっかり情報を盗まれでもしたら大変だ! それこそヤツらの思うつぼ!」
 オレンジは頭を悩ませた。三太の言っていることも正しい。だが、世界が丸ごと低次元まで堕とされるという非常事態なのに、そんな悠長なことを言っている場合なのだろうか。
そもそも堕ちた世界って、元の次元に戻せるのだろうか?
 オレンジが黙ったことをいいことに、三太は気分をよくしていた。
「形はけっこう変わったけど、サンタ界がなくなってないんだから、きっとみんなも無事だよ。救援なんかなくても――あ! ほら!!」
 三太の視線の先では、赤い服を着たサンタたちが森の中を歩いていた。仲間を見つけて喜んだ三太はハヤブサらしくサッと飛んで行ってしまった。
 オレンジは少しだけ安心した。非常事態ではあるものの、サンタ界は存続していたし、こうしていまサンタの生存も確認できた。危険だと思ったのは自分の思い過ごしかもしれない。三太の言うとおり、サンタは地球人類の未来と関わる重要な役目を担っている。世界機密が下手に漏れてしまえばそれこそ危ない。
 あとはサンタ界の代表と各世界の代表がバランスを取り合うだろう。
 どっちにしろ礼名契約を結んだ時点で、自分に救援要請は難しい。
 訳も言わずにとにかく来てくれと電話したって、誰も来ないだろう。そもそも電話すら礼名契約の効力により阻まれる。仮に通話できたとして、もしかしたらジジイなら、信用してくれるかもしれないが……。
 だが、やめておこう。サンタ界は大丈夫そうだ。あとの判断はサンタ共に任せよう。
 オレンジは三太を見た。十数名ほどのサンタの集団に、子供姿の三太が元気よく飛びこんで話しかけている。つい数時間前まで、跡形もなく消滅しちまったと思ってたんだもんな。それでも現実を受け入れられずにあるあると騒いだりして。結果、サンタ界はあった。オレンジは急に三太のことがかわいく思えてきた。
 仲間にふたたび会うことができて、本当に三太は嬉しそうだ。
「ねえオレンジ」
 後ろからマノンに声をかけられ、オレンジは振り向いた。
「オレンジはサンタ界って行ったことあるの?」
「いや、ないな。観光できる場所もあるが、サンタ界は他の世界と比べても特に警備が厳しいんだ。用もないのにそうそう行ける場所じゃない」
「へ~、本当はどんなところなんだろう?」
「行ってみたいのか?」
「だってさ、ワクワクしない? この風景見たときは、ラベンダーから聞いたイメージと違うからビックリしちゃったけど、本当はもっとステキな場所なんでしょ?」
「もし時間ができたら、今度連れてってやろうか?」
「ホントに!? ありがとう!!」
 ニワトリ姿のまま抱きついてくるマノンにコンゴウインコは困ってしまった。
 ニワトリのふさもふ感が、心を満たしてくる。
 オレンジは心がムズがゆくなるのを感じながら「ほら、暑いから離れろ」と言った。
「でもさ~あ、高い次元から低い次元に来ると、なんで形って変わるの?」
「ああ、それはな、高い次元にあった物質が低い次元に来ると、性質が変わったり存在できなくなったりするからだ。おおざっぱに言えばな」
「へえ~! でもわたしたちは変わらないのにね、不思議」
「それは……」
 オレンジの思考の中に何かが芽生えた。
タバコのようにモヤっとしていて、うまく形にならない不快な気持ち。
「オレが香りでおまえの体を守ってるからな――」
 サンタ界は、以前見た景色とはかなり違う。ホラーゲームに出てくるような不気味さをただよわせている。観覧車やジェットコースターもあるし、まるで閉鎖して低級霊の住みかになった呪われた遊園地みたいだった。サンタ界自体の周波数が下がってこの次元にいるんだから、じゃあ――中にいるヒトは……?
「イヤな予感がするな」

 オレンジが三太のほうを振り向いたとき、三太は襲われていた。
「うぁぁぁあぁぁああ!!?」