ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第4輪 サンタの現実

私が子供だったら、アンタにだけはプレゼントの配達はやめてほしい。だって、ミスしそうだもん 

 ラベンダー

 

スーツ姿のサンタ

 

「は、っは、開いた……」
 マノンがやっとのことでドアを開けると、部屋の中にはオレンジとスーツを着た知らない男が立っていた。ラベンダーはどこだろう? どうしてこのふたりがラベンダーの部屋にいるんだろう? 大好きなラベンダーの清らかな香りはするのに、肝心のラベンダーが見当たらない。マノンはがっかりした。久しぶりに会えると思ったのに。
「どうやって開けたんだ!?」
 驚いた様子で尋ねたのはオレンジだった。マノンにはオレンジの質問の意味がわかっていた。人間なのに、どうして念力で封じられたドアを開けられたのかと聞いているのだろう。しかし、マノンはとぼけることにした。本当のことを言ってしまえば、ラベンダーとの約束を破ってしまう。
「がんばったら開いた」
「がんばったらって――がんばって開くものじゃないぞ」
「えーと、ドアに何かしたの? なかなか開かなかったけど」オレンジの鋭い視線から、このままではまずいと感じたマノンは話題を変えることにした。
「ねえ、ラベンダーは? オレンジはここで何やってるの?」
「オレはな――ちょっとこのヒト、ラベンダーの知り合いと仕事の話をしてたんだ」
「だれなの?」
「えーと、ペール・ノエル(クリスマスおじさん)だ」
「おい、言うなよ」スーツを着た男がオレンジをにらんだ。
「これぐらい別にいいだろ」
「え、クリスマスおじさん!?」マノンは驚いた。
「そうだぞ。こいつがあの超世界的有名人、クリスマスおじさんだぞ!」
「やめてくれよ」
 クリスマスおじさんと言われた男は顔を赤らめながらも、まんざらでもなさそうだった。
 しかし、次のマノンの言葉を聞いてクリスマスおじさんは顔をしかめる。
「うっふふふ、からかうのはやめてよ。そのヒトがクリスマスおじさんなわけないでしょ」
「お嬢さん、どうしてそう思うんだい?」
「だって赤い服着てないし、そもそも年が若いわ。本物のクリスマスおじさんだったら、もっと年がいってるはずよ」
「ぷ、っくくくくハッハッハッハッハ、これは傑作だ!!」オレンジの笑い声を聞いたクリスマスおじさんは、さっきとは別の種類の赤い顔になった。「その赤さなら、今度はクリスマスおじさんだと思われるだろうぜ」
「うっせーよ!」
 ぽかんとしているマノンにクリスマスおじさんはムリヤリ笑顔を作った。
「い、いいかいお嬢さん、サンタだって――クリスマスおじさんってフランス人は呼ぶけど、ぼくらは非物質界じゃサンタって呼ばれてるんだ。ぼくらは、いつもあんな赤い服を着てるわけじゃない。それに赤い服というのは人間の勝手なイメージで、ヒトによっていろんな色の服を着てるよ」
「そうなんだ~!」マノンは本物のサンタから直にサンタの話が聞けて、うれしかった。
「そもそも、これは出会った霊能力者全員に言ってることなんだけど、サンタだっていっぱいいるんだから、年だって若いヒトから年配の方までいっぱいいるよ」
「そうだったんだ」マノンの表情に影が差し、くもる。
「それにさ、みんなクリスマスにプレゼントされるとか思ってるケド、クリスマスっていうのはあくまで人間が勝手に作ったイベントであって、その前から霊界から君たちにプレゼントを届けてるんだよね。クリスマス当日の――しかも子供たちが夜眠っている間に地球中にプレゼントを届けろって言うんだったら、相当なブラック企業だよ? ぼくだったら労働基準法違反で訴えるね」
「……………………………………………」
 赤髪の少女は口を堅く結んでいる。うなだれて、瞳は真っ暗だ。微動だにしない。
「子供の夢を壊すサンタって、最低だな」オレンジはマノンの肩を叩いて同情した。
「ごめん、そんなつもりじゃ……ただ、本当のサンタを知ってもらいたくて」
 三太の耳に聞き取れるぎりぎりの音量で、消え入るように、それはつぶやかれた。

 ――クリスマスおじさんなんてダイッキライ

停止した機械のように動かなくなった三太にオレンジは油をさした。
「おい、まだ時間はあるのか? めんどうごとはとっとと終わらしちまおうぜ」
 三太はハッとした。自分がなぜここに来たのかを思い出し慌て始める。
「あ、ああ、そうだった」
「サンタ界が大変って、どういう意味なんだ?」
「実は、サンタ界のあった空間がなくなっているんだ」
「空間がなくなってる? どういうことだ?」
「それがわからないから困っているんだ。俺が別件から帰ってきてサンタ界に戻ろうとしたら、あるはずの場所にサンタ界がなかったんだ! 消滅……したのかもしれない」
「みんなおまえのことが嫌いだから、引っ越しちまったんじゃないか?」
「そんなことはない!」
「簡単に言うと、世界がまるごとなくなっちまったってことか……。だが、そんな話は聞いたこともないぞ」
「だけど、本当なんだ。詳しくは話せないけど、サンタ界はいま本当に忙しくて、大事な時期なんだ。もしかしたら、だれかのしわざかもしれない」
「だれがそんなことするんだ?」
「サンタ界が潰れてよろこぶ連中なんて、腐るほどいるだろ――」
 そこまで言いかけて三太は涙を流した。自分の言葉に、胸がしめつけられてしまったのだ。
 もしサンタ界が潰れて跡形もなくなっていたら――。そのことを考えただけで、ゾッとする。誰かを助ける立場のはずの自分が、泣いてしまうとはみっともない。いままで真面目に業務に取り組んできたベテランサンタの三太は、恥ずかしさと悔しさで涙が止まらなくなっていた。
 しかし、三太に一筋の光明が差す。
「大丈夫ですか? わたしでよかったら力になりますよ」
 聖母マリアが助けに来てくれたように三太は感じた。差し出されたタオルはまるで、慈愛でできているようだ。タオルを顔につけると、ラベンダーの匂いがした。このタオルはラベンダーの私物だろう。なつかしい匂いだ。長い歴史の中で、ラベンダーとのいろんな思い出がよみがえってきた。気分がだいぶ落ち着いてきて、勇気とエネルギーが体の中からわき出てくる。
「ありがと――……」そして冷静になったひとりのサンタは、自分のミスに気がつくのだった。……タオルに顔をうずめたまま、静かな声で三太はつぶやいた。「オレンジ……」
「どうした?」
「いま、この部屋には誰がいる?」
 オレンジはニヤニヤしながら、もったいつけて答えた。
「オレと、おまえと、マリア様みたいに優しい女の子がいるな」
「……何てことをしてくれたんだおまえは!!」
「べらべらと勝手にしゃべったのはおまえだろ! ヒトのせいにすんなよ」
「ま、まあいい、どうせ聞いたって理解できないだろう」
 三太のそでをマリア様みたいに優しい女の子はひっぱった。
「あの、ラベンダーから聞いたんですけど、人間がこれからの人生で必要なものを、霊界の世界で間接的に届けてるんですよね? もしその、サンタ界? ――っていうのがなくなってるんだったら、それって……その、ヤバくないですか? これからプレゼントが届かなかったら…………」
 まさかラベンダーからサンタについて聞いているとは思わず、マノンがひとことひとことしゃべるたびに、三太はどんどん顔を青くしていった。マノンがどれぐらいサンタの事情を知っているかはわからないが、サンタ界以外の精霊にも、サンタのことをむやみに人間にしゃべらないよう通告するべきだったと後悔した。ラベンダー……君って花は……。
「君は何も心配しなくていい、安心したまえ! なに、ちょっとしたトラブルだよ、ハハハ! 人生にはつきものだろ? 私とそこのオレンジさんとで解決できる問題だから、クリスマスには間に合うよ。それと、いま聞いた話は誰にも言ってはいけない。もし知れ渡れば混乱が起きて、本当にクリスマスどころじゃなくなるからね」
 マノンの両肩をつかんで早口でそう言うと、三太はオレンジの腕をつかんで走りだす。
「さあ行くぞオレンジくん、出発だァ!」
 オレンジが口外しないと誓った秘密がバレてしまったからか、三太のテンションは変だった。
「ちょっと待ってください、わたしも連れて行ってください」
「いや、ダメだ」
「どうして!」
「君は人間だ。そもそも霊界に来ることはできない」
 マノンにはいまの三太の言葉がウソだとわかっていた。なので、三太のことを試してみることにした。すでに非物質界に行く技能を習得していたマノンだが、このサンタが非物質界へ行く方法を教えてもいいと思うほど、自分の霊能力は高いものなのかどうか試したかった。
「ウソ! あなたほどの精霊だったら、人間が霊界に行く方法も知っているんでしょう?」
「危険だからダメだと言ってるんだ!」
「確かに危険かもしれないけど、役立てることだってあるはずだわ。人間だから――女の子だから弱いと決めつけてるんでしょう! わたしだって霊能力者よ! そこらへんの悪霊なら追い払うことができるし、さっきだってあの念力がかけられたドアを開けることができたわ。お願い、クリスマスおじさんの世界が大変なんでしょ? わたしにも手伝わせて。きっと役に立つわ」
「ほう、なぜあれが念力だとわかったんだ?」
 オレンジは怒鳴ろうとする三太を手で制し、真剣な声音でマノンに問い詰めた。
「そ、それは……」
「マノン、おまえ――」
 しかし三太が割って入ってきた。
「念力を破ってドアを開けられたぐらいなんだ! そんなこと誰だってできる。この件はね、君には関係がないの。子供は子供らしく宿題でもやって、クリスマスを待ってなさい!」
 険しい顔でピシャリと言い放つとサンタはオレンジの手を引っ張って行った。
「お、おい、いまのは言い過ぎだ」
 オレンジが背中越しに見たマノンは、顔をぐしゃぐしゃにして赤く泣いていた。オレンジはマノンのところへ戻ろうとしたが、三太はこれ以上話し合ってもらちが明かないとばかりにオレンジを引っ張り、絵画の前に立つ。絵画は三太が部屋にやってきた時と変わらず、雪道の絵だった。
 絵画のポータルに入る三太とオレンジの背中に、悲痛な叫びが突き刺さる。
「関係ないことなんかないわ!」