ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第13輪 ペパーミント

ねえ君たち、その話くわしく教えてくれない?
ぼくのおじいさまが、本物のハーデスじゃないって?

 ペパーミント

 

ペパーミント 

 

「どうしてここにいるかだって? フム、それはぼくのセリフだよ」ペパーミントはあごに手を当て、いかにも考えてるという仕草をした。落ち着きはらっている。「ぼくはおじいさまとサンタ祭に招待されててね、サンタ界の視察も兼ねて来てたんだ。そしたらこのザマさ」
「待て、冥王が来てるのか!?」
「はぐれてしまったケドね。これは重大な界際問題だよ。ぼくは自分の香りで防いじゃいるが、サンタたちはみんなマイナデスコールにやられ、正気を失ってる。ゾンビみたいだった」
「なあ、事件当初からサンタ界にいたんなら、敵の正体を知ってるか? 敵は冥王が来ることも知ってたのか?」
「残念だけどわからない。覚えてるのは、おじいさまとあそこに見える世界樹の管制室で、プレゼントの配送状況をモニターで見ていたことさ。外で大きな爆発が起こって、とっさに香りで防がなきゃぼくもサンタみたいになっていた。で、気づけばいまここ」仰々しく指で地面を指す。
 まるで昼下がりに咲いたカモミールみたいに優雅というか、マイペースというか、ペパーミントはそんな感じだった。

(オレがペパーと出会ったのは、18世紀のUKでのことだ。……? あぁ、すまん、イングランドって言ったほうがわかりやすいか? 
 ナポ公と別れたオレは、当時のイングランドで精霊として華々しいメジャーデビューを飾り、ブイブイ言わせていた。オレの活躍のおかげでUKは太陽の沈まない国とまで謳われ、そりゃあもう女にモテモテだった。ま、それもあの女が出てくるまでの話だが)

 ペパーミントが手をかざすと、オレの体の周波数は安定し、傷が癒えて動けるまでに体力が回復した。オレをヒーリングし終えたペパーミントは、続いて三太をヒーリングする。
「こっちはひどいな、オレンジの香りをまとってなかったら、即死でもおかしくない。薬を塗って、包帯も巻かなきゃ」
 テキパキと作業するペパーミントの香りを、オレはとなりで楽しんだ。
「しかし、まさかおまえとこんなとこで会うとは」
「驚いたのはぼくさ。サンタから逃げてたら、いきなり大爆発が起こったんだから。来てみれば君がいるじゃないか、サンタ祭に呼ばれてたの?」
「いや、オレたちはちがう、ングッ! サンっタぐががッ――」口がムリヤリ閉じようとする。
「?」
「すまんな、訳があって、どうして来たかは言えない」
「どーせラベンダーとデートで来てたんだろ?」ペパーミントは笑った。
「ちがう!! さっきそこのサンタに連れて来られたんだ」
「へぇ。でも君がいるってことは、アロマ連合も来るんだよね、助かった」
「……」
「イヤな顔してるね」
「連合は来ないし、事態も知らない。ここにいるのは、オレと三太と――マノン!」
「大丈夫。おーい、おいで!」
 すると、ペパーミントの後方、木のかげからマノンがひょこんと出てきた。
「マノン!」
「元気? オレンジ」

 少し前――……目が覚めるとマノンは、お姫様だっこされていた。知らないヒトに。
「やあ、お目覚めかい?」
 ……――え? なに?
「ぼくも疲れちゃった、降ろすから自分で歩いて」
 マノンは状況が理解できなくて、何も言えなかった。
男はなおもしゃべり続ける。
「驚いたよ、まさかマノンちゃんがいるなんて。久しぶりだね、なんでこんなところにいるの? ラベンダーやオレンジも来てるの?」
「あの、あなたは誰ですか? わたしを、知ってるんですか?」
「えェ!? あんなにいっぱい遊んだじゃないか、どうして忘れちゃったんだよ」
「えっと、ごめんなさい」
「ほら、この香り、覚えてない?」男の言うとおり、確かにこの香りには覚えがあった。しかし、いまいち思い出せない。「あーあ、人間ってすぐ忘れちゃうんだね、ひどいなあ」
 カチンときたマノンは躍起になった。記憶の海を手当たり次第に探す。香りがするということは、花の精霊だ。それに、この香りの精油をお店で嗅いだことがある。三次元の香りとはだいぶちがうが、おそらくあの花だ。
「ペパーミントさん?」
 声に出した瞬間、マノンの脳裏に忘れていた記憶がよみがえる。
この整った凛々しい顔立ち、さわやかで、リフレッシュさせてくれる新鮮な緑の香り。小さい頃、よく遊んでくれたヒトだ。心が騒ぐ。どうして忘れていたんだろう?
「本当に、ペパーなの?」
「なんだ、覚えてるじゃない」
「あなた、だって、いままで何やってたの?」マノンの声はふるえていた。
「積もる話もあるけど、それはあと――」
「ずっと、ずっと会いたかった! だってあんなに楽しくしてたのに、いきなりいなくなって、それで――」マノンはたまらずペパーミントに抱きついた。ぺパ―ミントはマノンの両肩をつかみ距離を取ると、目を合わせた。
「あのとき君は、年齢以上に霊感が強かった。見えなくていいものまで視ていて、体への負担が大きかったんだ。マノンちゃんの霊能力を抑えるには、こっちの次元と必要以上に関わらないほうが良かったんだよ」
「わたし、いままであなたのことをすっかり忘れてた……」
「忘れるように仕向けたからね。思い出させるためにさっきはあんな言い方したけど」
 ふたりの間に気まずい空気が流れる。マノンは昔のように触れあいたくても、やり方を忘れたように、どうしていいかわからなかった。
そんなマノンを見かねてか、ペパーミントは優しく微笑んだ。
「行こっか。また会えたんだから、早くここから出ないとね」
 ……――そしてマノンは、オレンジと合流した。

「無事だったか!」
「急いでここを離れよう。マイナスサンタは刺激に敏感だ、いまの騒ぎで集まってくる」
「――マノン?」
 マノンはやたらともじもじしていて、落ち着きがなかった。
「マイナデスコールにやられ、堕ちて魔獣になってたんだ。それが恥ずかしいみたい」
 マノンはハッとした表情になる。
「やめろペパー、こいつ何言ってんの? って思ってるぞ。これでも年頃の女だ、そういうことは秘密にしておくべきだ」
 オレは悪ノリした。
「大変だオレンジ、周波数が下がってる、まだマイナデスコールの影響が残ってるんだ」
 ペパーも乗っかってくる。
「いや、それにしてはおかしい、体温は下がるどころか上がってる、これはひょっとして、恥ずかしがってるんだ!」
「最ッ低! 最低最低最低最低!! っ~!! 勝手に人の心を読まないで、ペパー!」
「そんなこと言ったって、ねえオレンジ?」
「すまんがマノン、オレたちは霊なんだ。がんばらない限り、心の情報が入ってくる」
「がんばれよ!」
「メンドくさい」
「わたしには読めないもん!」
「そりゃだって、閉心術を使ってるからな」
「なにそれ、ずるい!」
「ラベンダーに教えてもらえよ」
「いけないことだってさっき怒ったじゃない!」
 包帯を巻き終わったペパーミントが、マノンをフォローする。
「ごめんごめん、人間と霊じゃ文化がちがうから、許して。お互いの心を読める分、距離が近かったりするから」とか言ってるが、ペパーも内心では、かなりおもしろがっていた。こいつもなかなか根が悪い。
 昔はよくこうやってふざけあったもんだ。道行く町娘にアテレコして楽しんだり、龍の巣に爆弾を詰めて、界際問題にまで発展したり。ペパーも久しぶりにオレと会ったもんだから、ついやっちまったんだろう。
 人間界の通信速度の発達にともない、霊界も忙しくなった。
オレもペパーも、もっと遊びたい盛りなのに。
「それにしてもマノンちゃん、成長したね。最後に遊んだときは8歳ぐらいだった」
「あのときはかわいかったよな」
「赤ちゃんの頃はもっとかわいかった。ペパーミントって言えなくて、ピーピーとかペエピーって言ってた」
「そのとき撮ったのがまだあるが、見るか?」
 オレは仕事用で使っているエアリスを展開すると、画面サイズを拡大表示した。
オレとペパーは夢中で動画を見た。

(もう一度言っておくが、仕事用だ。人間の成長を見るのも仕事のうち)

(エアリスというのは、自分の意思で空中に表示させるディスプレイのこと。
 持ち歩く必要のない携帯電話だな。魔女狩りの時代にはすでにあったらしい)

 マノンは好き勝手な花たちにうんざりしていた(オレも自覚ぐらいはある)。
 コホンとわざとらしくせき払いすると、「ねえ、大事なこと忘れてない?」と言った。これで話題を変えられたと思ってるのは腹立たしいが、もっともだ。「ここがどこだかわかってる? サンタの世界! なんとかしなきゃ、時間は限られてるのよ!!」
小娘はコメディドラマみたいに、おおげさに抑揚をつけて言うのだった。
「……すまん、つい。ちなみにおまえに残された時間は、15時間を切ってるな」
「フザけてないでちゃんとやって!」
「わかったわかった、じゃあ状況を確認するぞ。マイナデスコールの爆弾でサンタ界はこの次元まで堕ちた。サンタたちは全員マイナデスコールに侵されゾンビ状態。あとは、行方不明の冥王を探さなきゃいけないってところか?」
「ねえ、ぼくたち以外は誰も来てないの? おばさん――じゃない、ラベンダーさんは?」
「あいつはいない、ここにいるのはオレたちだけだ」
「? さっきここへ来たって言ってたけど、どうやってこの次元まで来たの?」
「マイナデスコールのニオイをたどって来たんだ。そこのサンタと礼名契約してるせいで、オレは連合にもゼンマイ仕掛けの騎士団にも連絡できない。そうだ、おまえから連合に連絡してくれ」
「できたらとっくにやってるさ、ここは圏外だよ。電波が通じるとこまで出ようかとも考えたけど、おじいさまを残しては行けない」
「現状を見る限り……サンタ界を救うのは無理だな」
「ぼくらの香りだけでサンタたちを正気に戻すなんて不可能だ。さっきのマノンちゃんぐらいだったらまだいいけど、あの泥酔状態は難しい」
「――よし! 冥王を探してこの世界を脱出しよう。それで、おまえから連合に連絡し、サンタたちの治療をする」
「サンタ界を陥れた敵がいるかもしれない、慎重に行動しよう。とはいえこのマイナデスコールの濃度、早くおじいさまを見つけないと」
「おい、起きろ」オレはミイラ姿の三太を起き上がらせる。

「むにゃ……おはよう、こんばんわ」
 オレとペパーミントは顔を見合わせた。マノンがにやける。

 

 マノンたちは、サンタがうろつく不気味な森を静かに歩いていた。
目指すは巨大な世界樹だ。
「おじいさまはまだあの中だろう。まずは管制室を目指そう。香りを持たないおじいさまは、そう遠くに移動できないはずだ」空でバケモノがうなった。「飛んで行けたら楽なんだけど、目立つからね」
子供3人の先頭を歩くペパーミントは、引率の先生のようだった。離れたところを走るサンタの群れを見ながら言った。
「やはりサンタたちは音や光に敏感だ、さっきの爆発に反応してこちらへ向かって来てる。まわり道して正解だった」
「あの世界樹は、どういうとこなんだ?」オレンジがペパーミントに聞いた。
「あのクリスマスツリーこそが、サンタ界の中心なのさ。あそこで配送を指示したり、プレゼントを作ったりしている。ソリのターミナルはすごいぞ、飛びかうソリで混雑してるのに誰もぶつからないんだ。こんな状況でなければ、MTB(ミント交通公社)クリスマスツアー〈マイナスサンタ界編〉をしてあげたいんだけど。……参加者にはもれなく何かプレゼントだ」
「きゃっ――」
「危ない!」
 転びそうになったマノンを三太が助ける。
「あ、ありがとうございます」
「気をつけて」
 何につまずいたのかマノンは気になったが、暗闇でよく見えない。
オレンジが腕時計の明かりで照らす。――トナカイの死骸だ。
「ヒェッ――!?」
 悲鳴を上げそうになったマノンはペパーミントに口をふさがれた。いい匂いがする。
「静かに、やつらに見つかる」
 三太はひざをついた。「ロー……ローケウス」肉は歯型だらけで、骨があらわになっていた。三太はトナカイの死骸をなでようとしたが、オレンジが止める。
「待て、どうなるかわかったもんじゃない」
「――……」
 三太は無表情でオレンジを見つめると、両手を組んでトナカイの幸せを祈った。
「ありがとう、来世も元気でね。死んだら故郷の星へ還るって言ってたけど、もしまた地球へ生まれたら、よろしく」三太が手を振ると、ローケウスはまぶたを閉じた。
 三太は笑顔で言った。
「ありがとうマノンちゃん。君のおかげで、友だちを見送れた。もう、急ごう」
 三太を先頭に4人はまた、歩き始める。
三太はときどき、何かを視ようと顔を動かしていた。

とうとうここまで来たんだ。マノンはふるえを押さえた。
……わたしは、自分勝手だ。情けない。
サンタ界を救うなんて意気込んでたくせに、ふるえが止まらない。
何もできないくせに、ここまで来てしまったんだ。弱いくせに。だって精霊たちに、人間のことを見返して欲しかったんだもん。人間もやればできるんだって、褒めて欲しかった。
……わたしは結局、平和のためにここへ来たんじゃない。ただ、差別されたくないだけなんだ。怖いよ、ラベンダー。ネコを助けようと木に登ったら、自分も降りられなくなったみたい。
マノンが見ているのは、さきほどオレンジから貸してもらったタイメックス社の腕時計だ。
1から12までの数字のとなりに小さく13から24の数字が書かれており、時間の概念がわかりやすい時計だ。
「あと14時間49分50秒、46秒、41秒……」
 あのギリシャ神話に登場するハーデスさんを見つけて、家にある身体に戻る。そうすれば、命の危険はない……。いや、ちがう――いまは考えるのをやめよう。情けない。
「あまり気にすんな」オレンジが笑う。
「どうしよう!? あと14時間49分しか時間がない。ハーデスさんを見つけて、見つけて――家に帰る時間も入れたら、あと数時間で見つけないと、どうしよう!?」
「落ち着け小娘。まあ、あせるな」
「どうしてあなたはそんなに落ち着いてられるの!? いつもいつもチャラチャラして、おかしいわ!」
「それがオレなんだよ、ショウガナイだろ。本来であれば、オレやペパーはこんな魔界をなんとかできる精霊じゃない。『黄金のリンゴ』とか、上のやつらに任せるべきなんだ。そもそもマイナデスコールなんて物騒なモンがただよってるのに、何の装備もないことがおかしい、あるのは香りだけだ。ちゃんと準備してから来るべきだったのに、そこのくそったれサンタのせいでこんなハメに――サンタならオレに彼女をプレゼントしやがれ!」
 ミイラ姿の三太が怒る。
「はあ!? 精霊なんだから自分でなんとかしろ、こっちは人間の赤い糸作るのに忙しいんだ! ミスがあったら天使から苦情が来るし、そもそもあいつらなんで100年で死ぬんだ!? もっと寿命が長ければ、縁結びだって楽なのに、ほいほい生まれやがって。せっかく結んだのにつまんない理由で別れんなよ!」
 マノンが叫んだ。
「ケンカはやめて、いますることは、あの世界樹へ行ってハーデスさんを見つけることでしょ!」
 三太がどなる。
「そもそも、おまえがおとなしく家にいれば!」
「――ごめんなさい」
 ペパーミントがみんなを制した。
「静かに! せっかくサンタたちがさっきの場所に引きつけられてるんだから、大声出さないで」
「すいませんペパー皇子、でも、まさかあなたがここにいるとは」
 オレンジは態度を急変させた三太をおもしろそうに見た。ペパーミントが答える。
「今回の件で警備や結界、いろいろ見直さないとね」
「そ、そうですね。あの、さきほどは助けて頂きありがとうございます」
「そんなにへりくだらなくてもいいよ。ぼくはまだ精霊として、新米もいいとこなんだから」
ペパーミントはニッコリ笑うと続けた。
「それにしても三太くん、よけいな契約を交わしてくれたね。せめてぼくたちが視察に来ることを知ってれば、礼名契約を交わさずに騎士団にも通報できたよね? これはもう君たちサンタだけの問題じゃない、冥界も関わっているし、おじいさまがいなくなれば他の世界にも影響が出るっていうのは、わかってるよね?」
「……………………」三太は黙りこんだ。
「冗談だよ。予言書データが奪われれば人間界が危ないってことは、ぼくもわかってるから。君には君の考えと立場があった、それだけさ」三太はうつむいている。「気にしないで」
「……せめてデータのバックアップを取って、消去できればいいんだけど、ぼくはそういうのは詳しくないから……。サンタ界がどんな状況かもわからない以上、ヘタに救援を呼んで介入されても困るし、ちゃんと状況を確認してからでも呼ぶのは遅くないと思ったんだ」
 ペパーミントはかがみ、三太と目線を合わせる。
「君の意見を聞こう。この状況、どう思う?」
「――もう最悪です、予言書にこだわってる場合じゃない。冥王さまを救出して、一刻も早く助けを呼ばないと、みんなの魂が危ない。みんなは、助かると思いますか?」
「冥界でもマイナデスコールの研究をしていてね、ぼくの香りが実はかなり有効なんだ」
「そうなのか!?」オレンジは驚いた。「そんな話、初めて聞いたぞ」
「だって秘密にしないと、悪用する馬花がいるだろ? あ、これ世界機密だから内緒ね」ペパーミントはわざとらしく笑った。手を振って、自分の香りをフワっと響かせる。「だからぼくの周りにいれば、君たちも少しは安全ってわけ。オレンジ、君の香りは微妙だ」
「失礼だぞ!」
「だって君の香りは活性タイプだろ? ぼくやおばさんみたいに鎮静タイプじゃない。今回はおとなしく、ぼくの匂いを吸っていればいい」
「お、の、れ――誰に向かってそんな口聞いてるんだ!」
「おやぁ? 君こそアロマ連合のナイトなのに、ぼくにそんな口聞いていいのかな? ぼくはあの冥王と――」ペパーミントはオレンジに対しては、かなりおどけていた。

 このヒトたちは、どうしてこんなに楽しそうなんだろう?
マノンには理解できなかった。ふつうなら考えられない、ありえない。さっきだってペパーが来なければ、わたしたちは死んでいたのに。あんな恐ろしいクリスマス野郎がいっぱいいるのに。ハーデスさんを見つけられずに死んじゃうかもしれないのに。マイナデスコールに侵されて、わたしたちもああなっちゃうかもしれないのに。どうして笑っていられるの? 人間と霊じゃ、やっぱり文化や価値観がちがうから?
……でも、この花たちを見てると、匂いを嗅いでると、心が、ちょっと、ラク。
ラベンダー、オレンジ、ペパーミント。花の精霊って、みんな自分勝手で、みんなすてきで。ありえないヒトばっか。死ぬかもしれないのに、変なヒトたち。
ちょっとだけど、勇気が出たわ。せめて足手まといにならないように――

「そもそもUKでのあれは、君のせいじゃないか!」
「なに言ってんだ、オレがいなかったらおまえは枯れてた! あそこでオレがギャラルホルンを吹かなかったら、どうなってたか!」
「あのヘタクソな演奏のせいでぼくは!?」
「ふたりとも、声がでかい。頼むから、静かにしてくれ、みんなに気づかれる」
「ヒッ――お、オレンジ……」
 しぼり出した声はかすれて、届かなかった。言い争いに夢中のオレンジたちは、マノンを置いてどんどん離れていく。マノンは青ざめた。必死で声を出す。
「待って……オレンジ!!」

 

「どうした?」
 オレが後ろを振り返れば、マノンは離れたところで立ち止まっていた。何やってんだ?
 下を指さすマノン、その指の先には手があった。地面から生え、マノンの白い足首をつかんでいる。
「……」真っ青なマノンは、顔で助けてと言っていた。
 動くなよ、小声で言ったオレは恐る恐る手をつかみ離そうとするが、力が強くてどうにもできない。
(助けて)マノンは陸に上がったコイみたいに口をパクパクさせている。
「うっ――ん!」オレはやっとの思いで引き離した。「先を急ぐぞ」ズボっ。「うッ――」
 足にイヤな感触が走った。見ると、オレの両足が土まみれの手にガッシリつかまれてる。
「!」
 オレの両足の間から皮膚がボロボロの顔が出てきた。目が合っちまった。
「ボ、ボンジュール……?」
「キャァァアアァアアァァァアアァァアア!! キャ、キャュ、キャァアアァ」
 サンタの叫びを合図に、地面から次々と手が出てきて道を覆い尽くし始めた。
「うぁあ!?」
「走れェ!」ペパーミントが叫んだ。
「おまえのことは忘れない」あのサンタはあとでぶつ。
「おい、逃げんな!!」マノンの手をつかんだが――「離れて、離して!」振りほどかれた。なんて薄情なヤツ。
「おい、 おい、おぉぉい!」
 あろうことか、仲間たちはオレを見捨てて逃げやがった。ふざけんな、危険をかえりみず頑張ったオレにこの仕打ち、覚えてろよ! タダでは枯れん、最悪サンタ共全員燃やして大爆発だ!!