ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第14輪 サンタランド

ラベンダー、マノンを助けてくれ、お願いだ

ガトフォセ

 

稲妻と観覧車

 

マノンが後ろを振り返れば、走ったところから手がたくさん生えてきて、波のように追ってくる。筋肉質な手、骨と皮ばかりの手、指の欠けた手。赤黒くえぐれた手。
「前見て、オレンジなら大丈夫!」
ペパーミントの言うとおりにすると、前からも手が生えてきており、すでに体を半分まで出したサンタがいた。血だらけの顔で、皮はめくれている。
「なん、で――こんな、みんな」三太がうろたえる。
「三太くん、こらえて」マノンは三太の手をひっぱった。
 マノンが後ろを振り返れば、さっきよりも勢いを増した手が生えながらドミノ倒しのように迫ってきていた。必死で走らなければ、追いつかれる!
 どうやって切り抜ければいい? サンタ界に来るのに体力を使ってしまい、もうヘトヘトだ。
マノンはかなりあせった。頭がもう、働かない。後ろからは逃げないといけないし、前から生えてくる手や、出てきたサンタもかわさないといけない、息が苦しい、お腹が痛い。
あの手に追いつかれるのも時間の問題だわッ――!?
手にぶつかって転びそうになったが、ペパーミントがフォローしてくれたおかげで、マノンはなんとか態勢を立て直した。だが、道の両脇に手が並び始めた。手の列はマノンたちを追い越したかと思うと、だんだんと幅を狭めてきた。
「急いで! 森を抜ければなんとかなる、あと少しだ」
 ペパーは大人だ、早く逃げようと思えば逃げられるのに、わたしたちにペースを合わせているせいで危険な目にあっている。
「あなただけでも逃げて!」
 マノンの言葉にペパーミントは首を振る。
「ダメだ、頑張って!」
せめて鳥に変身する暇さえあれば。しかし、少しでも立ち止まれば捕まってしまう。
「助けて、包帯がほつれてきた!」
 走り辛そうにする三太の前から、マイナスサンタが襲いかかってきた。大きく口を開け、ブラシのように鋭い歯をむき出しにする。
「わ――!?」慌てる三太、だが、寸前でペパーミントが念力でサンタをのけた。
 変身する体力のない三太、変身する時間がないマノンには、走って逃げる以外に方法がなかった。先頭のペパーミントが手をかざし、念力を使って前から来るサンタたちを押しのけてはいるが、手の列が両側から迫って道を細くするせいで、念力から逃れたサンタたちを避けるスペースがもうない。
「頑張れ、もう少しだ!」ペパーミントがふたりを励ます。
 道の奥に光が見えた、森の出口だ。だが、その手前で両側の手の列がとうとうぶつかろうとしていた。道が閉じてしまう、マノンは思った。もう、おしまいだ。「おしまいじゃない、ぼくを信じて、走れ!」ペパーミントは息を切らしながら、それでも念力で必死にサンタたちをどかし、走っている。見捨てれば楽なのに、そうはせず一生懸命なペパーミントにマノンも力がわいてきた。ペパーミントを信じたマノンは、足を必死に動かした。出口まで数メートル。しかし、あと少しのところで道の真ん中に手が生える。道がUの字の形で手の列に阻まれた。「飛んで!」ペパーミントが叫ぶ。

 森から出たペパーミントは、あまりの光で目がくらんだ。シャボン玉のイルミネーションだ。遊園地のアトラクションが夜空に浮かぶ星々のように幻想的な輝きを放っていたので、一瞬見惚れてしまったが、イルミネーションのエネルギーに利用されているのが霊魂だと気づくと、背筋を凍りつかせた。

 ――マノンちゃんたちは?

 後ろを振り向いたペパーミントは、表情を失った。マノンと三太がいないからだ。
森の中へ続く道は真っ暗で何も見えない。

 ……。

 念力で襲いかかってくるサンタをどかすために、前を走っていたが、ダメだったか。地面の下で何かが動く気配がした。しかし、園内の地面は石だたみでできているために手は出てこられなかった。
ペパーミントはあきらめた。あの道を埋め尽くすほどの大勢のサンタからマノンと三太を助けるには、一輪では無理だ。残念だが、助けられない。アロマ連合とゼンマイ仕掛けの騎士団、それに冥界の研究機関を呼んで、助けるしかない。それでもちゃんと治療できるかはわからないし、それまで生きていればの話だが……。

 背を向けて、世界樹へ歩くペパーミント。
その背後で大爆発が起こった。火炎は瞬く間に森全体を燃やした。

――なッ!? この炎では、いますぐ死んでしまう!

ペパーミントがそう思ったとき。――ガサッ。上から音が聞こえた。
見上げれば、火だるまになったコンゴウインコがマノンと三太を足で持ち、森から飛び出してきた。コンゴウインコは無様に着地する。
「アチッ! 自慢の羽が!」コンゴウインコは地面を派手に転げまわった。
「何が羽だ、おまえ、おまえ、なにやってんだ!? みんなを助けないと!」
「三太くん待って、いま行ったら死んじゃう」マノンが三太をひっぱる。ふたりとも火で服が燃えていた。
 火だるまのコンゴウインコは、翼を羽ばたかせ火を消そうとしていた。
「おい、サンタはもはや敵だ! こっちだって命がかかってる、ノージンジャー」
「仲間なんだ! マイナデスコールに侵されただけだ、治療すればきっと――」
「それは力のあるやつが言うことだ。オレには助ける余裕はない、殺すことでしか身を守れないのは、オレにもおまえにも力がないからだ、ちがうか?」
「――……」
 三太は黙った。
ペパーミントを見つけたマノンは急いで近づくと、謝った。
「ごめんなさい、あなたを早く信じていれば、あの手に捕まらなかったのに……」
 ペパーミントが何かをつぶやいて手を振ると、マノンたちの体の火は消えた。
「ぼくのほうこそごめん、君を助けられなかった、見捨ててしまった」
 ペパーミントはそっぽを向いた。
「謝らないで。わたしも三太くんも、あとオレンジも、生きてるから」
 ペパーミントはマノンが意地を張っていることに気づいた。マノンの心からマイナスサンタへの恐怖が伝わってくる。強い子だと思った。

「本当にごめん……」
「――!」

 どうして謝るのか、マノンには理解できなかった。
わたしがもっと頑張ればよかったのに……。

 ペパーミントは燃える森をちらりと見て、マノンに言った。
「事が事だ、犠牲はつきものさ。ノージンジャー」
「走れ、ペパーミント」元の姿に戻ったオレンジが三太をひっぱって走ってくる。
「どうしたの?」
「やつらはまだ生きていた、走れ」
 この炎で? ペパーミントが目を向けると、森から大勢の火だるまになったサンタたちが早歩きで出てきた。たどたどしくよろけながら、しかし素早い動きでこちらへやってくる。
顔色を失ったペパーミントはマノンの手をつかみ、走った。
三太がお腹を押さえながら、苦しそうに言う。
「ぼくが知ってるサンタ界とは、地形が全然ちがう。でも、この遊園地の中心に世界樹があるから、そこまで行けば、少しは安全なはずだ」
 オレンジはみんなに自分の香りを吸わせた。きらきらとした輝きが肺に入ると、疲労困憊のマノンと三太の体に力が入った。
「本当は無理させたくないんだが、いまは頑張れ」
 三太は神妙な顔でオレンジを見た。
「メルシー(ありがとう)――」その言葉が終わらないうちに、三太は浮いた。空から来た怪鳥にわしづかみにされ、連れて行かれてしまう。「た、助けて」
空には十数羽の怪鳥が飛んでいた。どれも特徴のちがうバケモノで、いろんな動物が混ざったよくわからない姿をしていたり、顔だけ人間だったり、黒い塊に翼が生えただけの鳥とは呼べないものまでいた。頭にサンタ帽を被っているのが多いことから、元々はサンタだったことが推測できた。
「オレは三太を追う、あいつがいないと、あのバカでかい世界樹での冥王探しは困難だ。おまえたちは先に行け」
「オーケー、世界樹の中央エントランスで落ち合おう」
 マノンは心配そうな顔をした。
「相手はいっぱいいる、気をつけて。わたしも香りがあれば、あなたを助けられるのに」
「ふはは、人間なんだから、自分の心配でもしてろ!」
 そう言うと、オレンジはタカに変身して空へと舞い上がって行った。
「行こう、やつらが来る」
「ええ……」
 マノンはふたたびペパーミントと一緒に遊園地の中を走った。
走りながら嘆く。サンタの世界がこんなに恐ろしいところだなんて思わなかった。人間界を救うどころか、サンタ界すら救えない。ラベンダーの部屋で大見得を切ったときの自分を叩きたい。
 後ろからは火だるまのサンタ軍団、それにあの鳥のバケモノたちが追いかけてくる。
追いつかれれば殺されてしまう。鳥のバケモノは舌を伸ばし、マノンの腕に巻きつけた。
「きゃあ!!?」
 ねっとりとした感触が気持ち悪い、緑色のだ液にマノンは絶叫した。
ペパーミントが携帯空間から剣を取り出し、舌を断ち切る。バケモノは悲鳴を上げた。
ガイコツの乗るメリーゴーランドを抜け、沈みかけたクルーザーを抜け、核ミサイル型ジェットコースターのレールの下を潜り、踊るクリスマスツリーの広場を抜ける。
 ペパーミントが、追いかけてくるサンタや鳥のバケモノを銃で攻撃しているものの、倒れるサンタは少しだけで、大半は弾丸に当たってもこちらへ接近して来るのだった。マノンは何かいい方法はないかと考えたが、逃げる以外の方法が思い浮かばなかった。しかし逃げれば逃げるほど、園内のサンタたちが合流して大群になっていく。騒ぎに反応したサンタが30人ほど前からやってきた。
「こっちだ」
 十字路を右へ曲がると、ついに世界樹のふもとが見えてきた。
あと数百メートルだ。「あそこまで行けば、大丈夫だ」ペパーミントは走ったが、マノンが来ていないことに気づいて振り返る。マノンは立ち止まったままだった。「マノンちゃん……?」
「……」
「早く! もう少しで世界樹だ。あそこへ行けば、落ち着いて休める場所がある」
「……」
「急いで!」ペパーミントは背中を押したが、マノンはうつむいたままビクともしない。ただ、石になったように固まっている。返事もない。ペパーミントはしかたなく心を読もうとしたが、テレビの砂嵐画面のように乱れていて、気持ちや考えが何もわからなかった。
「……」
「お願いだ、急いでくれ! もう来てる!」
 肩をゆすって強い感情で言い聞かせた。するとマノンは、ぼろぼろと涙を流し始めた。
 ペパーミントはあせった。マノンを抱えて世界樹まで行くことができるか? いや、無理だ。絶対に追いつかれる。なら、戦うか? 礼名詠唱すれば――いや、この先何があるかわからない以上、体力は残しておきたい。どうすれば……
そこで観覧車が目に入った。あれだったら――
 空から急降下した鳥のバケモノが襲いかかってきた。ペパーミントは手をかまえ――。
「バジリメント 蛇よ」
「ギャアアアス!?」
 ペパーミントの魔法で蛇が5匹現れ、バケモノの体に噛みついた。
 マノンを抱きかかえ落下してきたバケモノをかわすと、ペパーミントは走りだす。
サンタたちの銃弾や砲撃、斧を避けながら、せめてマノンにだけは当たらないようにと体に近づけ、急いで走った。
観覧車まであと数歩――とつぜん乗ろうとしていたゴンドラが吹き飛んだ。
後ろを見れば、ロケットランチャーを持った顔の潰れたサンタがいた。次のゴンドラはまだ来ない。大群はもう6メートル後ろまで迫っていた。体力を気にしてる場合じゃない!
ペパーミントはマノンを降ろし、目をつむってひと息。呪文を唱える。
「我、香りを持つ者なり――ハミンティア・フラシャス 香れ」
 ペパーミントから光の粒が出た。洗いたてのシャツのような爽快な香りが空気に浸透すると、サンタたちは頭を押さえ、うめきだす。武器や兵器が手から落ちた。
服をつかんできたサンタたちを蹴り飛ばし、なんとかペパーミントは、ゴンドラに乗りこむことができた。ドアを閉めてほっとしたら――バ、ババンッ!「うわ!?」サンタたちが窓ガラスに張りついた。このまま上まで来る気か!? 

――ぼくは障害物があると、念力を使えないんだ

 しかしサンタたちは香りに苦しめられて、すぐに落下した。
「く――はっ、疲れた!」
ペパーミントは座席にもたれて上を向いた。ひと息つくと、静かな声が耳に入った。
「はぁ、はぁ、ッは、っパー、ペパー、もう、足が……」
 ぽつり、ぽつりと、止まっていた時間が動き出したようにマノンは話した。息切れしていて、しゃべるのも辛そうだ。脚がふるえている。
「もういいよ、いまは休んで」
 しかしマノンは話し続ける。ビクビクとふるえながらも。
「ごめん、な、さい、こわっ――くて、い、いたくっ、て」
「いいから、休んで」
「体が、言うことを、聞ぃてくれなくて、それで――」
 マノンの体に衝撃が走った。頭はぼんやりとしており、何が起こったのか理解するまでに数秒はかかった。

だきしめられてる……

「正直に言えば、ぼくもイライラしてた。でも、もういいよ。よく頑張ったね。頑張った」
 ぶわぁとマノンは泣いた。ペパーミントの香りが、優しくて。
気品のある紳士な香りが、体をあたたかく包んでくれた。
その匂いは、叱ってくれる厳しさもあるのに、考えや価値観を認めてくれているようで。

――ありがとう、ありがとう

「センキュー」
 英語でそう言うと、ペパーはわたしに、くすりと笑顔を見せてくれた。
ほんとにイイ匂い。この花が旦那さんだったらなぁ。
このとき、匂いの情報を読み取った頭に映像が流れた――
マノンから血の気が引いた。さわやかな皇子さまだと思っていたヒトの姿がゆがむ。一転して禍々しい凶悪殺人犯に見えた。切れ長の目から、奥に潜む魔物が見えた気がした。
いまの記憶を視たことは、バレてないはずだ。
「いま、何を視た……?」
「ペパーミント、あなた!? サンタ界を――あなたが!?」
「チッ、やれやれだよまったく。匂いを読めるとは思わなかった」
「なんで、だって、そんな!? だって、だって!?」
「君には必要ない記憶だ」
「そんなことしたって、ティーツリーは喜ばないわ!!」
「っ! 『社交の草』の名において命ず――忘却せよ」

 ――……「センキュー」
「どういたしまして」
 わたしの胸は、あたたかい気持ちで満たされていた。エグザゴーヌから――人間界からは遠く離れたこの観覧車の中で、ペパーとふたりきり。死ぬかもしれない恐怖を、いまだけは、忘れられる。
「ねえペパぁ~」マノンは猫なで声を出した。
「ん、なんだい?」
「んふふ、なんでもない」
「あ、ねえマノンちゃん」
「な~に~?」
「なんでもなーい」
「あ~! ちょっとぉ」
「フフッ」
 マノンは照れくさそうに笑った。ペパーミントも気恥ずかしそうに笑う。
「ペパー、あなたのおじいさんって、本当にあのハーデスなの?」
「そうだよ。意外?」
「うん、息子がいたなんて記述は、本にはなかったから」
「人間界の神話なんてそんなもんさ、テキトーだから。まだ科学を理解してない時代に書かれたんだもん。時間がものを説明するのに便利なように、魔法でこじつけるしかなかったのさ。神話を書いた時代の人が、現代人すら理解できない技術を目の当たりにすれば、ショウガナイよ」
 マノンはペパーミントの言っていることが半分も理解できなかったが、それでも会話を続けようとした。できるだけペパーミントとお話したい。
「でも、ペパーのおじいさまだったんだ。わたしの尊敬する神様なの、ハーデスさんって」
「……へー。なんで? 普通のニンゲンは、おじいさまが嫌いなのに」
 突如ペパーミントの口から出たニンゲンという差別用語にマノンは驚いたが、気にしないことにした。きっと何かの間違いだろう。仮にわざと言われたとしても、反論などできるはずもない。人間の歴史は戦争と虐待の歴史だ。同じ地球に住む他の次元の生命体から差別されても、おかしくはないのだから。人間のやっていることなんて、近所迷惑もいいとこだ。
「――わたしはふつうじゃないから。それに、さっきペパーも言ってたでしょ? 神話はテキトーだって。わたしは、動物のことが大好きで、争いごとが苦手で、不器用だけど一生懸命で、霊界や地球の平和のために講演してるハーデスさんが、本当のハーデスさんだって思ってる」
「――その記述をどこで?」
「えっと、どこだったかな? 忘れちゃった、ハーデスさんについてはいろいろ読んだから」
「…………っ――」
「うっ――」
 突然がこんとゴンドラが揺れた。
1羽の鳥のバケモノがゴンドラに体当たりしてきたのだ。空には4羽飛んでいる。
「ぼくも堪忍袋の緒が切れた。ちょっと待ってて」
 ペパーミントがゴンドラのドアを蹴り破った。入ってくる湿った風にマノンは思わずふるえる。気持ち悪い。くもっているのに空は血のように真っ赤で、よけいに気分が悪くなる。
 ペパーミントは手を伸ばし、念力でバケモノたちを捕らえた。ヒトをわしづかみできるほど大きなバケモノたちを一列に並ばせる。そして――。
「こっちは地の利を得てるんだ。スパシーバ 貫け」
 緑色の光の矢を放つと、バケモノたちの腹に穴が開いた。
 この世のものとは思えない(いまいるのはこの世じゃないが by作者)悲鳴を上げると、バケモノたちは落下していった。サンタたちが抵抗するバケモノたちに群がる。
「よし、いまのうちに行こう」
「行くって、どうやって? ここはてっぺんよ」
 観覧車の頂上にいるのに、どこへ行くというのだろう?
「鳥に変身するんだ」
「あっ、そうか――え?」ペパーがわたしの手をひっぱった。瞬間――
「エスコートするよ、お嬢さま」
「キャアァァァァァァ!!?」
 シュシュンと光が2回瞬くと、ふたりは鳥になった。
「な、な、なッ!?」
「こういうのは、早さが肝心なのさ」
「あなたって花は本当に!」
「アッハハハ」
「……その鳥、ルージュ・ゴルジュ?」
「ルージュ・ゴルジュ? ああ、ぼくらはロビンって呼んでる」
「3次元にいるのより、ステキね」
「ありがとう、ちょっとアレンジを加えてるんだ。ついて来て」
 ペパーミントと飛ぶ空から見た遊園地は、やはり不気味だったが、少しだけきれいに見えた。
ふたりは風に乗り、世界樹の中へと消えていった。