ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第5輪 消滅したサンタ界

サンタ共が忙しい時はロクなことにならないわ

ラベンダー

 

オーロラとサンタたち

 

 オレとサンタは歩いていた。しんしんと降る雪の中を。
 本来なら、中世の頃から変わらない赤いレンガ屋根の家が立ち並び――とか、買い物を済ませた婦人が急いで帰ろうと、馬のような表情で走っている――とか、月の光は雪に反射して、美しい銀色の世界を作りだしていた――とか、宮殿へ向かう馬車の中、オレ様はお姫さまと楽しくおしゃべりしていた――とか、突如として現れた刺客を素早い身のこなしで撃退した――とか、そういうオレ好みの展開があるわけだが、残念ながらそうもいかない。

(もっとこう、ハリウッドみたいにオレが過激に大活躍するような熱い展開にしてくれと作者に頼みこんだが、何が気にさわったのか、出番を減らすと言われた。ちぇっ)

 ここはサンタ界へと通じる道。オレとこのサンタ以外には誰もいない、ただの平らな雪道だ。いや、ただのというのは間違いだな。宙に浮いているから。空がオーロラで色あざやかなのに対し、下は暗闇に覆われている。大型トラック一台分ぐらいの幅はあるから落ちることはないが、手すりぐらいは欲しい。バリアフリーがなってないんじゃないか? バオバブのじいさんだったらうっかり落ちちまいそうだ。 なんならオレが作ってやろうかと思ったが、雪道は地平線の向こうから向こうまで続いており、手すりを作るには【万里の長城】を造るぐらいの気合いが必要だったので、やめておく。

(オレたちが住んでいる次元は、非物質界、精霊界、霊界、神界、他にもさまざまな呼ばれ方をされているが、雑な言い方をするとどれも同じものだ。人間たちがせかせかと暮らしている次元とは構造がちがうため、道が支えもなく宙に浮かぶことも可能ってわけだ。
 え? 天国と地獄はあるのかって? あると言えばあるし、ないと言えばないな。
しゃくぜんとしない顔だな……。
そういうのは何をもって天国と言うのか、地獄と言うのかにもよるから難しいんだ。人によってそれぞれイメージがちがうだろ? こっちの世界と人間の世界とじゃ定義もちがうし。いいか? 行き先を決めるのはいつだって自分だ。誰かじゃない。死後の世界だろうといまの人生だろうとな。フゥ、オレ様超カッコイイこと言った! 
ちなみに死後の世界そのものを否定してるヤツは、しばらく無になる。世界も自分すらも、全てが何もないと思っているから無の世界へ行くんだ。ここにあるんだ、いるんだと、気づけるまでずっと。この期間もそいつ次第だな。あれはとなりで見ていて滑稽だし、恥ずかしいぞ! ンククッ。おっと、思い出しちまった。そういうことにならないよう宗教があるのに……マヌケだな。ま、それはそれでいい経験なんじゃないか)

「なあ、いくらなんでもあれは言い過ぎだ」
「いや、あれぐらいキツく言ったほうがいい。マノンちゃんだっけ? ああいう霊能力が高い子は、特別な体験をし過ぎて自信過剰になる傾向がある。いまのうちからキツく言っておくべきだ」
 意外とよく考えて行動しているんだなと思っていると、サンタはサンタ界の事情を少しずつ打ち明けてくれた。
「さっきはあいまいなことしか話せなかったけど、サンタ界はいま本当に忙しいんだ。もしサンタ界が消滅していてプレゼントが配れないなんて事態になれば、恐ろしいことになる」
「どう恐ろしいことになるんだ?」
「それは世界機密だから言えないけど、人間にとってマズいことになる」
「ふーん」
 サンタが横目でオレを見る。
「そうなったら、植物界にだってとばっちりが来るんだぞ」

(ま、人間さまの気分が悪いときは、たいてい自然界は大打撃を受けているが……もう慣れた)

「サンタ共が忙しいときはロクなことにならないって言葉があるが、本当なんだな」

(サンタっていうのは精霊界で配達業者を意味する言葉。だが、人間界ではどうやら聖人を意味する言葉になるんだから、おもしろいだろ? タダでプレゼントをくれるわけだから、人間からしたら聖人と変わらないんだろう。そうそう、日本語で道路を反対から読むと、英語で同じ意味の言葉になる。不思議だよな。なんでそうなったかオレは知ってるケド。
 話が脱線しちまったな。
 植物界や人間界といった各世界への配達がサンタの仕事で、もちろん子供だろうと大人だろうと届けてくれる。どの世界への配達が忙しいのかにもよるが、人間界への配達が忙しいといううわさが立つと……オレの周りの精霊はみんなげんなりしていた。大きな戦争とか、歴史的な大事件が起こると言われているらしい。考えたくもない)

 サンタは申し訳なさそうに頭をかいた。
「地球人類の未来と関わってる仕事だから。話したくても言えないことがたくさんあるんだ。悪いね」
「……オレたちはひたすら我慢し、人間がやらかし過ぎないように見守り、おまえたちはプレゼントを渡し、時代の変化について行けるよう人間をサポートする。なんだか、悲しいよな」
 オレが寂しそうにグチを言うと、サンタはうすく笑った。
「言うなよ」
「ま、人間から一番蹂躙されてる割に、周りの世界に一番迷惑かけてるのも植物界だけどな!」
「アハハハハ!」
 オレのブラック・ジョークにサンタは大笑いした。お、意外といける口か?

(ここだけの話、サンタの笑い声は心地よかった。
 オレの周りの精霊――ラベンダーとかペパーにあんなこと言ったら、顔をゆがめられたからな。ティーツリーに言ったら泣いちまったし、ゼラニウムはなんだかよくわからない反応だった。けっこう良い冗談だと思うんだけどな。だから植物界のグチを言ってこのサンタが大笑いしてくれたのは、かなり心地よかったし、ストレス発散になった)

「今回も君たちのせいじゃないとイイけどね」
 サンタは攻撃的におどけてみせた。
肉食獣のように歯を見せたワイルドな笑顔には、オレも笑いたかったが――
「そう切り返されると、正直……申し訳ないと思う」
「いや、俺のほうこそごめん、オレンジ」
 しばらくお互い黙ったまま雪道を歩いた。気まずくはなかったし、ラベンダーの部屋にいたときよりもこのサンタとは打ち解けた気がする。ま、気のせいだけどな。
なんとなくこのサンタは木に食わない。こいつとラベンダーはどういう関係なんだろうか。困ったときに、お互いがどの世界の所属だろうと関係なく、助け合える仲なんだろうか。
 オレたちが歩く雪道は一直線に伸びていたが、他にも何本かの雪道があり、上がり坂だったり下り坂だったり、くねっていたりゆるくカーブしていたり、いろんな雪道があった。だが、近くの雪道からはどれもヒトの気配は感じられなかった。
 灰色の世界の上空では、ピンク色や紫色、オレンジ色、緑色などの光を織りこんだオーロラがカーテンのようにゆらめいており美しい。ドレスを着た女性が歩くような、まるで誘っている動きに見とれていると、サンタが立ち止まった。
 どうやら目的の場所へ着いたようだった。サンタがこちらを振り返る。「ここだ」
 オレの中で危険を察知する警報がビービーわめいている。マスター・ラベンダーに来た依頼という時点で、やはりとっとと降りるべきだったかもしれない。
 オレたちの前にはムリヤリ引きちぎられた空間の断面があり、その先の世界がなくなっていた。ちょっとちがうかもしれないが、水面に広がる波紋とか、割れたガラスを想像してもらえばわかりやすいかもしれない。とにかく空間がぶっ壊れ、究極的にひずんでいて、物理的にこれ以上進めない状態になっていた。
サンタ界が大変なんてもんじゃない。もうないんだから。これは人類の危機だ。
――伐採のような絶望感に襲われる
 オレの体温は冷えきり、寒さで凍え死にそうだった。体を包んでいた暖かな香りはいつの間にかどこかへ吹き飛んでいる。
「サンタ…………サンタ界はもう、消滅してる」
 サンタの目は色を失っており、虚ろだった。目の前の現実を受け入れられないんだろう。
「まだ、わからないだろ、ちゃんと調査して確認しないと――」
「ここにはもうサンタ界は、存在しないことは、ひと目でわかる。霊視しても何も見えない……現実を見ろ」
 オレが現実を突きつけると、サンタはヒザから崩れ落ち――
「アぁああっぁぁぁぁぁぁぁああぁああああああァァァァ」