ラベンダーさんの育て方

植物擬人化小説

第16輪 エレベート・クレイジー

お願いマリー、マノンが、マノンがいないの、助けて!!

ラベンダー

 

ワイルドなサンタ

 

 ドアを開けると、赤いカーペットが敷かれた世界樹のエントランスは、他の場所に比べて高級な装いだった。ぴかぴかに磨かれたツボに幻想的なアロマキャンドル、それから空中には光の川が流れており、きらきらと周囲を輝かしていた。渋い栗色の材木は洗練された大人らしさがあり、エントランスは全体的に落ち着いた印象だった。
ペパーミントとマノンは周囲をうかがい、気配がないことに安堵した。
「ここは、なんだか豪華ね」
「サンタ界の中心だから、建物自体の力が強いんだろう。時間が経てばここもお化け屋敷さ」
 時間と聞いてマノンはハッとする。腕時計を見れば、残された時間はあと13時間36分だ。それまでに自分の肉体に戻らなければいけない。まだ猶予があるとはいえ、できるだけ早く戻ったほうが安全だ。
 とたんにドアがばたんと閉まる。
マノンはペパーミントの腕を抱きしめた。
「なんでいま、閉まったの?」
「さ、さぁ?」
 ふたりは周囲を警戒した。エントランスのカウンターに隠れて様子を見るが、時間ばかりが過ぎてゆく。結局、ことりとツボが動いた以外には何もなかった。
ひとまず安心した瞬間――ドアがばんばんと叩かれ始めた。
音は盛大になっていき、大砲で撃たれてるのかと思うほどなのに、ドアは不思議にも壊れない。ふたりがカウンターに隠れて息を潜めていると、ドアが開いた。入ってきた人物に驚く。
ペパーミントは絶句した。すべてを忘れて叫んだ。エントランスから吹き抜けを通じて世界樹全体に彼の声が響きわたる。
「遊んでる場合じゃないんだよ!? しかも何その格好!?」
 ペパーミントが怒るのも無理はなかった。なぜなら、オレンジと三太の格好はかなり目立っていたからだ。その様は、メディアにひっぱりだこの大スターさながらだった。
オレンジのコーディネートのテーマは『近未来の魔法使い』だ。ラップブレス、腰布、羽飾りで中世の雰囲気をただよわせながらも、近未来をしっかりイメージした自由なデザインとなっており、服の周りでは惑星が公転していた。
「すまないが、マネージャーを通してくれ。オレはこれからライブ会場に行くんだ。ファンが待ってる」
「枯れろ! おまえを待ってるのはマイナスサンタだけだ!」
 青く輝く惑星がペパーミントに衝突し、霧散した。原住民たちは新天地を目指して飛び立つが、ペパーミントが握り潰した。
「――おい!? なにやってるんだ、かわいそうだろ!」
「かわいそうなのは君の頭だ、遊んでる時間はないんだぞ!」
「遊んでなんかない、オレはただ、店で休んでたら服があったから着ただけだ」
「それを遊んでると言うんだ!」
「おまえだって、観覧車でマノンとデートしてただろうが!」
「は……? デート? マノンちゃんの体力が限界だったんだ」
「こっちだって同じだ」
「いや……どう見たって遊んでるとしか思えない」
「おまえは何もわかってない、オレたちは大マジメだ(オレたち……? by三太)。いつ死ぬかわからないんだ、手向けの花としてオシャレするぐらいイイだろ! いちいち口出ししやがって、職場で髪の色を注意してくるオバサンかよ、価値観が古いんだよな」
「な、いいかげんにしろよ!!? おまえはいつもいつも――ぐッ!!」
「ペパー、お、おさえて、声が大きい」
「離してマノンちゃん! もう限界だ! こいつは精霊のクセに、危機感がないんだ! さっきのドアだって、びっくりしたじゃないか!!」
「そのとおりですよ、ペパー皇子、この馬花に言ってやってください」
「ドア? 何のことだ?」
「――三太くん、そもそも、なぜ君までそんな格好なんだ? マイナデスコールに侵されて変になったのか?」
「すいません、オレンジにムリヤリ着させられて――でも、こいつには、ヒトを輝かせるセンスと才能がありますよ」三太はまんざらでもなかった。「ぼくのコーディネートのテーマは『休日の次元飛行士』で、ワイルドさを前面に出すことで従来のサンタのイメージを覆し、ギャップを演出してるんです。ただ男らしいだけじゃなく、デニムシャツに合わせたこのニット帽で、かわいさもアピール。これで女にモテまくりですよ」
 マノンはサンタという霊的生命体に失望した。
 ほんのわずかに残っていたサンタへの夢が、いま、完全に消えた。
「これから死ぬかもしれないのに、女にモテでどうすんだァ!?!?」
 ペパーミントの怒声に三太がビクついたとき――

 ――ドバァァァンッ! 何かが落ちてきた。

空気がふるえ、全員の体がすくんだ。舞い上がったほこりや木片が消えると、その正体が明らかになった。エントランスの真ん中には、4メートルを優に超える大きなサンタが立っていた。
「ぼ、ボス!?」
 三太がボスと呼んだ白ひげの人物は、血まみれではあるが赤い服を着ており、大きな袋を持った姿は典型的なサンタであると言えた。しかし眼帯をした厳めしい顔つき、鍛え上げられた肉体からは、サンタというよりも軍人と言ったほうがしっくりくる。
「あれがビッグ・サンタか!?」オレンジが驚いた。
 その巨体に似合わず、素早い動きでビッグ・サンタは殴りかかってきた。ペパーミントにひっぱられたマノンは、すんでのところで一撃を避けた。砕けた床の木片が飛び散る。
「ど、どうするの!?」マノンはみんなを見た。
「相手は正気を失ってる、倒すぞ」とオレンジ。
「ま、待て、ボスを攻撃するな」と三太。
「三太くん、同情すれば負けだ、一斉攻撃だ」とペパーミント。「1、2の、3!」
 オレンジは金縛りで動きを止め、三太はオノを投げつけ、ペパーミントが香りを飛ばした。
が、効果はまったくなかった。オノは鋼のようなぶ厚い肉体に跳ね返され、ペパーミントの香りは相手を怒らせるだけだった。金縛りを解いたビッグ・サンタは大声を出した。
「グッピャガアアアアアアアアア!!」
 耳をつんざく絶叫のもとに、上の階からサンタたちがばたばたと落下した。スライム状だったりゾンビだったり、形はさまざまだ。ゆったりと、でも遅くないスピードで襲ってくる。
マノンは慌てた。
「ど、ど、ど、どうするの? 三太くん!?」
「数が多い、エレベーターで逃げよう! 来て!」エレベーターまで移動した三太たち。「早く来い、早く!」三太がボタンを押しまくる。
「おい、まだか!」オレンジはペパーミントと念力や香りでサンタたちをおしのけた。マノンもオレンジから渡された銃で応戦した。
「来たよ、乗って!」最初に乗った三太は宙に表示されたキーボードを操作した。「制限を解除できたぞ、これで中層の管制室まで行ける!」
 最後にオレンジが駆けこんだが、ドアは閉まらなかった。
「おい、早く閉めろ!」オレンジが三太に怒鳴った。
「やってる! でも閉まらないんだ」
「あれだわ」マノンが指をさしたところでは、念力でドアが閉まるのを邪魔しているサンタがいた。ペパーミントが銃で狙撃すると、やっとドアが動いた。しかしまた次の問題が発生した。マノンは閉まるドアの隙間から、勢いよくオノを振りかぶるビッグ・サンタの姿が見えた。
「ふせて!」ドアが閉まって安心する一同にマノンが叫んだ。
 エレベーターが上昇しようとした次の瞬間――マノンの頭の上にドアを半分突き破ってオノが出てきた。「ひっ――ぃ」
エレベーター内で緊急停止を告げる赤ランプが点滅した。「ヤバい!」オレンジが悲鳴をあげた。外からドスドスドスンと重い足音が聞こえてくる。
 ペパーミントとオレンジと三太が念力を合わせてようやくオノが外に抜けると、エレベーターは上昇を開始した。下のほうでドアが吹き飛ぶ音がした。
「念力でエレベーターをひっぱられたら、どうする?」
 …………。
ペパーミントの言葉に誰も口を閉ざした。
「あのデカいのは何なの?」
 沈黙が流れる中、口を開いたのはマノンだった。顔は疲れ切ってやつれていた。
「あれがうちのボスだよ、サンタ界のトップだ。泥酔してるけど、戦って勝てる相手じゃない」
「あ、あんな軍人みたいのがサンタって、アンタんとこはどうして変なサンタしかいないのよ!」
「人間の勝手な偏見だろ、おれたちに夢を見すぎなんだ。人間だって、肌の色から価値観、文化、何もかもちがうだろ! 宗教に頼ってばっかで相手の話を聞こうともせず、戦争ばっかり!」
「わたしだって、好きでニンゲンに生まれたんじゃないわよ! ――ノージンジャー!」
 オレンジの香りはぴくっとふるえ、クサくなった。
「植物界のスラングを人間が使うとは。もしかして、花に生まれたかったのか? それは残念だ。香水でもつけて、せいぜい花のまねごとをしてるのが人間にはお似合いだ」
「あなたにそんなこと言われたくなかった! あなたはわかってくれると思ったのに」
「オレはどちらの味方でもない。人間が滅ぼうが滅ぶまいが、そんなの地球史の一ページでしかない。存続したらしたで良いことも悪いこともあるし、滅亡したら……。良いことずくめだな」
 マノンは泣いた。ただ泣くしかなかった。だれも理解してくれないんだ。
頑張っても頑張っても、認めてくれない。
「オレンジ、人間だって頑張ってるんだ、まだ成長途中なんだからしかたない」
 ペパーミントはフォローを入れるが。
「しかたないだと? 見ろこのサンタ界を! あいつらが優等生だったら、そもそもこんなことにはならなかった。オレたちは受け身になり過ぎたんだ! これからはどんどん人間界に介入していくべきだ!」
 そのとき三太が不安そうに声を出した。
「みんな、ちょっと待って。ぼくたちはいま、42階を目指してるんだけど、あれ見て」
 三太が示した表示版には現在、45階と表示されていた。
「ボタンを押し間違えたんじゃないか?」オレンジが言った。
「いや、ありえない。そもそも、このエレベーターは42階までしか行かないはずなんだ」
 顔を見合わせる全員。表示板は49、62、84、107、513、1961、???@:;hl?¥と数字を変え、勢いに拍車をかけたエレベーターは立っていられないほどの速さで急上昇した。